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九章 キシリスク魔導王国編
129話 月と太陽
しおりを挟む朝方、僕は体を弄られる感覚で目が覚めた。
『ンん…』
執拗に腹を撫でられ、その手が徐々に這い上がってくる。誰かは見当がついているのでこれと言って嫌悪感はない。
寝惚けたイヴだ。僕をお嫁さんの誰かと勘違いしている。呆れつつ頸辺りでむにゃむにゃ寝言を零すイヴの腕を剥がす。
『寝惚けてないで起きてイヴ』
「ん…あ?」
涎を垂らしたダラシない王様にタオルを投げて、『顔洗っておいで』と困った顔をした。
「何だ…旦那かぁ。通りで腹は硬くておっぱいも無ぇ訳だ」
『イヴが寝惚けて服に手を入れてくるからあまり寝られなかった』
「そりゃぁ、悪かったよ。でもオレは旦那のお陰でぐっすり寝れたぜ」
悪怯れる様子もないイヴは水が溜められた洗面器の方へ歩いて行く。
『ブルブルもおはよう』
「おはよう御座います」
ベッドの影で丸まっていたブルブルも伸びをしていたので挨拶を交わす。
朝日が沁みたカーテンを開けた。
街はまだ人通りが疎らで霧が立ち込めている。
『ねぇ、イヴ?君の固有スキルについて少し教えて欲しいのだけど』
「あ?あー…」
顔を洗ったイヴは目を泳がせたが、観念してベッドへ腰掛けた。
『昨日、君の力を実際目の当たりにして、詳しく知りたくなってね…。今後どういう状況に陥るか分からないから、可能性や選択肢は多い方が良いんだ。ブルブルも君の力をアテにして過去へ連れて来た訳だし』
「…、うーん…まぁ、旦那なら良いか。オレも旦那の固有スキルは知ってるし」
『え…』
「雷を操れるんだろぉ?冒険者が騒いでたぜ」
大迷宮の一件からその噂が世を騒がせている。元々、固有スキルなのかも分からない力だが、僕の能力として広まっていた。(静電気程度しか起こせないと知られたら大変なことになる)
僕は曖昧に笑いつつ頬を掻く。
『僕も自由にその力が引き出せる訳じゃないんだ。今回は使えないものと思ってほしいな』
「あー、スキルは縛りや条件が厳しいからな。オレ達クラスの固有スキルとなると更に…。旦那のは特に代償がありそう」
やれやれと首を振った後一呼吸置いてイヴが話し始める。
彼の固有スキルは【王者の強制力】。魔力がイヴより劣る相手に対して行動や思考を強制する能力だそうだ。
厳密に言えば呪言とも言い、イヴの舌には魔法陣みたいな印があった。
「そう考えれば旦那はオレのスキルが絶対通じない相手って事になるなぁ」
『何で?』
「おいおい、ルビーアイの旦那より魔力があるヤツなんて古代長耳族とか雷神龍の化け物くらいだろぉ?」
僕は魔力が使えない状態な為、実感は無い。
『じゃぁ、イヴのスキルが通じない相手って魔王の中では…』
「うーん…そりゃ、【不死鳥】の姉さん【琥珀】の旦那【鮮血】の旦那…」
リリィお婆さんをお姉さんと呼んでる事に驚く。聞けば一色単に「旦那」と呼んだら当人に怒られた事があるのだとか。
『オルハとジュノは?』
「その時のコンディション次第かなぁ。【月】の野郎は魔力は少ない癖に精神力で抵抗してくっから…。【不滅】の旦那も無駄にその辺強いし」
確かにオルハはちょっとやそっとじゃ操れなさそう。
『じゃぁ大体の一般人には有効な力って事だね』
「嗚呼、そう思って貰って構わないぜ」
頼もしいチート能力だ。彼に命令を受けた人物は前後の記憶が無くなるので、隠密行動に向いている。
浮かれた僕を前にイヴは「ただし」と付け足した。
「相手にオレの声が届かないと発動しないのが難儀な所だ」
(なるほど)何かしらの対策をとられたら効き目は薄い。僕は指を顎に添える。
「後、力比べや乱闘騒ぎになるとオレはあんまり力になれねーな。そこは旦那に任せるわ」
『え…そこを任されるのは、僕としてはちょっと自信ないのだけど』
「何で?【暴虐】の旦那をブッ殺しておいて闘うのは苦手とか言わねーよなぁ?」
『あの時はただ夢中で…』
鍛え始めたとはいえ、まだまだオルハとの力比べには勝てない。近頃やっと腕相撲でシャルに勝てるようになってきたくらいだ。
「はぁー?まぁ、【暴虐】の旦那も度が過ぎたちょっかい掛けたらしいじゃん?制裁を受けるのも無理ねーよ。その辺オレは寛容だから安心して」
『はは…ありがと』
話がズレてきた。
僕が闘えないのではなく闘わないのだと判断されてしまった気がする。
「つーことは、【月】の野郎が攻撃してきた場合旦那にお願いしてブッ飛ばす訳にはいかねーか…」
『え?何でジュノが攻撃してくるの?』
何故か分からなくてキョトンとした。
「何でって…あの根暗、陰キャの癖に気性が荒いし警戒心が強いじゃん?」
『気性…荒いかな?』
「嗚呼、旦那の前じゃ猫被ってるみたいだけど、戦場じゃそりゃ荒々しいぜぇ?毎回顔を出すのは機械の軍勢と【月】の野郎で、アイツいざって時は敵味方関係無く薙ぎ倒すからな」
想像してしまい凍り付く。
忘れてたけど、ジュノは怒るととんでもなく怖い。フェラーリオの暴言に対する嚇怒は尋常じゃなかった。
「この時代にいる【月】が旦那と知り合う前で、旦那を知らないとなると協力させるのは少し骨が折れるかもしれないな」
『…僕がイーダに推薦されて魔王になったのが3年くらい前だから、5年前の彼とは面識無いと思うのだけど…』
一昨年の魔王会議で会って、ジュノが公用語の勉強を始めたと言っていた。
「オレのスキルもヤツには効きづらいし…うーん…」
2人して考え込む。
『やっぱり実際に会ってみないと分からないね。協力してくれないとも限らないし』
「あー…どうだろうな。オレが居るとヤツは話も聞かない可能性もあるぜ」
『何で?』
いくらジュノでも、他国の王子を邪険には扱わないだろう。
そもそも、イヴが居てくれないとこの話に信憑性が無くなってしまう。面識の無い僕が話しても頭の可笑しな奴と一蹴される。
「この時代は…あれよ、例のパーティーで顔合わせて以来だから」
『……、まさかその件まだ謝ってないの?』
僕の問いかけに対し、イヴの視線が彷徨う。
「だってよぉ!アイツの信仰する神は太陽と対比の存在の月だし名前だって変だし…あっても無くても意味ないじゃん!」
『…人が信じる神様は人それぞれだよ。イヴだって太陽の神様を馬鹿にされたら嫌でしょう?』
「……」
無言は肯定の証だ。
『次に会ったらちゃんと謝れるかい?』
「…、…」
納得は出来ないが理解はした様子だ。
タタン国で崇拝される神【ルキア】は太陽を神々しく纏った神様だ。
世界を作ったとされる女性で、夜が来ると地下に隠れてしまうらしい。
太陽の照射時間が長い季節は【ルキア】の力が増しており、照射時間が短い季節は【アンノーン】が強くなっている。
僕は地軸の関係で片付けてしまう案件だが、イヴにとっては大きな問題なようだ。
『それに月は無くてはならない存在だ。勿論太陽もね』
「どゆこと?」
イヴが小首を捻る。
『もし月が本当に無くなったらどうなるか知ってる?』
「……知らねぇ」
『海の干潮満潮が滅茶苦茶になって生態系が狂うらしい。地軸が安定してるのも月のお陰だ』
「チジク…?」
昔の聞き齧った知識をひけらかす。
ベッドで座ったまま前のめりになった彼は、聞いた事のない言葉に眉を寄せた。
『でも月が夜にあれ程綺麗に輝いて見えるのは太陽のお陰でもある。月と太陽ってお互いに補える関係にあるんだよ。だからもしかしたらイヴ達も…』
「ハッ!【月】とぉ?冗談だろ」
顔を歪めるイヴに穏やかに続ける。
『急になんて無理さ』
「……旦那はオレが【月】と仲良くして欲しいのか?」
『そりゃぁね。でもそういうのは本人達の問題で無理強いしても意味ないと思ってるよ。無理して仲良くしなくても良いから、まずは相手の価値観や違いを認めていくのが大事かな』
「んん?月が無くなったらの話もそうだけど、旦那は難しい事を言うんだな」
『頭の隅っこにでも入れて、覚えててくれると嬉しいよ』
「……分かった」
素直に頷いたイヴに笑い掛ける。
『兎に角、まずはジュノに会って謝らなきゃね』
「…でもさぁ」
『相手が怒ってるって認識してるって事は、実は自分が悪い事したって分かってる証拠だよ』
「ちが、…」
否定しかけて口籠もる。苛立たしげに眉間に皺を寄せていたが、徐々に解れていった。
「………分かったよ。ったく、旦那には敵わねーなぁ」
ボリボリ頭を掻き諦めたようにため息をする。
自分の非を認める行為や、蟠りがある相手に謝罪するのは非常に勇気が要る。僕はイヴを心から尊敬した。
『じゃぁ、ジュノが居る塔に行ってみようか。…手土産は何が良いと思う?』
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