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九章 キシリスク魔導王国編

130話 ホログラム

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 イヴとブルブルで話し合った末、ジュノへの手土産はお菓子に決まった。僕の財布事情により選択肢が少なかったのが決定打になった。

「ぜってー女を用意した方が良かったぜぇ?」

『一応聞くけど、どうやって?』

「そりゃ、オレと旦那が声掛けりゃ大体の女は付いてくるって」

 (イヴは羨ましいくらいの自信家だなぁ)仏のような穏やかな笑顔で感心しながら呆れた。

「鼻の下伸ばして喜ぶって!【ルナー】の野郎は絶対ムッツリだから!信じてよ旦那ぁ」

『…それ本人の前で言ったら凄く怒ると思う』

 先程お店で購入した焼き菓子の紙袋を手に下げていると、イヴが「重くない?オレ持つよ」と申し出る。
 擽ったく思いつつ『これくらい大丈夫だよ』と左手を上下させた。

「本当なら土産っつったら、金や宝石、価値のある芸術品だけどなぁ」

『僕は今そのどれももってないし…。ブルブルのお酒って案も良かったけど、ジュノは付き合い程度しか飲まないって言ってたからさ』

「ご主人様はラブカ様と親しいのですね」

『うん、友達だよ』

 僕の何気ない一言に過剰に反応したのはイヴだった。

「えーー!?じゃぁオレとは!?」

『イヴ、は…』

 鼻先が触れる程に迫られて狼狽える。
 掌を向けて暗に落ち着いて、と示すが見ちゃいない。

「昔からの仲じゃん!ブルブルをくれたのもオレが友達だからでしょ?好きだからだよねぇ?」

『う、うん?僕は覚えてないけど…そうだったのかな?』

 等価交換みたいな背景があった気がしたけど、ここは黙っておく。
 イヴは僕の中で友達と言うか放っておけない弟のような位置に居るが、これも噤んだ方が良さそうだ。(彼も僕を弟っぽいって思ってるんだもん)

『でもイヴと居ると楽しいよ。とても心強いし』

「だ、だろう?そうだろぉ!?」

 太陽のような眩しい笑み。イヴは嬉しそうに目尻を下げて口角を上げる。

『この件が全て片付いたら、イヴもブルクハルトへ遊びにおいで。タタンに招いてくれた時のお礼も兼ねておもてなしするよ』 

「そうこなくっちゃなぁ!」

 楽しそうに燥いだ彼はスキップしそうな勢いだ。僕は微笑ましく見守り、踵が弾むイヴの背を追い掛けた。

◆◇◆◇◆◇

 〈アノア・ポリ〉の奥に6階建てくらいの塔が聳えている。4階は硝子張りの鉄骨造り。それ以外は全面コンクリートのような材質だ。一見するとグレーだが見る角度によって色彩が異なる不思議な壁の色をしている。
 周りに筒状のチューブが張られていて、別の建物と繋がっていた。
 更に上空にはシャボン玉の壁を維持する為の装置が蠢いている。濃い雲に包まれてよく見えないが、立体パズルのミラーボールみたいな形状だ。

 建物の周囲には精密な機械の犬型ロボットが放し飼いにされていた。

 門番の男に突然の訪問をお詫びしつつ、タタン国の王子イヴリース・ベルフェゴール・タタンがジュノに会いに来たと伝える。
 暫く待たされた後、敷地の中へ案内された。

 ブルブルの気配を感じ取っているのか、機械仕掛けの犬達は怯えて見える。尻尾を内に巻いて近付いて来ようとしなかった。
 犬型ロボット達はブルブルの姿によく似ている。耳が無くて細い手脚、括れたウエストがそっくりだ。
 ただブルブルには眼が見当たらないが、ロボット達は顔の中央の一部が陥没した中に赤い光の点が左右に動いている。
  
 建物の扉が開き、中へ招かれた。
 頭上に大きなシャンデリアが輝いている。黄色い光が線になって降り注いで、それを1枚の布で束ねているような変わったデザインだ。

 前方で何者かが2人、僕達を待っていた。

 彼らはジュノと同じような上半身が浮き彫りになる服を着ている。その顔は薄い布のヴェールで覆われていた。
 僕が遠慮がちに2人を見ていると、イヴが解説してくれる。

「鬼族の殆どは顔を隠してやがんだぜ」

『え、なんで?』

 つまり、彼らは鬼族って事か。

「さぁな?顔見られるのが嫌なんじゃねぇ?」

 鬼族は実に美しい容姿を持つ。それを隠してしまうのは僕としては勿体無いと思うが、お国の事情だろうか。

 コソコソする僕達を他所に、鬼族の人に小さな個室へ案内された。
 出入り口を蛇腹式内扉によって閉ざされると、個室自体が動き出した。(エレベーターじゃないか!)
 ワクワクする僕と、上下する感覚に落ち着かないイヴ。

 扉が開いて廊下を歩き、広いホールへ到着した。
 柱や装飾の眩い金色の色彩が壁と天井の濃紺と調和している。
 奥には豪華なソファが置かれていて、その後ろに月が描かれた絵があった。

 ソファにジュノが座っているのが見えて、笑みが溢れる。(やっと会えた!)安堵と達成感を覚えて歓喜に震えたが、ジュノは表情を崩さなかった。
 冷め切った瞳で僕とイヴを見下ろしている。

「padrone.(ラブカ様…)」

 仲間の呼び掛けにジュノがやっと動いた。

「……それで?タタン国の王子…何の用で此処まで来た?」

「チッ!相変わらずムカつく態度だなぁ」

 ソファで寛ぐ不遜な態度にイヴは頭に血が昇る。

『イヴ!…まずは色々謝らないと』

 いきなり国を訪れた事とか、過去の遺恨とか。
 僕はイヴを押し留めジュノを見上げた。

「…貴様は?タタンの者ではないな?」

『やぁ。確かに僕はイヴの従者でも部下でもないよ』

 肌の色で判断したのだろう、怪訝そうに眉を顰める。(何か違和感があるな…)
 僕の姿を遠くから吟味した後、本来右腕がある辺りを注視していた。

『まずは以前彼が君達の神様について不適切な発言をした事を謝りたいんだ』

「!、我々の神に対する冒涜…あの件は忘れもしない」

 ジュノがこれ程腹を立てるなんて、一体何を言ったんだイヴ。
 僕が後ろを振り向くと、王子は目を逸らして小さく口笛を吹いた。

『ほら、イヴ』

「……、」

 促されたイヴは暫く不貞腐れた子供のように口を結んでいたが、苛立った様子で頭を掻くと一気に吐き出した。

「…オマエらに対して少し理解と配慮が足りなかった…。あの時の事は反省してる。悪かったよ」

 下を向いてボソボソ喋っていたが、僕はしっかり聞き取れた。

『偉い!ちゃんと謝れたじゃないかイヴ!』

 親のような心境でハラハラ見ていた僕は、我が子の成長を垣間見た気がして堪らなく嬉しくなる。

「…タタン国の王子があの時の発言を詫びたという事実は覚えておこう。だが今はそれよりも、貴様が何者であるかが知りたい」

 身を起こしたジュノが僕を指さした。

『僕?』

「タタン国の世間知らずな子供に教養を与えれる人物など興味がある」

「チッ…人が下手に出てりゃぁ、付け上がりやがって根暗がぁ…!誰が子供だ!このムッツリスケもごもご」

 熱が籠ったイヴの口を押さえて誤魔化すように笑う。(ホント仲悪いなぁ)最後まで言えなかった彼にはストレスを与えてしまうが、僕達は喧嘩しに来た訳じゃない。

『…僕の事を話すのは良いけど、聞くのは君1人だ。他の人は外に出して欲しい』

「……良いだろう」

 ジュノが視線を動かすと、2人居た鬼族の人達が扉から出て行った。

「…これで良いのか?」

『うん、有り難う。じゃぁ、ブルブルの紹介と…』

「、旦那待て」

 突然イヴが僕を制する。

『どしたの?』

「コイツ、多分偽物だ」

 警戒したイヴが僕の前に立った。

「アイツはぜってー肌身離さず付けてる宝石がある。コイツはそれを付けてねぇ」

 ジュノが肌身離さず付けてる宝石?
 身に覚えがない僕はジュノを改めて見る。

『そんなの付けてたかい?会議でも見なかった気がする』

「会議じゃ付けたり外したりを繰り返してやがったよ。服の下に隠したりしてたが、チェーンを弄るもんで嫌でも目に入ってたんだ」

 イヴが言うには、ジュノは戦場へ赴く際も付けてくるネックレスがあるらしい。チェーンは長く彼の胸あたりで赤く輝く宝石はイヴの頭に刷り込まれていた。
 僕は見た覚えがないので分からないが、長年の付き合いがあるイヴが言うなら間違いない。

 今の彼の胸元にネックレスは無い。
 偽物だと言われて思い出す、ジュノの違和感。

『ーーそっか。ジュノは公用語は喋れない筈だね』

 何処か諦めた顔をしたジュノの表面が崩れていく。人の顔の上から映像を貼り付けていたような擬態だ。
 現れたのは鬼族の1人で、手には妙な装置を持っていた。
 ジュノ同様美しい顔立ちの彼は一礼する。

「王は此処にはおりません。出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした…」

「はぁ~?此処に居ないだと?」

『落ち着いてイヴ』

 噛み付きそうなイヴを宥めて、ジュノの部下に続きを促す。

「タタン国の王子が態々此方へいらしたのに、主人が居らず蜻蛉返りさせる訳にもいきません。せめて用件を聞き王にお知らせするのが最も最善かと思いました」

 犬猿の仲のタタン国の次期国王が非公式とはいえ自ら訪れたのだ。
 キシリスク側からしたら是が非でも目的を聞き出したい。しかしジュノの留守と重なってしまい、彼らにとっては苦肉の策だったのだろう。

「ははーん、木端の鬼族がオレの事を子供とか言っちゃったのかよぉ」

「タタン様が我々の神を侮辱したのは事実ですので」

 毅然とした対応に、イヴの目の下がヒクリと痙攣する。
 得意げに挑発したのに予期せぬ返しをされてブスくれていた。
 
『ジュノは何処に居るの?』

「王は公務に赴かれています。土地を巡り最後に〈ヴァロント・デュレ〉へ」

 聞いた事がある名前。確か、外套と果物を貰った村だ。

「本当は明日の予定でしたが、王が早急に確かめたい事がある、と仰って予定を早めたのです」

 その時ブルブルが「おかしいですね」と呟く声が頭に響いた。

「ん?どうしたブルブル」

「…ブルブル?」

 他の人が周りに居る時、ブルブルは僕達の頭に直接メッセージを送る。奇妙な念仏みたいな言葉は他の人には聞こえてない。
 いきなりブルブルの名前を出せば怪しまれるのは当然だ。

『あ、気にしないで。イヴ、行こう!』

「待って下さい。貴方は一体…」

 鬼族の青年の言葉が終わらないまま、僕はイヴを引っ張った。
 猟犬の事を説明するのも、僕の素性を明かすのも最初にブルブルが話した禁止事項に触れる。
 早足で廊下を突っ切りエレベーターに乗り込んだ。

「どぉすんだ?旦那ぁ」

『ジュノが居ないのは予想外だなぁ』

 必死に頭を働かせる。
 今日中に接触して明日の魔導列車の運行を阻止したい。
 こうなったら公務に乱入してでも、ジュノとの接触を図らないと。

「……私は気になる事が出来ましたので、少しの間この場を離れます。半刻ほどで戻りますので」

 ブルブルが姿を現した。

『さっきおかしいって言ってたね。どうしたんだい?』

「…ラブカ様は本日は数ヶ月ぶりの休みで塔を離れない筈でした。しかし、何かがあり公務を早めてまで外出してます」

 数ヶ月ぶりって…ジュノの体が心配になる。

「確かに特異点の彼は自由に動ける存在ですが、幾多ある過去でも今日は居る筈でした。だから首都に連れて来たのです」

「だからおかしいのか…」

『それを確かめに行くんだね』

 ブルブルは頷いて【転移門ゲート】に似た時空の歪みを出現させた。

「少しの間、待っていて下さい」

『分かった。ブルブルも気をつけてね』

 慣れた様子で歪みに入る。彼女を見送り尻尾が見えなくなると、ぽっかり空いていた穴が消えた。
 エレベーターが下層へ到着し、気の抜ける音がする。

 僕達は鬼族の塔を後にした。

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