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レベルアップは突然に

レベルアップ

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「ふぅー・・・大分、片付いたわね」

 額に浮かんだ汗を拭って、疲労を吐息に混ぜて吐き出した黒髪の美女、セラフはその血に塗れた剣を地面へと突き立て、それにもたれかかっている。
 彼女の言う通り、周辺の魔物は大分その数を減らしおり、残っているそれらは今もウィリアムへと集っているものぐらいだった。

「うぅ・・・ひどいよぉ、セラフ。私の事、放っておくんだもん」
「ごめんごめんって!でも、途中からはちゃんとそっちも片付けたでしょ?」
「それはそうだけど・・・うぅ、もう足がパンパンだよぉ」

 すっかり一仕事終えたという様子で満足気なセラフに、彼女以上に汗に塗れ、ぐったりとした様子のアリーがふらふらと近寄ってくる。
 彼女はセラフのすぐ傍にまで寄ってくると、その場で崩れ落ちるように地面へと腰を下ろしていた。
 セラフに放っておかれ、多数の魔物相手に逃げ続ける事を強制された彼女は、その足をパンパンに腫らしてしまっている。
 そんなアリーの泣き言に、流石のセラフも悪いと思ったのか、両手を合わせては彼女へと謝罪の言葉を告げていた。

「お嬢様、アレクシア様。ご休憩の準備が整っております、こちらで軽食など、取られてはいかがでしょうか?」

 明らかに一息入れる様子のセラフと疲れ果てたアリーの姿に、ケイシーはタイミングよく声を掛ける。
 彼女のすぐ傍には、すっかり準備の整えられた休憩スポットが出来上がっていた。

「さっすがー!!ケイシー、愛してるー!!ほら、行こうアリー!!」
「う、うん!あ、ちょっと待って・・・痛い痛い」

 まさに最高のタイミング声を掛けてきたケイシーに、セラフは感動したように腕を組むと、彼女への感謝を大声で叫んでいる。
 セラフは地面にぐったりと座り込んでいるアリーの手を取ると、早速とばかりにそちらに向かおうとする。
 それにはアリーも異論はないようだったが、彼女の疲れ果てたその足が中々いう事を聞かないようだった。

「ちょ、ちょっと待つぜよ!!わしは、わしはどうすればいいぜよ!?」

 きゃいきゃいと華やかな声を上げながら、二人休憩に向かっている乙女達を尻目に、ウィリアムは一人魔物に集られ続けている。
 そんな状況には、流石の彼も文句をいうだろう。
 その悲痛な叫びに、セラフも足を止める。

「はいはい、分かったわよ。あんたの周りの奴も片付ければいいんでしょ?あ、アリーは先に休んでて」
「うん、そうする。ごめんね、セラフ」
「いいのいいの、アリーは頑張ってくれたんだから!それっ!!」

 心底面倒臭そうにウィリアムの訴えを聞いたセラフは、その剣を再び構えると彼の方へと向かっていく。
 セラフをおいて自分一人で休憩に向かっていいのかと迷っていたアリーに、彼女は先に休んでてと手を振ると、近くの魔物へと狙いを定める。
 そうして振り払った剣先は、今度はちゃんとウィリアムの身体を掠める事なく、魔物の身体を両断していた。

「よし、いい感じ!次は・・・えっ!?何これ何これ!?」

 小気味よく魔物を仕留められたセラフは、軽く喜びの声を上げると次の獲物へと狙いを定める。
 しかしセラフがその剣を振るうよりも前に、彼女の身体から眩い光が溢れ始めていた。

「怖い怖い!?た、助けてアリー!!何か、身体が変に・・・!!」
「っ!大丈夫だよ、セラフ!!それ、レベルが上がった時の奴だから!!」

 突然、光り始めた自分の身体にセラフは怯えてアリーへと助けを求める。
 ケイシーによって用意された紅茶を片手に一息入れていたアリーは、その声に慌ててそれを取り落とすと、彼女に心配しなくて大丈夫だと叫んでいた。

「これが!?うわっ!!?」

 訳の分からない奇妙な現象でも、それが自分が追い求めていたものであると知れば嬉しくもなる。
 アリーの声に自らの身体を見下ろしたセラフの口角は、僅かに上がっている。
 そうして一層眩しく輝き出した彼女の身体は、最後に一際強い輝きを放つ。

「・・・これで終わり?えっ、もう上がったのレベル?」
「うん、間違いないよ。おめでとう、セラフ!!」

 眩い光が瞬いた後には、しんと静まり返った洞窟だけが残される。
 余りの眩しさにその瞳を瞑っていたセラフは、その呆気ない最後に拍子抜けした台詞を漏らす。
 しかしそれは間違いなく、レベルが上がった合図なのだとアリーは保証していた。

「おめでとうございます、お嬢様」
「ありがとう。え?本当にこれで、レベル上がったの?もう私、レベル1じゃない?」
「そうだよ!もうレベル2だよ、レベル2!こうなったら、後はあっという間だね!!」

 アリーが思わず取り落としてしまったティーカップを、きっちり地面に落ちる前に拾い上げていたケイシーは、それを近くのトレイへと置き直すとセラフへと頭を下げ、丁寧にお祝いを述べる。
 彼女の言葉に答えたセラフの表情は、まだ実感が湧いていないようにボーっとしたものだ。
 それでも重ねてアリーから保証されれば実感も湧いてきたのだろう、彼女の身体は嬉しそうに小刻みに震え始めていた。

「そうなんだ、これがレベルアップ。もう、私・・・レベル1じゃないんだ。ふーん・・・」

 収まった光に、もはやその身体は普段通りに戻ってしまっている。
 しかしそれでもセラフは、まるで生まれ変わった自分を確かめるように、身体の至る所を細かく動かしていた。

「お嬢様、一旦お休みになられた方が・・・」
「今は、そっとしておいて上げよう。嬉しいんだよ、初めてのレベルアップって。きっとセラフも今、それを噛み締めてるから」
「・・・そうですね」

 レベルアップという丁度いい区切りに、ケイシーはセラフの身体を休ませようと休憩を勧めている。
 それは彼女の思いやりからくる言葉であっただろうが、アリーはそれに待ったを掛けていた。
 何事も、初めてというのは嬉しいものだ。
 ましてやセラフはそれを目的にここにやってきたのだ、それぐらいはゆっくり堪能させてやろうとアリーは提案し、ケイシーもまた微笑みながらそれに頷くと、そっとセラフから距離を取っていた。

「ほぉ~・・・あれがレベルアップちゅうもんか。わしはてっきり、声変わりの時の何かだと思っとったぜよ」

 セラフがレベルアップしたためか、もう魔物を引きつけておく必要もなくなったと判断したウィリアムは、それを適当に蹴散らしてのんびりと感想を漏らしている。
 それは彼がレベルアップ時に起こる現象を、別の何かだと勘違いしていたというものであった。

「えっ?それってどういう意味?まさか・・・その時期にはもう、魔物と戦ってたってこと!?」
「その通りぜよ?わしんところでは・・・どこに行くぜよ?」

 ウィリアムのその言葉は、彼が幼い頃から魔物と戦っていたことを示している。
 ウィリアムが当たり前の事のように漏らしたその言葉に、僅かに間をおいて意味を理解したアリーは、驚き彼の顔を見上げる。
 その横を誰かが、猛烈な勢いで通り過ぎていっていた。

「ふふ、ふふふっ、あーっはっはっは!!見ていなさい、あいつら!!私、もうレベル1じゃないんだから!!もう馬鹿になんてさせないわよ!!!」

 初めてのレベルアップに感情を昂ぶらせるセラフは、その激情のままに暴走しどこかへと向かって駆け出していってしまっていた。
 その向かう先は、彼女の言動からも明らかだろう。
 彼女は自分をレベル1だと馬鹿にし、爪弾きにした冒険者達を見返しに行こうというのだ。

「ま、待って!まだ早すぎるよ、セラフ!!レベル2になったぐらいじゃ・・・!!」

 しかし、それは余りに早計過ぎる。
 それをセラフに伝え、引き止めようとしたアリーの声はしかし、彼女には届かない。
 セラフが去った後には、彼女が大声で喚き散らしている高笑いだけが反響し続けていた。
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