能登半島地震

早川座水

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炊き出しの火

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慎吾は、まだ片足にギプスをはめたまま、車椅子に乗っていた。
病院のベッドに寝ているより、「何かしていたい」——その一心で、仮設炊き出し所へと自分から志願した。

「おーい、西本くん、米とぎ終わった? こっち味噌汁いくで!」

「はいっ!」

炊き出しボランティアの中にいた大学生たちは、慎吾を“仲間”として自然に扱ってくれた。
誰も彼の過去を聞かなかったし、泣いている顔を見ても、責めなかった。

炎の前で、大鍋の湯気に顔を赤くしながら、慎吾は初めて「温度のある場所」にいた。

その日、恵子と翔太は昼の配給を受けに、炊き出し所に並んでいた。

翔太は列の前方で、配膳をしている青年をじっと見つめた。

「あの人……足、痛いのにがんばってる。」

慎吾は、笑顔でおにぎりを手渡した。

「はい、小さい子には、海苔2倍な!」

翔太は、恥ずかしそうに言った。

「ありがとう……」

その瞬間、慎吾はふと、昔の自分を見た気がした。
なんでもない笑顔が、心をざわつかせた。

(この子、ちゃんと“生きてる”んやな……)

数秒後、恵子と慎吾の目が合った。
恵子は一礼し、慎吾もまた小さく頭を下げた。

——言葉は、交わされなかった。
でも、確かに何かが、始まった。

夜、翔太は避難所の隅で、小さなキャンドルを灯していた。
今日から、**「子どもキャンドル当番」**という役割ができたのだ。

翔太は、その火を、他の子どもたちの手に分けていた。

「これ、夜まで持つから。あったかいよ。」

小さな手から手へ、火が受け渡される。
言葉ではなく、「あたたかさ」が回っていく。

校庭の隅に、いくつもの点のような光が、ゆらゆらと灯っていた。
それはまるで、闇の中で誰かが「ここにいるよ」と言っているかのようだった。

「おにぎり、どうぞ!」

奈々は、カメラではなく、おにぎりを手に炊き出し所に立っていた。

そのとき——

「木下さん……?」

振り返ると、そこには慎吾が立っていた。
中学時代、奈々が“非行少年”と認識していた少年。今では別人のような瞳をしていた。

「えっ……慎吾くん……?」

「覚えてくれてたんですね。」

奈々は数秒、言葉が出なかった。

「……うん。今は、炊き出しやってるんだね。」

慎吾は、頷いた。

「誰かが、俺に飯くれて、泣かんでええって言うてくれたんで。
今度は俺の番かなって。」

奈々は、初めて「記録より先に、目の前の人に寄り添うべき瞬間」があるのだと知った。

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