愛していた『はず』の妻の顔が思い出せない~後悔して今更戻ってきてほしいと懇願しても遅かった~

日々埋没。

文字の大きさ
4 / 8

​第4話 仮面夫婦

しおりを挟む
​「やあ聞いてくれモンモランシー!」
「どうしたのフランク、そんなに血相を変えて。ああ、そういえばこの前わざわざ店に来てくれたみたいだけど会えなくてごめんね。弟が急に熱を出しちゃって……」

​ 申し訳なさそうに眉を下げるモンモランシー。かつて、この仕事をしているのは年の離れた弟の生活費のためだと聞いたことがあった。だが、今のフランクにとってそんなことはどうでもよかった。
 たとえ全財産を注ぎ込んで入れあげた女のことならいざ知らず、それに寄生するだけのきたならしいオスガキの体調など知ったことではない、と。
 彼の関心は常に、自分をどれだけ気持ちよくさせてくれるか、一点にのみ集約されていた。

​「――妻と離婚することになった!」
「え?」

​ 商館の一室に響く、場違いなほど明るい大声。フランクは喜色満面の笑みを浮かべ、まるで世紀の大発見でもしたかのように報告する。

​「離婚だよ離婚! ようやくあいつも僕と別れてくれる気になったんだ!」
「そ、そう、よかったじゃないフランク。ずっと奥さんとは別れたがっていたものね」
「ああそうさ。といってもまあ、諸々の準備や手続きとかで実際に別れるにはもう一ヶ月くらいはかかるんだけどね」

​ 話し合いの結果、これといって慰謝料は発生せず、形式上は円満離婚。共有財産のみを分与する運びとなった。
 決して懐が痛くないわけではないが、それでもほぼ無傷で「自由」を手に入れた喜びがそれを上回る。

​「これでやっと堂々と君と付き合うことができる。……今まで待たせてしまって悪かったね、でもそれももう少しの辛抱だから。すべてを清算したら、必ず君を迎えにくるよ」

​ こちらの返事も待たず、バラ色の未来を一人で描き、陶酔しきっているフランク。その目の前で人知れずモンモランシーは心の内で猛烈な嫌悪感を露わにしていた。
 
​「――そう、だったらその日をわたしも楽しみにしているわねフランク」

​ 感情を一切排した平坦な声音で、モンモランシーは男が求めていたであろう甘い返答を機械的に返した。

 ――そろそろ潮時なのかもしれない。

 彼女の頭の片隅では、沈みゆく泥舟から逃げ出すための冷徹な算段が、音を立てて始まり出していた。

​ ◆

​「ふんふんふーん♪」

​ 帰宅の路につくフランクは、いつになく上機嫌だった。
 いつもの安酒の不快な酔いさえも今は心地よい。調子の外れた鼻歌を夜道に撒き散らしながら、彼は勝利者の足取りで屋敷に踏み入った。

​「おおい帰ったぞー、イザベラはいるかー? お前の愛するイケメン夫がただいま帰ったよっと。おっと、でも僕たちは離婚するんだったな、ワハハ!」

​ いつもなら無視し、存在しないものとして扱う妻。だが、万能感に満ちた今の彼は、慈悲深い王のように自分から声をかけてやった。
 しかし、視界に入ってきたのは、人肌の温もりを一切感じさせない無機質な光沢。

 ――まさしくそれは鉄面皮だった。

​「お帰りなさいフランク。楽しそうね」
「んん? なぁんだその声、イザベラかぁ? んああ、なんでお前はそんな変な仮面なんかかぶっているんだぁ?」

​ ろれつの回らない舌で問いかける。当然の疑問ではあったが、その不気味さに恐怖を感じるほどの知性は、今の彼には残っていない。
 イザベラは冷たい仮面の下から、ややくぐもった、響かない声で答えた。

​「……これは私の意志の現れです。正式に離婚が決まるまでは、この仮面ペルソナ――を以て、あくまで今の現状はただの仮面夫婦であることを、己に言い聞かせたいと考えまして」
「ふうん、ははあ、殊勝なこった。お前がそう言うなら、僕も仮面をかぶった方がいいのかな?」
「お好きにどうぞ」
「んじゃあ確か、いつだったか出席した仮面舞踏会で使用したパピヨンマスクがあったはずだな。それを家令に探させないと……」

​ そこまで言ってフランクは酔いのせいかふらりと腰を折り、その場で大いびきをかきながら眠りこける。
 果たして彼には今し方イザベラが口にした、仮面をかぶった真なる意味とその決意に、自力で気づくことは恐らくないであろう。
 だからこそ、なによりも求めたあの女にすら裏切られることになるのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

待っていた大好きな彼が婚約者を連れて来た

クロユキ
恋愛
平民育ちのジョエルとエリスは同じ村で生まれた幼なじみでいつも遊んでいた。 仲が良いジョエルとエリスを見ていた同じ村の1つ下のアランは面白くなく二人を困らせていた。 15歳になったジョエルに街で商売をしている親戚のおじさんからジョエルを養子にと家族に話があった。 跡取りがいないおじさんの所へジョエルが養子になってくれる条件に毎月家族に仕送りの約束をした。 ジョエルは、おじさんの養子になり村を離れまた村にエリスに会いに行くとエリスに約束をして村を出た。 更新が不定期ですが、読んでもらえたらうれしいです。 誤字、脱字にすみません、よろしくお願いします。

その言葉はそのまま返されたもの

基本二度寝
恋愛
己の人生は既に決まっている。 親の望む令嬢を伴侶に迎え、子を成し、後継者を育てる。 ただそれだけのつまらぬ人生。 ならば、結婚までは好きに過ごしていいだろう?と、思った。 侯爵子息アリストには幼馴染がいる。 幼馴染が、出産に耐えられるほど身体が丈夫であったならアリストは彼女を伴侶にしたかった。 可愛らしく、淑やかな幼馴染が愛おしい。 それが叶うなら子がなくても、と思うのだが、父はそれを認めない。 父の選んだ伯爵令嬢が婚約者になった。 幼馴染のような愛らしさも、優しさもない。 平凡な容姿。口うるさい貴族令嬢。 うんざりだ。 幼馴染はずっと屋敷の中で育てられた為、外の事を知らない。 彼女のために、華やかな舞踏会を見せたかった。 比較的若い者があつまるような、気楽なものならば、多少の粗相も多目に見てもらえるだろう。 アリストは幼馴染のテイラーに己の色のドレスを贈り夜会に出席した。 まさか、自分のエスコートもなしにアリストの婚約者が参加しているとは露ほどにも思わず…。

完結 私の人生に貴方は要らなくなった

音爽(ネソウ)
恋愛
同棲して3年が過ぎた。 女は将来に悩む、だが男は答えを出さないまま…… 身を固める話になると毎回と聞こえない振りをする、そして傷つく彼女を見て男は満足そうに笑うのだ。

全部、支払っていただきますわ

あくの
恋愛
第三王子エルネストに婚約破棄を宣言された伯爵令嬢リタ。王家から衆人環視の中での婚約破棄宣言や一方的な断罪に対して相応の慰謝料が払われた。  一息ついたリタは第三王子と共に自分を断罪した男爵令嬢ロミーにも慰謝料を請求する… ※設定ゆるふわです。雰囲気です。

婚約解消したら後悔しました

せいめ
恋愛
 別に好きな人ができた私は、幼い頃からの婚約者と婚約解消した。  婚約解消したことで、ずっと後悔し続ける令息の話。  ご都合主義です。ゆるい設定です。  誤字脱字お許しください。  

捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?

ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」 ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。 それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。 傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……

私は私を大切にしてくれる人と一緒にいたいのです。

火野村志紀
恋愛
花の女神の神官アンリエッタは嵐の神の神官であるセレスタンと結婚するが、三年経っても子宝に恵まれなかった。 そのせいで義母にいびられていたが、セレスタンへの愛を貫こうとしていた。だがセレスタンの不在中についに逃げ出す。 式典のために神殿に泊まり込んでいたセレスタンが全てを知ったのは、家に帰って来てから。 愛らしい笑顔で出迎えてくれるはずの妻がいないと落ち込むセレスタンに、彼の両親は雨の女神の神官を新たな嫁にと薦めるが……

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

処理中です...