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雨と名前
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1月20日 午前5時すぎ。
神戸の空に、ぽつり、と雨粒が落ちた。
「……雨、降ってきた」
翔太は、冷たい一滴を手のひらで受けた。
避難所の屋根の下、段ボールの隙間から湿気が忍び込んでくる。
「このままやと、布団も服もびしょびしょになるな……」
恵子は、体を丸めて震える翔太に、薄い毛布を一枚重ねる。
それしかできなかった。
避難所に貼られたメモにはこう記されていた:
「今夜から冷たい雨。体調管理に注意してください」
「風邪薬の配布、9時から保健師が来ます」
でも、薬よりも、安心できる“居場所”が欲しかった。
翔太は、小声で尋ねた。
「ママ……もし、家に戻れなかったら……ボク、どこに住めばいいの?」
恵子は、答えられなかった。
炊き出し所の休憩時間。
慎吾は、ボランティアの若者に声をかけられた。
「なあ、西本。長田中学の出身やろ? これ、見てくれへんか?」
差し出されたのは、**「避難所登録名簿」**だった。
そこには、避難してきた人々の名前と年齢、所在が書かれていた。
慎吾は、目を滑らせながら、ある一行で指が止まった。
西本 小夜子(55)→ 行方不明
西本 拓馬(9)→ 死亡確認(17日午後)
数秒、何も見えなくなった。
涙ではない。感情が、麻痺していた。
(知ってた。分かってた。でも、紙に書かれると、もう……)
ふと、別の欄に目が止まる。
中村 翔太(10)
中村 恵子(36)
……どこかで見た名前。
あの少年と、その母親。
慎吾は、静かに名簿を閉じた。
「木下さん、雨でノート濡れてまうよ!」
カメラマンがビニール袋を差し出す。
奈々は笑って受け取ったが、ノートのページにはもう雨のシミが広がっていた。
彼女は、ページをめくるたびに、瓦礫の街で出会った声を思い出す。
「母の手が、最後に僕の肩を押したんです」
「焼けた家から、仏壇だけ持ってきました」
「子どもたちの目を、見られません」
今まで“記録”とは、冷静で客観的であるべきだと信じていた。
でも今は——
誰かの記憶に“寄り添う”ような言葉を書きたいと思った。
奈々は、震える手でこう記した。
「この雨は、悲しみを流すものじゃない。
ただ、私たちがまだ“濡れている”と知らせる雨だ」
その夜、翔太は再び“キャンドル当番”だった。
雨風を避けるため、ロウソクはガラス瓶に入れられ、小さな机に並べられていた。
他の子どもたちも、次々と火を灯していく。
慎吾は、隅の柱に寄りかかって、それを静かに見ていた。
子どもたちは、誰にも教えられずに**「火を分け合うこと」**を覚えていた。
それは、灯ではなく“つながり”だった。
翔太が振り向くと、そこに慎吾がいた。
「……また、おにぎりくれる?」
「そやな、今度は梅干し入りや。楽しみにしとき。」
小さな笑いが、雨音の中に滲んだ。
神戸の空に、ぽつり、と雨粒が落ちた。
「……雨、降ってきた」
翔太は、冷たい一滴を手のひらで受けた。
避難所の屋根の下、段ボールの隙間から湿気が忍び込んでくる。
「このままやと、布団も服もびしょびしょになるな……」
恵子は、体を丸めて震える翔太に、薄い毛布を一枚重ねる。
それしかできなかった。
避難所に貼られたメモにはこう記されていた:
「今夜から冷たい雨。体調管理に注意してください」
「風邪薬の配布、9時から保健師が来ます」
でも、薬よりも、安心できる“居場所”が欲しかった。
翔太は、小声で尋ねた。
「ママ……もし、家に戻れなかったら……ボク、どこに住めばいいの?」
恵子は、答えられなかった。
炊き出し所の休憩時間。
慎吾は、ボランティアの若者に声をかけられた。
「なあ、西本。長田中学の出身やろ? これ、見てくれへんか?」
差し出されたのは、**「避難所登録名簿」**だった。
そこには、避難してきた人々の名前と年齢、所在が書かれていた。
慎吾は、目を滑らせながら、ある一行で指が止まった。
西本 小夜子(55)→ 行方不明
西本 拓馬(9)→ 死亡確認(17日午後)
数秒、何も見えなくなった。
涙ではない。感情が、麻痺していた。
(知ってた。分かってた。でも、紙に書かれると、もう……)
ふと、別の欄に目が止まる。
中村 翔太(10)
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……どこかで見た名前。
あの少年と、その母親。
慎吾は、静かに名簿を閉じた。
「木下さん、雨でノート濡れてまうよ!」
カメラマンがビニール袋を差し出す。
奈々は笑って受け取ったが、ノートのページにはもう雨のシミが広がっていた。
彼女は、ページをめくるたびに、瓦礫の街で出会った声を思い出す。
「母の手が、最後に僕の肩を押したんです」
「焼けた家から、仏壇だけ持ってきました」
「子どもたちの目を、見られません」
今まで“記録”とは、冷静で客観的であるべきだと信じていた。
でも今は——
誰かの記憶に“寄り添う”ような言葉を書きたいと思った。
奈々は、震える手でこう記した。
「この雨は、悲しみを流すものじゃない。
ただ、私たちがまだ“濡れている”と知らせる雨だ」
その夜、翔太は再び“キャンドル当番”だった。
雨風を避けるため、ロウソクはガラス瓶に入れられ、小さな机に並べられていた。
他の子どもたちも、次々と火を灯していく。
慎吾は、隅の柱に寄りかかって、それを静かに見ていた。
子どもたちは、誰にも教えられずに**「火を分け合うこと」**を覚えていた。
それは、灯ではなく“つながり”だった。
翔太が振り向くと、そこに慎吾がいた。
「……また、おにぎりくれる?」
「そやな、今度は梅干し入りや。楽しみにしとき。」
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