能登半島地震

早川座水

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「夜の瓦礫に宿る声」

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──夜の長田区、焼け跡の中。
慎吾は、誰かの手に引かれる夢を見ていた。

「……おい。起きろ。まだ、生きとる。」

耳元で男の声がする。
次に見えたのは、真っ赤な炎と、煙の中から伸びてくる手。

「ここに1人、生存者!意識あり!10代男性!」

酸素マスクが押し当てられ、意識が一気に現実に引き戻された。
誰かが叫ぶ。ストレッチャー。懐中電灯の強い光。
空が、燃えていた。

──慎吾は、助かった。

けれど、母も、弟も、もういなかった。

1月18日 朝。

神戸市立〇〇小学校避難所。
夜通し寒さに震えた避難者たちに、最初の炊き出しが届いた。

「おにぎりやでー!並んでな、1人一個やでー!」

ボランティアの中に、大学のジャンパーを着た若者がいた。
手際よく動き、笑顔を絶やさない。

「はい、お母さん。子どもさんには、ちょっと大きめの渡すな。」

恵子は、涙をこぼしそうになるのをこらえた。

「ありがとう……ほんとに、ありがとう……」

翔太は、おにぎりを大事そうに両手で持っていた。
「ママ、これ、おいしいよ。」

それは、震災以来、初めての“あたたかい食べ物”だった。

火災のピークを越えた長田の町。
佐伯は、焼け落ちた一軒家の前で立ち尽くしていた。

「……ここに、6人いたらしい。」

隣にいた若い隊員が、静かに頭を垂れる。

佐伯は、ヘルメットを脱いだ。
手の中には、焦げたおもちゃの車。

「これが……この家の子の……?」

言葉にならなかった。
背中で聞こえる救助の音。
遠くで、何かを叫ぶ声。

佐伯は、何も言えなかった。ただ、帽子を胸に当てた。

「関西学院大学災害ボランティアチーム」
──新聞にそう記されたのは、後日だった。

だが、その朝、奈々は彼らに会っていた。
震災の翌日、誰よりも早く、自転車とリュックを担いで現地に入った若者たち。

「あなたたち、どこから?」

「西宮です。地元なんで……何かせんと、落ち着かんのです。」

カメラを向けると、青年は困ったように笑った。

「撮るより、一緒に炊き出ししませんか?」

奈々は一瞬、記者であることを忘れた。

「……わかった。あとで、ちゃんと記録する。」

午後6時。

避難所の隅で、翔太が持っていた小さなキャンドルに火が灯る。
隣の少年が、それをじっと見ていた。

「……それ、どこで手に入れたの?」

「うちの、ばあちゃんの防災袋にあったんだ。」

「……すごいな。」

その小さな光に、何人もの子どもが集まり出す。
やがて、誰かがそっと言った。

「これ、毎晩灯したらええんちゃうか。」

恵子は、翔太の手を握った。

「……いいね、翔ちゃん。“灯”やね。」
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