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家には誰もいなかった。弟たちはバイトと部活、母親は仕事だ。葉月の家でレクチャーするのもありだが、教えるのに道具を全部揃えるのも大変なので、恵の家ですることにした。
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ。狭いですけど」
「そんな事ないよ、実家って感じですごくいい」
「そうっすか」
立派ではないが、兄弟それぞれに部屋が充てがわれており、1階の台所の反対側に母親の部屋がある。玄関を入ってすぐの台所は、窓のある壁側に水場が位置し、四人がけのテーブルが真ん中に据えてあった。
見渡した感じ掃除が行き届いていて、照明の傘にも埃はない。
「荻野がメインで家事をしてるんだろ。えらいな」
「普通っす。母親に負担ばっかかけらんないんで」
「いい子だね」
葉月は目を細めて笑った。
「あっ、いや、そんな大した事してなくて。おと、弟たちも最近は手伝ってくれるし」
普段から褒められ慣れていない恵は、戸惑いを隠せなかったが嬉しかった。やって来たことが少し報われた気がしてくすぐったい。
買い物袋をテーブルに置いて、恵は冷蔵庫の横にマグネットで掛けてあるエプロンを身につけた。
「葉月さんもエプロンつけます?」
恵が引き出しからエプロンを出して見せた。
「あぁ、そうだね。じゃあお借りしようかな」
葉月は持っていたカバンを椅子に置き、上着を脱いでエプロンをつけた。渡したエプロンは母親のもので花柄だった。
「どう? 似合う?」
花柄なのを逆手にとって、葉月が体をくねらせるので、恵は笑った 。
「葉月さんそんなキャラでしたっけ?」
「萩野がつけさせたんたろ」
「そうですけど、ブフッ」
「嵌められた」
「嵌めてないっす、すんません」
「ひどい先生だ」
「先生だなんて。じゃあ始めましょうか」
「あ、待って」
葉月は買い物袋をゴソゴソと探し、買ってきたビール缶を1つ恵に渡した。
「飲みながらでもいい?」
昨日の今日でアルコールは、と思ったが誘惑にはさからえなかった。疲れた仕事の後のビール程、今の恵を癒やしてくれるものはない。社会人はストレスが溜まる。そしてアルコールは絶大な力を有しているのだ。
「一本だけ、戴きます」
音をさせてビール缶を開け、お疲れ様と小さく乾杯し、2人ともぶはーっと息を吐いた。顔を見合わせて笑う。
ナポリタンは簡単で材料も少なくすむメニューだ。葉月がこの料理を選んでくれて良かったと恵は思った。料理は得意だが、人に教える腕前な訳では無い。でもこの家の食事を支えてきたし、家族や爽太も美味しいと言ってくれる。ベストを尽くそう。恵は包丁を二本取り出してまな板に乗せた。
鍋に水を入れ、塩とオリーブオイルを入れて火にかける。お湯が沸くのを待つ間に買ってきた野菜を洗い、葉月にまな板の前へ立ってもらった。
「野菜お好みのサイズでいいんで切ってください」
「好みって」
「ナポリタンに入ってるの思い出してみてください」
「そっか、食べた事ある感じにすればいいのか」
「料理は想像力と創造力が大事なんで」
「はい、先生」
照れている恵にウィンクを飛ばし、葉月は野菜を切っていった。少し厚めたが案外包丁さばきは上手い。
「上手ですね」
「器用な方だと思うんだ。でも料理となると、面倒くさいのが勝っちゃってやってこなかった。周りにできる人が居たし」
葉月の母親は家事を全部してくれるタイプだったらしく、何もしないで育ったから、片付けも余り得意ではないと言う。
「あんなに部屋きれいなのに?」
「二週間に一回くらいで家事代行頼むんだよ。頼まないと部屋マジカオス」
「そうなんすか」
意外だ。完璧に思える葉月だが、苦手なものもあるんだなと人間らしさを感じる。勝手に理想を塗りつけていることに気づいて少し申し訳なかった。
パスタが茹で上がり、フライパンで炒めていた具材とケチャップに混ぜ込んで、よく焼き、ナポリタンは完成した。
プラスアルファにレンジで作ったオニオンスープを出すと葉月が驚いた。
「いつの間にスープなんて作ったの?!」
「作ったというか、多めにスライスしてた玉ねぎと、バターと醤油とコンソメとオリーブオイル、レンチンしただけの簡単レシビです」
「いやいや、立派なスープだよ、手際良すぎてびっくりした」
「そうっすか」
褒められすぎて照れる。葉月といるととても心地いい。距離は近いけど、それを嫌に思ったこともない。背も高くて仕事もできて、イケメンで優しい。その上料理までできるようになったら、鬼に金棒どころか、鬼に機関銃じゃないだろうか。自分が女なら、爽太みたいなゴミ屋敷に住む男じゃなくて、葉月のような清潔感のある男が良いと思う。
爽太だって、清潔にしていれば、顔だって葉月に負けないくらい整った顔をしているし、背も高い。なんであんな事になってるのか未だによくわからない。でも当面それも考えないでおこう。皿に盛られたナポリタンは美味しそうに湯気を立たせて、ケチャップの仄かな酸味を帯びた薫りが食欲を刺激してくる。
「食べようか。美味しく出来てるといいんだけど」
若干心配そうに葉月が言う。
いただきますと言ってから、口に運んだ。ケチャップをよく焼いてから混ぜたので、まろやかな味に仕上がっていた。美味しい。
「完璧」
聞いて葉月も食べる。
「ホントだ、美味しい! 」
「でしょ」
「先生が教えるの上手だからだね」
「生徒が優秀だからですね」
「何この褒め合い」
二人で自画自賛して笑った。料理教室は穏やかに終わり、残りのビール四本はまた今度のレッスンで飲むことにした。
9時前になって葉月が席を立った時、玄関のドアが開いたと同時に声がした。
「ただいま~。あれ、恵、お客さん?」
「おかえり! うん、会社の先輩」
恵が台所から声に応えると、高身長で柔らかい雰囲気の青年が顔を出した。恵に似ているが、もっと線を太くした感じだ。
「恵がいつもお世話になってます」
「こちらこそお世話になってます。同じ会社に勤めてます、葉月大樹です。営業周り一緒にさせてもらってます」
「あぁ、葉月さん。いつもお噂聞いてます」
「荻野、あれ? お兄さんもいた?」
恵に訊くと彼が答えた。
「恵よりも大人っぽいから、いつも間違われるんですけど、弟の碧です。大学生です」
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ。狭いですけど」
「そんな事ないよ、実家って感じですごくいい」
「そうっすか」
立派ではないが、兄弟それぞれに部屋が充てがわれており、1階の台所の反対側に母親の部屋がある。玄関を入ってすぐの台所は、窓のある壁側に水場が位置し、四人がけのテーブルが真ん中に据えてあった。
見渡した感じ掃除が行き届いていて、照明の傘にも埃はない。
「荻野がメインで家事をしてるんだろ。えらいな」
「普通っす。母親に負担ばっかかけらんないんで」
「いい子だね」
葉月は目を細めて笑った。
「あっ、いや、そんな大した事してなくて。おと、弟たちも最近は手伝ってくれるし」
普段から褒められ慣れていない恵は、戸惑いを隠せなかったが嬉しかった。やって来たことが少し報われた気がしてくすぐったい。
買い物袋をテーブルに置いて、恵は冷蔵庫の横にマグネットで掛けてあるエプロンを身につけた。
「葉月さんもエプロンつけます?」
恵が引き出しからエプロンを出して見せた。
「あぁ、そうだね。じゃあお借りしようかな」
葉月は持っていたカバンを椅子に置き、上着を脱いでエプロンをつけた。渡したエプロンは母親のもので花柄だった。
「どう? 似合う?」
花柄なのを逆手にとって、葉月が体をくねらせるので、恵は笑った 。
「葉月さんそんなキャラでしたっけ?」
「萩野がつけさせたんたろ」
「そうですけど、ブフッ」
「嵌められた」
「嵌めてないっす、すんません」
「ひどい先生だ」
「先生だなんて。じゃあ始めましょうか」
「あ、待って」
葉月は買い物袋をゴソゴソと探し、買ってきたビール缶を1つ恵に渡した。
「飲みながらでもいい?」
昨日の今日でアルコールは、と思ったが誘惑にはさからえなかった。疲れた仕事の後のビール程、今の恵を癒やしてくれるものはない。社会人はストレスが溜まる。そしてアルコールは絶大な力を有しているのだ。
「一本だけ、戴きます」
音をさせてビール缶を開け、お疲れ様と小さく乾杯し、2人ともぶはーっと息を吐いた。顔を見合わせて笑う。
ナポリタンは簡単で材料も少なくすむメニューだ。葉月がこの料理を選んでくれて良かったと恵は思った。料理は得意だが、人に教える腕前な訳では無い。でもこの家の食事を支えてきたし、家族や爽太も美味しいと言ってくれる。ベストを尽くそう。恵は包丁を二本取り出してまな板に乗せた。
鍋に水を入れ、塩とオリーブオイルを入れて火にかける。お湯が沸くのを待つ間に買ってきた野菜を洗い、葉月にまな板の前へ立ってもらった。
「野菜お好みのサイズでいいんで切ってください」
「好みって」
「ナポリタンに入ってるの思い出してみてください」
「そっか、食べた事ある感じにすればいいのか」
「料理は想像力と創造力が大事なんで」
「はい、先生」
照れている恵にウィンクを飛ばし、葉月は野菜を切っていった。少し厚めたが案外包丁さばきは上手い。
「上手ですね」
「器用な方だと思うんだ。でも料理となると、面倒くさいのが勝っちゃってやってこなかった。周りにできる人が居たし」
葉月の母親は家事を全部してくれるタイプだったらしく、何もしないで育ったから、片付けも余り得意ではないと言う。
「あんなに部屋きれいなのに?」
「二週間に一回くらいで家事代行頼むんだよ。頼まないと部屋マジカオス」
「そうなんすか」
意外だ。完璧に思える葉月だが、苦手なものもあるんだなと人間らしさを感じる。勝手に理想を塗りつけていることに気づいて少し申し訳なかった。
パスタが茹で上がり、フライパンで炒めていた具材とケチャップに混ぜ込んで、よく焼き、ナポリタンは完成した。
プラスアルファにレンジで作ったオニオンスープを出すと葉月が驚いた。
「いつの間にスープなんて作ったの?!」
「作ったというか、多めにスライスしてた玉ねぎと、バターと醤油とコンソメとオリーブオイル、レンチンしただけの簡単レシビです」
「いやいや、立派なスープだよ、手際良すぎてびっくりした」
「そうっすか」
褒められすぎて照れる。葉月といるととても心地いい。距離は近いけど、それを嫌に思ったこともない。背も高くて仕事もできて、イケメンで優しい。その上料理までできるようになったら、鬼に金棒どころか、鬼に機関銃じゃないだろうか。自分が女なら、爽太みたいなゴミ屋敷に住む男じゃなくて、葉月のような清潔感のある男が良いと思う。
爽太だって、清潔にしていれば、顔だって葉月に負けないくらい整った顔をしているし、背も高い。なんであんな事になってるのか未だによくわからない。でも当面それも考えないでおこう。皿に盛られたナポリタンは美味しそうに湯気を立たせて、ケチャップの仄かな酸味を帯びた薫りが食欲を刺激してくる。
「食べようか。美味しく出来てるといいんだけど」
若干心配そうに葉月が言う。
いただきますと言ってから、口に運んだ。ケチャップをよく焼いてから混ぜたので、まろやかな味に仕上がっていた。美味しい。
「完璧」
聞いて葉月も食べる。
「ホントだ、美味しい! 」
「でしょ」
「先生が教えるの上手だからだね」
「生徒が優秀だからですね」
「何この褒め合い」
二人で自画自賛して笑った。料理教室は穏やかに終わり、残りのビール四本はまた今度のレッスンで飲むことにした。
9時前になって葉月が席を立った時、玄関のドアが開いたと同時に声がした。
「ただいま~。あれ、恵、お客さん?」
「おかえり! うん、会社の先輩」
恵が台所から声に応えると、高身長で柔らかい雰囲気の青年が顔を出した。恵に似ているが、もっと線を太くした感じだ。
「恵がいつもお世話になってます」
「こちらこそお世話になってます。同じ会社に勤めてます、葉月大樹です。営業周り一緒にさせてもらってます」
「あぁ、葉月さん。いつもお噂聞いてます」
「荻野、あれ? お兄さんもいた?」
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