能登半島地震

早川座水

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瓦礫の上に立つ声

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1月21日付の神戸新聞朝刊・第一面。

「声を聞いてください」
記者・木下奈々

避難所の子どもたちの絵、炊き出しをする若者、泣きながら名簿を眺める母親の姿——
奈々が綴ったのは、数値でも統計でもなく、人の声そのものだった。

「私の声は小さい。けど、ここで生きている」
「火事の中、母の声が最後に聞こえました」
「ありがとう、と言える人がまだいる」

記事は早朝に配られ、ラジオ、テレビ、そして他県の新聞社へと広がっていった。
その日、避難所で配られた1ページを見つめ、ある高齢男性が呟いた。

「わしはな、戦争の時よりも、この震災の記憶を人に残したいと思っとる。
でもな、どうやって話してええかわからんかった……。この記事は……代わりに言ってくれた。」

奈々は初めて、言葉が誰かを“癒やす”力を持ちうると実感した。

その日の午後。
仮設の掲示板に「危険家屋リスト」が貼り出された。

翔太の手を引いて、それを見に行った恵子の目が止まる。

「中村邸(○○町3-5)──全壊。立入禁止。要解体申請。」

「……見て、翔ちゃん」

翔太は紙を読み、目を細めた。

「うち……もう、ないんだね」

恵子は無理に笑った。

「そうだね。でも……いつか、また……」

翔太は首を横に振った。

「ママ。ぼく、もう“帰る場所”はないって分かってる。でも……また、作ればいいんでしょ?」

その言葉に、恵子の目から涙がこぼれた。

子どもが、先に現実を受け入れていた。

慎吾は、あの日焼けた自宅跡をひとりで訪れた。
周囲には何もない。焦げた鉄骨と、灰。
雨で土がぬかるみ、足元はぬるりと滑る。

ポケットから、小さな箱を取り出す。
焼け残った、母の指輪と、弟が描いたラクガキ。

(生き残ったことに、意味があるんやろか)

胸の奥で、まだ誰にも見せていない言葉が渦巻いていた。

そこに、ひとりの若者が近づいてきた。
炊き出しボランティアで顔を合わせた大学生だ。

「……西本くん、こんなとこにいたんか」

「……うん。ここが、うちやったから。」

しばらく、ふたりは無言で瓦礫を見つめていた。
やがて青年がポツリと言った。

「もう一回、ゼロから始めるの、いっしょにやらへん?」

慎吾は答えなかった。
でも、首を縦に振った。

避難所に戻った奈々は、掲示板に「メッセージカードコーナー」を設けた。

「お父さんへ ずっとそばにいてくれてありがとう」

「今度こそ、うちに来てごはん食べて」

「なくなったみんなへ わたしたちは生きています」

翔太も書いた。

「また家をつくります。友だちができました。ありがとう。」

奈々がそれを読んでいると、恵子が声をかけた。

「木下さんですよね。新聞、読みました。
……あなたの言葉に、救われました。」

奈々は黙って微笑んだ。

言葉は、誰かの代わりに叫ぶもの。
言葉は、誰かの心に、火を灯すもの。
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