能登半島地震

早川座水

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喪失の中で

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神戸中央病院、仮設ベッドの並ぶ大部屋。
西本慎吾は、目を開けた瞬間、何も覚えていなかった。

白い天井、消毒液の匂い。
腕には点滴。足にはギプス。
意識が戻った途端、看護師の呼ぶ声と同時に、記憶の裂け目が戻ってきた。

「家が……潰れて……火が……」

体が震えた。

「お母さん……!弟は!?生きてるのか!?」

ベッドに縋りついた彼の腕を、年配の男性がそっと掴んだ。

「おまえ、西本慎吾か……?」

「……あんた、誰や……」

男は、涙を隠すように笑った。

「お前の親父の、工場の従業員や。名前は坂井や。お母さんのこと、最後まで一緒に探しとった。」

慎吾の目から、涙が溢れた。
叫びたかったが、声にならなかった。

恵子は、小学校の教室に作られた仮設トイレの前で順番を待っていた。
ふと、廊下の掲示板に貼られた一枚の紙が目に入る。

「行方不明者リスト」

名前がずらりと並ぶその中に、知っている姓があった。
翔太のクラスメート、由佳ちゃんの名前。

(あの子、今どこにいるの……)

トイレから出てきた年配の女性が、掲示板の前で呆然と立ち尽くしていた。

「……この中に、うちの息子がいます。」

恵子は声をかけた。

「一緒に探しましょうか?」

女性は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、ただ頷いた。

体育館の一角で、突然、子どもの叫び声が響いた。

「やだぁああああああああ!! パパのところいくうううう!!」

8歳くらいの少年が、布団を蹴飛ばしながら泣き叫んでいた。
止めようとした母親の顔には、大きな絆創膏。

「ダメっ……もう、パパはいないって言ったでしょ……!」

子どもの叫びは、体育館の天井に突き刺さるようだった。

誰も、何も言えなかった。

恵子は翔太の手を強く握った。

翔太が、ぽつりと呟いた。

「ボクも、叫びたい……でも、ママが泣くから、がまんしてる。」

その一言に、恵子の心が崩れた。
息子の肩を抱き寄せ、声を殺して泣いた。

奈々は、避難所で叫ぶ少年を目撃していた。
カメラを向けることも、メモを取ることもできなかった。

「書けるわけない……」

記者のはずなのに、何もできない自分。
だが、ふと、自分の足元に置かれた子どもの落書きを見た。

“ひこうきにのって たすけにいく”

“がれきのまちに おにぎりを”

奈々は、その紙をそっと拾い上げた。
ペンを握った手が、自然に動いていた。

「彼らは、ただ叫びたいのだ。
慰めではない“声”が、今、必要だ。」

 
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