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六章 魔王会議編

74話 疑心暗鬼

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 僕は静かに息を吐き、気取られないよう注意深く他の魔王を観察する。

 この中に、アルバくんを殺した犯人がいる可能性が高い…。ブルクハルトの魔王が死んだら魔大陸中の話題になると思うから、僕が生きてた事は既に相手にも知れていただろう。
 
 普通に考えれば僕より下の序列の人達が怪しい。僕が居なくなれば繰り上げになり、順位を上げる事が出来る。
 でも、アルバくんの今までの鬼の所業を考えれば、誰に恨まれていても可笑しく無い。

 斜め向かいに座るオルハロネオさんと目が合う。そもそも彼はずっと僕を睨み付けていた。(恐ろしい形相だ)犬歯を剥き出しにして、憎悪が籠った視線を向けて来る。うん、頗る居心地が悪い。

「会議の進行はこのイグダシュナイゼル・メディオ・L・バルトロメイが担当させてもらう。異議があれば聞こう」

 イーダは其々を見回し、異論を唱える者が居ないのを確認する。

「ふむ、では初めにアルバ」

『…、!』

「ユニオール大陸の国を1つ支配下に入れた意図を聞きたい」

 改まった場でイーダに呼ばれてドキリとした。しかも内容は初めて人間の大陸に行った際、僕が起こした不祥事について。
 止めてくれ。あの時の僕は酒に酔ってたんだ。

『…誤解するな。支配下になんて入れてない』

「支配下に入れてない、だァ?」

 オルハロネオさんが目くじらを立てる。

「鎖国状態のテメーんとこがいきなり国交始めやがって、こっちは商売上がったりなんだよッ!しかもモンブロワの人間の受け入れなんて妙な真似しやがって、舐めてんじゃねーぞッ!!」

「今ではモンブロワの人間に飽き足らず、移住を希望する人間を簡易な審査で受け入れてるそうではないか。アルバラード、知らぬ存ぜぬじゃ済まんぞ」

 リリィお婆さんも何やらこれに関してはご立腹だな。どうやって伝えればアルバくんらしく、話題を逸らせるだろう。
 モンブロワの件については僕も記憶が朧で、当事者なのに聞いた話しか知らない。

『ーーは、』

 やっば。言い掛けて止めたから鼻で笑ったみたいになった。どうか聞こえていませんように。
 いや、オルハロネオさんが青筋立ててるから聞こえちゃったかもしれない。あちゃー。

『ブルクハルトは閉鎖した状態でも非常に豊かだったが、俺は強欲でね。国交のメリットを取っただけだ』

 そうそう。国には良い刺激になると思ったし、商業も活発になるしね。新しいモノを受け入れる寛容さは大事だし、そのお陰で冒険者ギルドを街々に建設出来た。
 街の人からの依頼はなかなかの数らしいし、国が行き届かない個人の困り事を解決してくれる冒険者には感謝してる。

『人間の受け入れに関しては…公国をこの目で見る機会があってな。その際、平民への対偶に疑問を持った。後はその国の王に平民の受け入れを申し立てたら、国民の多くがこっち側に来る事を選択したって訳だ』

 今の王都は以前の2,5倍の大きさになっている。リリスが言うには人間達の為に国内に後3つ街の建設を進めたいとの事だ。
 最近、他国で差別を受けていた混血の魔族がブルクハルトの移住を希望して来た為、その受け入れの準備もしているらしい。

『俺は門を広く開けて待っていただけだ。モンブロワ公国が周囲の国に攻め込まれない為の援助もしている。この件に関して、此方が責められる謂れは無いと思うが?』

 オルハロネオさんが「この高慢ちき野郎しゃあしゃあと言いやがってクソがッ!」と悪態を撒き散らす。彼には凄く嫌われてる。それこそ殺されるのではないかと思うくらいに。(高慢ちきって久々に聞いたな)

 正面に座るフェラーリオさんの鼻息が荒い。彼は着飾ったミノタウロスの風貌で、僕には表情が読めない。

「……公国の貴族の多くは平民を虐げていた。それは魔大陸でも有名な話だ」

『…、』

 右隣の美青年がいきなり発言したものだから吃驚した。透き通るような綺麗な声をしている。

「遅かれ早かれ内戦が起きていただろう。アルバラードさんがした事は見方によっては残酷だが、結果を見れば平和的な国の分断だったのではないか?」

 (あれ?見方によっては残酷?)ちょっと意味が分からないけど、どうやらジュノさんは僕の味方をしてくれてる様だ。
 すると、腕を組んで話を聞いていたイヴリースさんが「何ぁ故オマエが出しゃばるんだぁ?【ルナー】」と不機嫌そうに言う。
 本当に仲悪いんだな…。
 
「……Che palleバッレ!!…お前には関係無い」

 恐らく、魔大陸の公用語とは違う母国の言葉だ。僕が居た世界だとイタリア語かフランス語に近い。(け、ばっれ…?)僕の記憶が正しければあまり褒められたものではない罵倒語だった気がする。確か良い加減にしろ、とかウンザリだ、とかそんな意味。
 魔導王国の言語はここら辺とは違うみたいだな。

「しかしじゃ、アルバラード。この魔大陸において、過剰な国力の増加は看過出来ない…。これ以上好き勝手する様ならワシも黙ってはおらぬぞ」

 なるほど、彼女はこれ以上ブルクハルトに人が集まって国として大きな力を持つ事を憂いている訳だね。
 リリィお婆さんは語気強めに言って、魔力を垂れ流す。真紅の光が彼女に集まり、まるで炎を纏っているみたいだ。
 アルバくんを演じるって簡単に土下座したり出来ないから辛い。(会議なんだから穏便に話し合おうよ!)
 背後でリリスとユーリが戦闘態勢に入ろうとしていた。

「【不死鳥】彼の説明で分かっただろう?何も兵士を集めている訳じゃない。それに人間が増えた所で我々魔族には何ら弊害にはならない筈だ」

 膨張する魔力に対し、イーダが声を挟む。

「…」

「短気は損気、なのだろう?様子を見るのも悪い事じゃない」

「ふぉっふぉ…言いよるわ」

 可笑しそうに笑ったリリィお婆さんは、皺々の目を細めた。纏っていた赤い空気が蒸発する。

「他国へ攻撃を仕掛ける準備じゃないのなら、俺からも言う事はない。国を発展させる事は俺達全員の課題でもあるからな」

 僕が戦争でも起こそうとしていると勘繰っていた人は1人や2人じゃないのだろう。イーダは最初にその誤解を解く機会を与えてくれた。
 でも、こんな場で名指しされるのは正直生きた心地がしない。安堵した途端、手に無用な力を入れていた事に気付く。僕は滲んだ手汗を拭き、だんだん酷くなる胃痛に顔を顰める。

 進行役のイーダは次の議題に話を移した。

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 長時間座っていたお陰で固まった筋肉を伸ばす。数時間の会議の後、やっと休憩が挟まれた。僕は会場から出て、大きな窓がある廊下のソファに腰を下ろす。

「お疲れ様です、アルバ様」

『2人もお疲れ様。ずっと立ちっぱなしで疲れたんじゃない?良ければ一緒に座るかい?』

 後ろに控えた部下や近侍は長時間の会議にも関わらず直立した姿勢を強いられている。

「お気遣い痛み入ります。しかし、我々は慣れております故」

 僕の申し出をユーリが丁重に断った。少し寂しい気もするけど、何処で誰が見てるか分からないし仕方ない。

 会議の内容は貿易に関する事から各国を移動する冒険者に関わる事まで様々だ。関税やら機密情報の保護やら、高ランク冒険者の囲い込み禁止やら…。
 リリスからの報告書に目を通していなければ意味さえ分からなくて頭がパンクしていた。

『僕は以前の僕みたいに振る舞えてる?』

「はい!以前の気高きアルバ様を思い出します…!」

 頬を紅潮させたリリスがもじもじと手を弄る。

「【不滅】の無礼にも寛容に対応しているアルバ様は流石としか言いようがありません…!」

 いや、オルハロネオさんがおっかないから極力視界に入れないようにしてるんだ。

『そう言えば、ユーリはパロマ帝国出身じゃなかった?』

「左様で御座います、アルバ様。私などの出生の地を覚えてて頂けるとは…」

 彼の生まれは帝国で、研究が原因で国を追われたと聞いた。元帝国民のユーリならオルハロネオさんが何を考えているのか分かるかな。

『オルハロネオさんっていつもあんな感じ?』

「申し訳ありません。国の援助を受け研究を重ねておりましたが、私は彼に避けられていたのでどんな人物なのか詳しい事は分かり兼ねます」

『そっか…』

「お役に立てず不甲斐ないばかりです」

 肩を落とすユーリに『そんな事無いよ』と告げた時、廊下の向こうからイーダと執事が歩いて来るのを見付けた。

『やぁ、イーダ。お疲れ様』

「嗚呼、アルバもな…。って、何をダラけてるんだ。誰の目があるか分からないから、部屋に行くまでは気を抜くな」

『えー…肩肘張ってるのは疲れるんだよなぁ』

 ぶつぶつ言ってソファに座り直す。カッチリした上服の首のフォックを締めて、息を吐いた。
 いつものギリシャ風の服が恋しい。あの上質な触り心地、柔らかい布地。
 この正装も勿論良い素材で出来ているが、飾りが多くて落ち着かない。首元のファーが頸に当たって擽ったいし、金糸で編まれた紐が絡まりそうで気が気じゃ無い。肩に掛けた長い上着が落ちそうで余計な神経を使う。
 もうこの際開き直って明日から普段着で来ちゃ駄目かな?

「ふむ、仕方無い…。ランドルフ、人払いを頼む」

 付き従う執事にそう言うと、「畏まりました、イーダ坊ちゃん」とお辞儀をする。

「はは、客人の前で坊ちゃんは止めろ爺や」

「ほほほ、私からすれば何時迄も可愛い坊ちゃんでありますからな」
 
 白い髭を撫でながら、ランドルフさんはニコニコ笑って僕達から距離を取った。20mくらい離れた廊下で、一方を見張っている。
 (なるほど、)こうすれば他の魔王に見付からないように寛ぐ事が出来る。

「リリアス・カルラデルガルド。ユリウス・アーデンハイドもそっちを見ててくれ」

「ご冗談をバルトロメイ様」

「我々の主人はアルバ様です」

 ツンとそっぽを向いたリリス、ニコニコしているが従う気が皆無なユーリ。イーダは気を悪くした様子も無く「ぷ…そうか悪かった」と失笑した。

『まぁまぁ2人共、そう言わずに頼むよ。イーダも僕の為にしてくれてるのだしね』

「「アルバ様のご命令とあらば」」

 リリスとユーリはお辞儀をして踵を返し、ランドルフさんとは逆の廊下で一方を見詰める。ユーリは枝分かれした廊下へ入り、見えなくなった。
 イーダは愉快そうに笑って「相変わらず忠誠心の強い良い部下を持っているな」と僕の隣に座った。

「会議はどうだ?」

『知識が乏しい僕には難しいね。リリスやユーリを連れて来て正解だったよ』

 会議で理解出来なかった所は、後々2人に聞く事が出来る。少ない情報から多くの事柄を導き出す彼らの頭脳が羨ましい。
 僕はイーダから全員に配られた分厚い資料を掲げた。

『凄い資料だね。イーダが作ったの?』

「まぁな。見直したか?」

『うん、凄いと思うよ。でも、本当に忙しい時に呼んじゃったみたいだね。ごめんよ』

 解呪の為とはいえ、会議の準備で多忙な時にブルクハルトに呼んでしまった。
 全員の魔王を国に迎えるなんて準備が大変だったと思うし、会議の進行役まで…。改めてイーダは凄い人なのだと尊敬する。

「気にするな。そう言えばメルディン・オバーグラストの調子はどうだ?」

『お陰様で大分調子が良いみたいだよ。ジュークにもお礼を言っておいてくれると嬉しいなぁ』

 魔力が戻った初日から、メルはトレーニングに勤しんでいた。僕が余計な事を言ってしまったからか、力不足だと感じたみたいだ。(全然、そんな事ないのに)
 竜騎士の中には四騎士と呼ばれる精鋭が居る。彼らは、4人掛かりならメルの相手を引き受けられる程に強い。感覚を取り戻したメルは四騎士を呼び出し、ぎったんぎったんにしてた。

「…それで?アルバの方で気になる奴は居たか?」

『うーん、そうだな。今のところオルハロネオさんが少し…』

「ははは!【不滅】は相変わらずキャンキャン五月蝿いからな」

 キャンキャンって小型犬だと思ってるのかい?僕にとっては恐ろしい猛獣か何かなんだけど。
 
『僕に対して凄まじい敵意を感じる』

 あの憎しみを込めた眼差しは今夜夢に出て来そうだ。
 素行が悪くて今まで困らせていたからと言って、あそこまで露骨にされるとちょっと傷付く。

「序列に名を刻む際、新人が4番目に来るなんて前代未聞だからな。それに奴にとっては頭が上がらない俺の弟分に当たるんで、お前は噛み付きたい相手なのさ」

『それは…』

 理不尽過ぎるなぁ。でも、あの憤懣はそれだけじゃない気がする。

『僕、他にも彼に何かしちゃったのかい?』

「そうだな。……それを俺の口から言うのは荷が重過ぎる」

 まさか本当に何かしていたとは。

 イーダの物堅い表情が、僕がやらかした罪深い醜行を言わしめているようで重くのし掛かる。
 オルハロネオさんがあそこまで僕を嫌悪するのには何か理由があるって事だ。イーダでも口にするのを躊躇う重罪を僕が犯した。嗚呼、吐きそうだ。

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