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「そぅ、通い妻」
通い妻って、妻として通うってことだよな。それって葉月さんの家に来て、食事作って掃除して洗濯して、妻みたいなことをやるって事で。家政婦でいいんじゃないか? 妻って言うのは、なんかこうもっといやらしい感じに聞こえるけど……。
うーんと考えこむ恵を見て、葉月は笑った。
「真に受けてる」
揶揄われたのだと知って、恵は安堵した。
「やだな、葉月さん、変な冗談やめてくださいよ」
「いや、ほら、荻野って掃除とか料理とか得意なんでしょ? 清野くんの部屋掃除とかもしてるって」
「あー、それはあいつが引きこもりだったんで、幼馴染みのお節介っていうか」
「一週間だけでいいからさ、料理教えてくれない? 実は今度親が来るんだよね。ご飯もろくに作れないんだろうから、早く結婚して面倒見てもらえとか、結婚しろしろうるさくて。俺は自由気ままに生きたい派なのにさ。料理ぐらい作れるよって嘘ついたんだけど、様子見に来るってきかなくて。仕事も不定期だから料理教室に通うなんて出来ないから、荻野に教えてもらうのが1番いいかなって」
「なーんだ、そんな事ならお安い御用です。喜んで」
「じゃあ早速今日の夜からよろしく?」
「はい!」
ただ料理を教えるだけで今回のお詫びになるかわからないけど、とりあえず嫌われた訳でもないようで良かった。恵は胸をなでおろした。
※
珍しく残業がなく、営業周りをした帰りにそのままスーパーへ寄った。
カートの持ち手を アルコールで何度か拭き、備え付けのカゴを取る。いつもなら一人で買い物するところが、今日は隣に葉月がいた。野菜コーナーの横を歩きながら訊く。
「何を作れるようになりたいですか?」
葉月は10秒トマトを見て言った。
「とりあえず、ナポリタン?」
「おっ、いいですね! 俺ナポリタン大好きっす」
「美味しいよね~」
「はい! 子供っぽいって言われますけど、ナポリタンのあの酸味と甘味は全国民が好きな味ですよね!」
「わかる」
穏やかに微笑む葉月は、いつもと変わらぬ様子だ。どうせなら可愛い女の子と並んでこういう会話をしてみたいものである。が、これはあくまで酔っ払って迷惑かけたお詫びなのだ、と思い出して、寛大に許してくれた葉月に感謝した。
ケチャップとパスタとピーマンと玉ねぎ、葉月はベーコン派だというので、ベーコンと粉チーズ。それからコンソメを買った。
会計は葉月が行い、荷物も持ってくれた。とても紳士だ。きっとモテるんだろうな、と見上げると、視線に気づいたのか、ニコリと笑った。
葉月は爽やかな笑顔に、多くを喋らずとも分かる品の良さと知的さが営業先でも好評だ。恵は葉月と組めてとてもラッキーだと思う。イケメンで頭の回転が早く、人当たりも良く、嫌味もなく、さわやかで非の打ち所がない。
爽太が高校生の時の性格のまま大人になっていたら、きっと葉月のように大人になっていただろう。恵は口元をぎゅっと結んだ。きっと爽太だって引きこもりたくて引きこもったんじゃない。分かっているのに、あまりにも昔が輝いて見えてつらかった。
「どうしたの?」
「いえ、ちゃんと作れるかなって、はは」
「かしこまらなくていいよ。全く作れない人からすれば、作れるだけですごいんだから」
「そんなもんすか」
「そんなもんだよ。料理は経験値だ、って誰かが言ってた。本の通りにしようと思っても好みの味にする事も難しいし、野菜を切るだけでも技術がいる。とても大変な作業だ」
「そうなんすよね、自分だけじゃなく相手が美味しいって感じるように調整するのも苦労するし」
爽太は何でも美味しいと言ってくれたが、いつも味付けには気を使った。少しでも元気になるように願って、好みの味になるようにと努力した。そういう時間は嫌いじゃなかったのに、今は爽太のそばにいるだけで苛立つ。
「荻野の作ってくれたものなら、きっと何でも美味しいよ」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
葉月は相手が欲しい言葉が分かっているかのようだ。
こんな風に相手を慮る言い方が自分にもできればいいが、現実はそんなに簡単ではない。人は簡単には変われない。それでも今の自分にできることをして、生きていくしかないのだ。
不甲斐なさや、遣る瀬無さは置いといて、とりあえずお詫びの料理教室はちゃんとやろう。恵は葉月の手から買い物袋を取ると、家への道を進んだ。
通い妻って、妻として通うってことだよな。それって葉月さんの家に来て、食事作って掃除して洗濯して、妻みたいなことをやるって事で。家政婦でいいんじゃないか? 妻って言うのは、なんかこうもっといやらしい感じに聞こえるけど……。
うーんと考えこむ恵を見て、葉月は笑った。
「真に受けてる」
揶揄われたのだと知って、恵は安堵した。
「やだな、葉月さん、変な冗談やめてくださいよ」
「いや、ほら、荻野って掃除とか料理とか得意なんでしょ? 清野くんの部屋掃除とかもしてるって」
「あー、それはあいつが引きこもりだったんで、幼馴染みのお節介っていうか」
「一週間だけでいいからさ、料理教えてくれない? 実は今度親が来るんだよね。ご飯もろくに作れないんだろうから、早く結婚して面倒見てもらえとか、結婚しろしろうるさくて。俺は自由気ままに生きたい派なのにさ。料理ぐらい作れるよって嘘ついたんだけど、様子見に来るってきかなくて。仕事も不定期だから料理教室に通うなんて出来ないから、荻野に教えてもらうのが1番いいかなって」
「なーんだ、そんな事ならお安い御用です。喜んで」
「じゃあ早速今日の夜からよろしく?」
「はい!」
ただ料理を教えるだけで今回のお詫びになるかわからないけど、とりあえず嫌われた訳でもないようで良かった。恵は胸をなでおろした。
※
珍しく残業がなく、営業周りをした帰りにそのままスーパーへ寄った。
カートの持ち手を アルコールで何度か拭き、備え付けのカゴを取る。いつもなら一人で買い物するところが、今日は隣に葉月がいた。野菜コーナーの横を歩きながら訊く。
「何を作れるようになりたいですか?」
葉月は10秒トマトを見て言った。
「とりあえず、ナポリタン?」
「おっ、いいですね! 俺ナポリタン大好きっす」
「美味しいよね~」
「はい! 子供っぽいって言われますけど、ナポリタンのあの酸味と甘味は全国民が好きな味ですよね!」
「わかる」
穏やかに微笑む葉月は、いつもと変わらぬ様子だ。どうせなら可愛い女の子と並んでこういう会話をしてみたいものである。が、これはあくまで酔っ払って迷惑かけたお詫びなのだ、と思い出して、寛大に許してくれた葉月に感謝した。
ケチャップとパスタとピーマンと玉ねぎ、葉月はベーコン派だというので、ベーコンと粉チーズ。それからコンソメを買った。
会計は葉月が行い、荷物も持ってくれた。とても紳士だ。きっとモテるんだろうな、と見上げると、視線に気づいたのか、ニコリと笑った。
葉月は爽やかな笑顔に、多くを喋らずとも分かる品の良さと知的さが営業先でも好評だ。恵は葉月と組めてとてもラッキーだと思う。イケメンで頭の回転が早く、人当たりも良く、嫌味もなく、さわやかで非の打ち所がない。
爽太が高校生の時の性格のまま大人になっていたら、きっと葉月のように大人になっていただろう。恵は口元をぎゅっと結んだ。きっと爽太だって引きこもりたくて引きこもったんじゃない。分かっているのに、あまりにも昔が輝いて見えてつらかった。
「どうしたの?」
「いえ、ちゃんと作れるかなって、はは」
「かしこまらなくていいよ。全く作れない人からすれば、作れるだけですごいんだから」
「そんなもんすか」
「そんなもんだよ。料理は経験値だ、って誰かが言ってた。本の通りにしようと思っても好みの味にする事も難しいし、野菜を切るだけでも技術がいる。とても大変な作業だ」
「そうなんすよね、自分だけじゃなく相手が美味しいって感じるように調整するのも苦労するし」
爽太は何でも美味しいと言ってくれたが、いつも味付けには気を使った。少しでも元気になるように願って、好みの味になるようにと努力した。そういう時間は嫌いじゃなかったのに、今は爽太のそばにいるだけで苛立つ。
「荻野の作ってくれたものなら、きっと何でも美味しいよ」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
葉月は相手が欲しい言葉が分かっているかのようだ。
こんな風に相手を慮る言い方が自分にもできればいいが、現実はそんなに簡単ではない。人は簡単には変われない。それでも今の自分にできることをして、生きていくしかないのだ。
不甲斐なさや、遣る瀬無さは置いといて、とりあえずお詫びの料理教室はちゃんとやろう。恵は葉月の手から買い物袋を取ると、家への道を進んだ。
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