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第01話 おばさんもこの時までは真の仲間だった
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ゴツゴツとした岩陰越しに、人型の蜥蜴魔物――リザードマンを見つけたのは、レミオール岩洞と呼ばれる湿ったダンジョンに潜ってから、しばらくしてのことだった。
数は五体。
無防備に背を向け、泥を漁っている。
斥候の役割を担う『狩人』の青年がいち早く敵を発見し、私たちは岩陰で声を潜めていた。私が提示した作戦会議も大詰め。実行に移そうとした、その時だった。
「……本当に、その薄汚い作戦で大丈夫なんですか?」
冷ややかな声を上げたのは、数日前にパーティーに加わったばかりの『魔術師』の少年だった。
若く、瑞々しい肌。未来への希望に満ちた瞳。彼は、泥にまみれ、膝の抜けたズボンを履いている私を、隠そうともしない蔑みの目で見つめている。
「元メイドの『おばさん』が考えた小細工なんて、高貴な魔術の補助に相応しいとは思えませんね」
不満げな独り言。かつて公爵令嬢として傅(かしず)かれる側だった私には、その無礼さが、古傷をなぞるような鈍い痛みとなって響く。
実戦経験のない若者にとって、私の出す知恵は「姑息な小細工」に映るのだろう。戦いの華は、常に若く力強い者たちのためにあるのだから。
だが、私とてただ老いたわけではない。
没落し、婚約を破棄され、実家を追放されてから死に物狂いで身につけた『メイド』という職業。それは、主の望みを完璧に叶えるための後方支援のスペシャリストだ。
私は、自分の中に残る僅かな矜持を呼び覚まし、穏やかな笑みを浮かべた。
それを見て、パーティーのリーダーである『重騎士』の青年が助け舟を出してくれる。
「心配ないさ。この『おばさん』は見た目こそくたびれているが、冒険者としての経験は長い。僕らがこれまで無傷でやってこられたのも、彼女の教えがあったからだ」
二十代半ばの、若く逞しいリーダーの言葉。私と同列の男たちが納得するには、彼の太鼓判が必要不可欠だった。
「だから僕は、彼女を信じている。……なあ、お前らもそうだろう?」
「当たり前っしょ! こう見えて『おばさん』の知恵にはマジ感謝してるし。まあ、服から漂うこの……独特の『生活臭』さえなけりゃ最高なんだけどな!」
「説教臭いのも玉に瑕だけどー。おばさんの言う通りにすれば死なないのはホントなんだよなー。だから安心しろって」
リーダーの呼びかけに、軽薄な口調の『剣士』と、のんびりとした『狩人』の青年たちが応じる。
……ありがたいことだ。
身を削るような嫌味を混ぜられながらも、彼らは私を必要としている。
生活臭。つまり、安い宿屋の石鹸と、加齢が混ざり合った、隠しきれない「貧しさ」の匂い。かつてバラの香油を惜しみなく使っていた身としては、胸が締め付けられるような思いだが、今の私にはそれがお似合いなのだ。
「……わかりました。皆さんがそこまで仰るなら、従いましょう」
魔術師の少年は、不承不承ながら杖を構えた。私の作戦には、彼の魔法が「道具」として不可欠なのだ。
「納得したなら、さっさと片付けよう!」
リーダーが剣を抜き、先陣を切る。
若き騎士の背中は眩しい。彼は大声を上げ、リザードマンの敵愾心を一身に集める。
その隙に、狩人の少年が矢を放ち、敵の足を止める。
「くっ……はあっ! まだか……!? 腕が痺れてきたぞ!」
リザードマンの猛攻に、リーダーの盾が悲鳴を上げる。
私は冷静に、隣の魔術師に合図を送る。
——今よ。
「『瞬き』、溢るるは『光の涙』――ティアブライト!」
暗い洞窟の中に、爆発的な閃光が走る。
本来は下級の攻撃魔法に過ぎないが、暗闇を好むリザードマンにとって、それは網膜を焼き切る残酷な凶器となる。
「……すごい。本当に、これだけで……」
視界を奪われ、のたうち回るリザードマンたち。それを青年たちが、面白半分に、かつ確実に屠っていく。
私の狙い通り。戦術とは、力ではなく、適材適所の応用なのだ。
「ほら、言っただろう? おばさんの言うことに間違いはないって」
返り血を拭いながら、リーダーが誇らしげに笑う。
青年たちは口々に私を称賛しつつ、どこか「便利な道具」を褒めるような視線を送ってくる。
「……結果を見せられれば、認めざるを得ませんね。失礼なことを言いました、レアーヌ……『おばさん』」
皮肉混じりの謝罪に、私はかつての公爵令嬢としての、完璧なカーテシー(会釈)を返しそうになるのを、辛うじて堪えた。
今の私は、ただのくたびれた中年女性だ。
「いいのよ。私はメイド。主(パーティー)を勝たせるのが仕事ですから。これからも、遠慮なく頼ってちょうだい」
——一人はみんなのために、みんなは一人のために。
甘美な言葉に酔いしれながら、私は自分の居場所を確認する。
富も、名声も、かつての地位も失った。
けれど、私には今、命を預け合える「仲間」がいる。
いつか婚約者に裏切られ、冷たい雨の中で実家を追い出された私を救ってくれるのは、この温かなパーティーの絆だけなのだと、信じて疑わなかった。
「さあ、行きましょう。次の獲物が待っているわ」
こうして、誰一人欠けることなく、私たちは無傷の勝利を収めた。
この絆こそが、今の私のすべてだった。
数は五体。
無防備に背を向け、泥を漁っている。
斥候の役割を担う『狩人』の青年がいち早く敵を発見し、私たちは岩陰で声を潜めていた。私が提示した作戦会議も大詰め。実行に移そうとした、その時だった。
「……本当に、その薄汚い作戦で大丈夫なんですか?」
冷ややかな声を上げたのは、数日前にパーティーに加わったばかりの『魔術師』の少年だった。
若く、瑞々しい肌。未来への希望に満ちた瞳。彼は、泥にまみれ、膝の抜けたズボンを履いている私を、隠そうともしない蔑みの目で見つめている。
「元メイドの『おばさん』が考えた小細工なんて、高貴な魔術の補助に相応しいとは思えませんね」
不満げな独り言。かつて公爵令嬢として傅(かしず)かれる側だった私には、その無礼さが、古傷をなぞるような鈍い痛みとなって響く。
実戦経験のない若者にとって、私の出す知恵は「姑息な小細工」に映るのだろう。戦いの華は、常に若く力強い者たちのためにあるのだから。
だが、私とてただ老いたわけではない。
没落し、婚約を破棄され、実家を追放されてから死に物狂いで身につけた『メイド』という職業。それは、主の望みを完璧に叶えるための後方支援のスペシャリストだ。
私は、自分の中に残る僅かな矜持を呼び覚まし、穏やかな笑みを浮かべた。
それを見て、パーティーのリーダーである『重騎士』の青年が助け舟を出してくれる。
「心配ないさ。この『おばさん』は見た目こそくたびれているが、冒険者としての経験は長い。僕らがこれまで無傷でやってこられたのも、彼女の教えがあったからだ」
二十代半ばの、若く逞しいリーダーの言葉。私と同列の男たちが納得するには、彼の太鼓判が必要不可欠だった。
「だから僕は、彼女を信じている。……なあ、お前らもそうだろう?」
「当たり前っしょ! こう見えて『おばさん』の知恵にはマジ感謝してるし。まあ、服から漂うこの……独特の『生活臭』さえなけりゃ最高なんだけどな!」
「説教臭いのも玉に瑕だけどー。おばさんの言う通りにすれば死なないのはホントなんだよなー。だから安心しろって」
リーダーの呼びかけに、軽薄な口調の『剣士』と、のんびりとした『狩人』の青年たちが応じる。
……ありがたいことだ。
身を削るような嫌味を混ぜられながらも、彼らは私を必要としている。
生活臭。つまり、安い宿屋の石鹸と、加齢が混ざり合った、隠しきれない「貧しさ」の匂い。かつてバラの香油を惜しみなく使っていた身としては、胸が締め付けられるような思いだが、今の私にはそれがお似合いなのだ。
「……わかりました。皆さんがそこまで仰るなら、従いましょう」
魔術師の少年は、不承不承ながら杖を構えた。私の作戦には、彼の魔法が「道具」として不可欠なのだ。
「納得したなら、さっさと片付けよう!」
リーダーが剣を抜き、先陣を切る。
若き騎士の背中は眩しい。彼は大声を上げ、リザードマンの敵愾心を一身に集める。
その隙に、狩人の少年が矢を放ち、敵の足を止める。
「くっ……はあっ! まだか……!? 腕が痺れてきたぞ!」
リザードマンの猛攻に、リーダーの盾が悲鳴を上げる。
私は冷静に、隣の魔術師に合図を送る。
——今よ。
「『瞬き』、溢るるは『光の涙』――ティアブライト!」
暗い洞窟の中に、爆発的な閃光が走る。
本来は下級の攻撃魔法に過ぎないが、暗闇を好むリザードマンにとって、それは網膜を焼き切る残酷な凶器となる。
「……すごい。本当に、これだけで……」
視界を奪われ、のたうち回るリザードマンたち。それを青年たちが、面白半分に、かつ確実に屠っていく。
私の狙い通り。戦術とは、力ではなく、適材適所の応用なのだ。
「ほら、言っただろう? おばさんの言うことに間違いはないって」
返り血を拭いながら、リーダーが誇らしげに笑う。
青年たちは口々に私を称賛しつつ、どこか「便利な道具」を褒めるような視線を送ってくる。
「……結果を見せられれば、認めざるを得ませんね。失礼なことを言いました、レアーヌ……『おばさん』」
皮肉混じりの謝罪に、私はかつての公爵令嬢としての、完璧なカーテシー(会釈)を返しそうになるのを、辛うじて堪えた。
今の私は、ただのくたびれた中年女性だ。
「いいのよ。私はメイド。主(パーティー)を勝たせるのが仕事ですから。これからも、遠慮なく頼ってちょうだい」
——一人はみんなのために、みんなは一人のために。
甘美な言葉に酔いしれながら、私は自分の居場所を確認する。
富も、名声も、かつての地位も失った。
けれど、私には今、命を預け合える「仲間」がいる。
いつか婚約者に裏切られ、冷たい雨の中で実家を追い出された私を救ってくれるのは、この温かなパーティーの絆だけなのだと、信じて疑わなかった。
「さあ、行きましょう。次の獲物が待っているわ」
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この絆こそが、今の私のすべてだった。
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