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記録者たち
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午前7時12分。
神戸新聞社の編集フロアは、割れた窓ガラスと書類で足の踏み場もなかった。
「死者が…え? 阪神高速が、落ちた!?」
木下奈々はヘルメットを手に、記者証とメモ帳を胸ポケットに突っ込んだ。
震源が淡路島北部、震度7。過去に例のない地震。
情報が錯綜する中で、彼女の頭の中にはひとつの使命だけがあった。
「この街の今を、残すんだ。」
カメラマンとともに、バイクで長田区へ向かった。
道は割れ、電柱は倒れ、火の手があちこちに上がっていた。
「奈々!あれ、撮るぞ!」
商店街のアーケードが完全に崩れ、真ん中で母親が子どもを抱きしめて泣いていた。
シャッターを切る音が、やけに冷たく聞こえた。
奈々は、レンズ越しに自問する。
(私、今、人の不幸を切り取ってるの?)
だが、それでも、シャッターは止められなかった。
「次、トリアージ・オレンジ!呼吸はある!意識混濁!」
「麻酔なしで処置するぞ、メスっ!」
山田修は、医師5年目。
震災後最初に搬送されてきた40人を、彼は1時間で診た。
悲鳴、吐血、骨が突き出た腕、泣き叫ぶ家族。
医師として冷静であろうとするたびに、心が砕けそうだった。
「先生!この子……呼吸止まりました!」
5歳の女の子の顔が、冷たくなっていく。
山田は目を閉じた。
(こんな命を、止めたくて医者になったんじゃない…)
でも、次の命が待っていた。
「……はい、次!気を抜くな!」
奈々のノートに、震える字でこう記されていた。
1月17日 午後1時34分
長田本町3丁目。住民の証言。
「家が潰れて、母の手だけが見えていました」
午後2時18分
焼け跡の路地。70代男性。
「戦争より、怖かったです」
午後3時12分
小学校避難所。教師の一言。
「子どもたちの目に、何も映っていません」
彼女は、鉛筆の芯が折れるまで書き続けた。
(この言葉を、絶対に誰にも奪わせない)
午後9時。
電気もテレビも止まった家々に、唯一届いたのは、電池式のラジオだった。
「こちらはNHK。阪神・淡路大震災の続報をお伝えします。
現在、死者は1,800人を超え…」
避難所で、恵子はラジオに耳を当てていた。
涙をこらえながら翔太を抱きしめ、誰かが言った。
「記録ってのは、冷たいもんやな……でも、必要なんやな。」
ラジオの声は続いていた。
神戸新聞社の編集フロアは、割れた窓ガラスと書類で足の踏み場もなかった。
「死者が…え? 阪神高速が、落ちた!?」
木下奈々はヘルメットを手に、記者証とメモ帳を胸ポケットに突っ込んだ。
震源が淡路島北部、震度7。過去に例のない地震。
情報が錯綜する中で、彼女の頭の中にはひとつの使命だけがあった。
「この街の今を、残すんだ。」
カメラマンとともに、バイクで長田区へ向かった。
道は割れ、電柱は倒れ、火の手があちこちに上がっていた。
「奈々!あれ、撮るぞ!」
商店街のアーケードが完全に崩れ、真ん中で母親が子どもを抱きしめて泣いていた。
シャッターを切る音が、やけに冷たく聞こえた。
奈々は、レンズ越しに自問する。
(私、今、人の不幸を切り取ってるの?)
だが、それでも、シャッターは止められなかった。
「次、トリアージ・オレンジ!呼吸はある!意識混濁!」
「麻酔なしで処置するぞ、メスっ!」
山田修は、医師5年目。
震災後最初に搬送されてきた40人を、彼は1時間で診た。
悲鳴、吐血、骨が突き出た腕、泣き叫ぶ家族。
医師として冷静であろうとするたびに、心が砕けそうだった。
「先生!この子……呼吸止まりました!」
5歳の女の子の顔が、冷たくなっていく。
山田は目を閉じた。
(こんな命を、止めたくて医者になったんじゃない…)
でも、次の命が待っていた。
「……はい、次!気を抜くな!」
奈々のノートに、震える字でこう記されていた。
1月17日 午後1時34分
長田本町3丁目。住民の証言。
「家が潰れて、母の手だけが見えていました」
午後2時18分
焼け跡の路地。70代男性。
「戦争より、怖かったです」
午後3時12分
小学校避難所。教師の一言。
「子どもたちの目に、何も映っていません」
彼女は、鉛筆の芯が折れるまで書き続けた。
(この言葉を、絶対に誰にも奪わせない)
午後9時。
電気もテレビも止まった家々に、唯一届いたのは、電池式のラジオだった。
「こちらはNHK。阪神・淡路大震災の続報をお伝えします。
現在、死者は1,800人を超え…」
避難所で、恵子はラジオに耳を当てていた。
涙をこらえながら翔太を抱きしめ、誰かが言った。
「記録ってのは、冷たいもんやな……でも、必要なんやな。」
ラジオの声は続いていた。
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