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六章 魔王会議編

73話 各国の魔王

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 メビウス聖王国の宮殿。高い塀に挟まれた広い門を潜ると、巨大な宮が遥か向こうにどっしりと横たわっていた。
 遠く離れていても分かる壮大な建物。青い雫の様な屋根に、白を基調とした外壁。神様が住んでいそうな立派な美しい造りだ。

『リリス、ユーリ。2人とも頼んだよ』

 僕は後方を歩く部下に向けて何とも情け無い台詞を吐く。

「お任せ下さいアルバ様」

「我が命に代えても誠心誠意、尽力致します」

 嗚呼、いつも通りの2人がとても頼もしい。

 僕は髪を黒く染めて、珍しく正装をして聖王国の首都、ハンコックを訪れている。今日は例の会議当日で、僕がとちれば命日になるかもしれない運命の日でもあった。

「くふふ…」

『どうしたの?リリス』

「いえ…黒髪のアルバ様もとてもお美しいと思いまして」

 僕からしたらそう言うリリスの方がとてもお美しいのだけれど。
 そう、今日から5日間アルバくんを演じる事になっている。まずは形からという訳で、髪はユーリ特製の染料で染めていた。
 
 僕はこの日の為にずっとアルバくんの言葉遣いと行動を勉強した。五天王の皆とメイドさん達に協力してもらって、彼らしい立ち振る舞いを身に付ける日々。
 まず『僕』の一人称の禁止。困った時に笑うのも封印された。言葉遣いの補正、目付きの矯正など数え切れない注意事項と禁止事項。
 何故か皆楽しそうだった。僕にとっては苦行だったけど。
 それもこれも今日この日の為だ。

 聖王国に転送してくれたシャルは一緒に来れない事を凄く残念がっていた。しかし、リリスが担っていた実務を滞らせる訳にはいかない。
 ルカは帰って来たら言う事を聞くって条件で留守番を了承してくれた。
 ノヴァには美味しいお土産を約束して、メルは帰国後一緒に茶会をする予定だ。

「宮殿まで距離があります。馬車を用意させましょうか?」

『いや、大丈夫だよ』

 心の準備をしたいからゆっくり行きたいし。

「まったく…アルバ様を煩わせるなど…」

 珍しく苛立たしげに言って眼鏡を押し上げるユーリ。
 (いやいや)【転移】で来ちゃったから仕方ないと思うよ。イーダには間に合うように行くとしか伝えてないし。僕が支度に手間取ったせいで当日入りになってしまった。

『薄々思ってはいたけど、皆って他の魔王と仲良くないの?』

 僕の質問に2人は言葉に詰まる。

「…、…仲が良い、と仲が良くない、でしたら後者です。魔大陸において、魔王同士の関係が国やしもべに影響する事も屡々。魔導王国と砂海国が良い例です」

 リリスの説明に納得しそうになったけど、それって遠回しに僕が他の魔王と仲が悪いって事じゃない?

 魔導王国と砂海国は確か東で戦争している国だ。イーダが言っていた、魔王は確か【ルナー】と【太陽ソーンツァ】だっけ。そこは徹底的に仲が悪いみたいだな。

『イーダは僕の兄貴分らしいし、聖王国とは仲良かったりしないの?』

「それは…バルトロメイ様は確かにアルバ様を推薦したお方ですが…からかい好きな性格にアルバ様がうんざりされておいででした」

『あはは』

「ですので、今まで此れと言って国交や親睦を深めておりません。我々の感覚としては他の魔王と同列かと」

 メルが呪術を受ける非常事態がないと、関わる事もなかったかもしれない。ユーリの話に相槌を挟み、近付く宮殿の絢爛に目を見張る。
 先程までの庭も手入れが行き届いて綺麗だったが、この宮殿は格別だ。壁の一部がクリスタルで出来ているのか、光が透けて輝いている。

 中央の扉へ階段が伸びていて、両脇には聖騎士が居た。先頭の2人は大きな旗を掲げて、僕達の来訪にも微動だにしない。
 僕は急に動き出して襲い掛かって来やしないか冷や冷やしながら階段を登った。

 中頃辺りで正面の大きな扉が左右に開く。

「やぁ、7日振りだな。アルバ」

 中から聖王国の王、イグダシュナイゼルが姿を表した。レッドカーペットを踏み締めて、宮殿に足を踏み入れる。
 イーダの後方には国の重鎮と思われる人や、部下、執事パドラー、メイド達が縦に整列し一斉にお辞儀をされた。その中にジュークの姿もある。
 気圧された僕の背中を、兄貴分が笑って叩いた。

「アルバで最後だ。他の皆はもう揃っているぞ」

『そうなんだ…。おえ、緊張で口から心臓が出そう』

「しっかり閉じとくんだな」

 彼が軽口を叩いてくれるお陰で少しだけ緩和する。イーダはこんなに良い人なのに、何故アルバくんはうんざりしちゃったのだろう。

「それより、大丈夫なのか?そんな調子で前の様に堂々としていられるか?」

 訝るイーダは僕の進捗を窺う。皆に協力して貰い以前の僕を勉強したと言うと不安そうな表情になった。

『昔の僕は無口な方だったみたいだから、まぁ…何とかなるよ』

「うむ、無口で無愛想で手が出るのが早い。心得ておけよ?」

 真面目な顔で忠告わるぐちを言われる。

「俺の方も規約違反した奴が居ないか探ってみる。アルバもしっかりな」

『有り難うイーダ…。…、っと、そうだ【琥珀アンバー】、だったね』

 彼の案内で宮殿の奥にある重々しい扉の前に来た。ゴクリと生唾を飲む。この先に、僕以外の魔王が勢揃いしていると思うと、恐ろしくて堪らない。
 数回呼吸を整える。こんなに緊張するのは会社の採用面接以来かもしれない。

 僕は皆に習ったアルバくんを思い出して、不機嫌そうな顔を貼り付ける。何もかもを見下した退屈そうな眼差しを扉に向けた。

 中からは何も音がしない。声も聞こえない。恐らくこの部屋にもブルクハルトの城の会議室と同様に【遮断インターセプション】の強力な魔法が幾重にも施されているのだろう。

 聖王が騎士に目配せすると扉を開いてくれた。

「おらァァあああああああッ!!このクソ野郎がァああッ!死ねやァァあああッ!!」

 扉が開いた瞬間、突き抜ける怒号。驚く間もなく続け様に赤毛の短髪の男が、僕へ向けて攻撃魔法を放つ。
 (あ、これ死んだわ)悟りを開いた僕は棒立ちのまま、反応すら出来ない。
 拳から放たれた無数の光の矢は、恐らく高位魔法だ。僕が知る魔法のどれとも一致しない、つまり特殊魔法。

 特殊魔法は誰にでも発動出来るものじゃない。高い魔力と才能、技術が必要になる。選ばれた一部の者が使える特別魔法だ。

 まさか出会い頭に殺されるとは思いもしなかった。

「止めろ【不滅】」

 イーダが冷ややかな声で言って、魔法陣に似た光の防護壁を展開してくれる。(僕が女の子なら惚れてるなぁ)光の矢が弾かれ、跡形も無く霧散した。

「邪魔すんじゃねェ【琥珀】ッ!!おい【鮮血】ゥ!去年の事忘れちゃいねェだろうなァ!?」

 激怒している男は耳にピアスが幾つも付いている。赤毛に白いメッシュが入った男で僕と同じくらいの年齢だ。目付きも凶暴で、ガラも悪い。黒光りする長い尻尾は鎧を纏っているかの如く硬そうだ。
 彼が【不滅王】オルハロネオ・イェーガー=パロマ。パロマ帝国の魔王。序列ではイーダの次、3番目に位置する。

「これこれオルハロネオ…。そう熱くなるな。短気は損気じゃとて」

 しゃがれた声に視線を向けると、古いローブに身を包んだ老婆がテーブルの中央に座っていた。頭までフードをすっぽり被って、覗く碧眼と目が合う。白髪にウェーブ掛かった髪、物語に出て来る悪い魔女みたいな見た目をしている。
 彼女が【魔界の不死鳥】リリィ・ベラロード。ルク=カルタ首相国の魔王。序列首位の大物だ。

「テメェらも忘れた訳じゃねェんだろ!?コイツは初代魔王が制定した神聖な会議をすっぽかしやがったんだぜッ!?よく来れたもんだクソッタレ…ッ!」

 うわぁ、言葉遣い悪いなぁ。でもオルハロネオさんが怒るのも無理はないかも。大事な会議みたいだし、リリスが言うにはアルバくん興味無いって城で寝てたらしいし。

『はぁ…。召集に応じて殺されかけるなんてな』

 気怠げに溜め息を吐く。これはルカが以前のアルバくんみたいだとお墨付きをくれている。

『俺は直ぐにでも帰って構わないんだが?(※怖いから今すぐ帰りたいです)』

「んなッ!?テメェエ!?」

 頭に血が昇ったオルハロネオさんはズンズン歩いて来て僕に掴み掛かろうとする。その手をイーダが払ってくれた。

「【不滅】時間だ。席に着け」

「はァあ!?」

 不服そうにイーダを睨みあげる。僕だとおっかなくて縮こまってしまいそうな眼力だが、イーダは平然としていた。
 暫く睨み合い、オルハロネオさんが舌打ちをして踵を返す。

 何故あれ程の剣幕だった彼が大人しく身を引いたのかは、序列の順位で納得した。彼は3位だから、2位のイーダには頭が上がらない立場な訳だ。

 兄貴分は僕にしか分からない様にウィンクして、自らも席に向かう。僕はつい笑いそうになりながら後に続いた。

 会議室の広い長方形のテーブルに、魔王7人が席に着いた。【不死鳥】のお婆さんが中央で、後の6人が序列順に向かい合わせになる感じで。
 僕はイーダの横になれて密かに安心する。後方には優秀な部下が2人控えているし、少し落ち着いた。

 正面にはミノタウロスに似た風貌の魔族。牛頭一身の【暴虐の魔王】の名を持つ、フェラーリオ・イブラ。唯一地下に国を持つ魔王で、序列5位。彼の国はブルクハルトの直ぐ横に位置し、正式な名前はない。巨大な大迷宮ラビュリントス連邦国と呼ばれている。

 右隣には、美青年の言葉が相応しい儚げな表情の青年。群青の髪に雪の様に白い肌。瞳は黄金色に紅が混じる特徴的な色彩。ピッタリとタイトな服を着ているから上半身の彫刻じみた身体の線が分かる。
 【月の使者】ジュノ・セラフィム・ラブカ。序列6位の東の方に位置するキシリスク魔導王国の魔王だ。

 最後に、小麦色の肌をした黒髪の青年。樺色の瞳に、鮫を思わせる歯。エジプト古来の王族みたいな服装をしている。快活な雰囲気を纏い、ターバンに似た布が頭に巻かれていた。
 【太陽の使徒】イヴリース・ベルフェゴール・タタン。序列7位の砂漠の国、タタン国の魔王。

 それぞれ魔王の後ろに、部下や近侍がついている。

「ーーさぁ、第755回、魔王会議レユニオンを始めよう」

 聖王国の魔王が開会を宣言する。

 僕は壮大なメンバーを前に肝を冷やしながら、行く末の安寧を願わずにはいられなかった。


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一気に人が増えたので、アルバの印象と共に整理。

1、【不死鳥】リリィ。お婆さん、悪い魔女っぽい。
2、【琥珀】イグダシュナイゼル。頼れる兄貴分。
3、【不滅】オルハロネオ。煩くて騒がしい怖い人。
4、【鮮血】アルバラード。僕。
5、【暴虐】フェラーリオ。地下に住む牛。
6、【月】ジュノ。儚げな美青年。
7、【太陽】イヴリース。色黒のエジプト王。

 
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