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エピローグ
case has been resolved.
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マオが香月探偵事務所でバイトを始めて一年が経過した今日、就職活動に力を入れようと思い至り、相変わらず林檎を頬張る守樹に声を掛けた。
「なんだ、改まって」
「あの、そろそろ就活に本腰を入れようと思ってて……その、来月いっぱいで香月探偵事務所を辞めさせて頂きます」
気まずい沈黙に汗が伝う。
「ああ、そうだな。……もうそんな時期か」
デスクチェアに背を預けた守樹は、林檎の芯をプラプラと弄ぶ。
やがて思い出した様に林檎の芯を放り投げると、デスクの引き出しに手を掛ける。
「あ! コラ守樹サン! 何でゴミ箱に捨てないの!」
「マオ、お前を本採用する」
林檎の芯を拾い上げ、落ちた箇所を雑巾で拭いていると一枚の紙を目の前に垂らされた。
間抜けな声を漏らして見上げると、コピー用紙に手書きで「採用」の文字。
「え、何? これは……」
「お前の就職先は香月探偵事務所だ。四月から正社員として出勤しろ」
マオは声にならない声を上げた。
その中には相変わらず拒否権が無いという理不尽な仕打ちの他に、社員制度があった事への驚きも混ざっていた。
* * *
――俺っていつからこんな流されやすくなったんだ? や、確かになりたい職業なんてなかったし夢もなかったけど。
溜め息の先には新聞に目を落とす守樹の姿。
「あ、そういえば守樹サン、今日あいつ帰って来るって。何か伝えたい事があるみたいだけど、何だろうね?」
大学を無事卒業したマオが香月探偵事務所に就職して数カ月、今朝届いていた手紙の存在を思い出してそう声を掛けた。
それに対し守樹は一瞬だけ顔を上げたが、直ぐにその顔も新聞で隠れてしまった。
――丁度一年ぶりか。
手紙の差出人は愛だ。
愛は大樹の元で多くを学ぶ為にと事務所から出て行かせたが突然、今日帰ってくるという。
「背も伸びてるだろうね」
「…………」
「守樹サン、楽しみだね」
ベルダ事件で大きな騒ぎを起こした愛。
一番の被害者であるにも関わらず守樹は何故か愛を気にかけており、それはあろう事か実兄をその身元引受け人にする程だ。
「…………」
――なんか言えよ。
その時、事務所の扉が開いた事に気付いたマオは食器を洗う手を止めた。
「おはようございます、香月探偵事務所……」
パタパタと足音を立てたマオが笑った。
「おはようございます、大樹さん。……おかえり、愛」
想像していたよりも背は伸びていなかった愛に、少しの安心感を覚える。
隣に立っている大樹にそっと促された愛がおずおずと顔を上げたが、守樹が歩いて来るのが見えた瞬間、満面の笑みを咲かせた。
「ただいま! 守樹!」
輝く笑顔は『ベルダ』を思い出させた。
愛は守樹に力いっぱい抱き着き、肩口に顔を埋める。
「守樹! 会いたくて、会いたくてたまらなかった! 嗚呼、やっと会えた! 守樹、守樹、愛してるよ」
べリッ、と音が鳴りそうな程強い力を込めて守樹と愛を引き剥がしたマオが、目を吊り上げて大樹に抗議した。
「いやどうなってんだ! ちょっと大樹さん、何ですかコレ! 何がどうしてアレがこうなったんですか! ていうか何で止めないんですか! それでもシスコンですか!」
げっそりと痩けた頬に青白い顔の大樹は、ふらふらとカウンターテーブルに寄りかかる。
「……俺もな、何がなんだか……日に日に、こうなってったんだよ。へへへ」
――きっしょ。大丈夫かよあいつ。
「おい愛! いい加減離れろ! ベルダに逆戻りしてんじゃねぇよクソガキ」
ピタリと動きを止めた愛が守樹から離れてマオを振り返る。
なんともバツの悪そうなその顔に、マオは少し口角を上げた。
――全く成長してねぇってわけじゃねぇんだな。
「何か淹れるから、とりあえず座れ。……大樹さんも、そんなとこで溶けてないで」
* * *
「ドイツへ留学?」
ソファに座り、ローテーブルを囲む四人。
愛の伝えたい事とは、マオが聞き返したそれだ。
「うん、俺は医学を学びに行きたいんだ」
「態々ドイツでか?」
「そうさ! きっと優秀な医者になって帰ってくるよ! 俺の夢は外科医になって守樹の身体の隅から隅まで把握する事なんだ!」
「……大樹さん、よく許しましたね?」
「うん。最初はな、肛門科医になるって言って大変だった」
「それは……大変でしたね」
結局守樹依存症は治っておらず、寧ろ酷くなっているようだが、やりたい事が見つかったのならそれでいいかとマオは口を噤んだ。
「お前、いよいよ気持ち悪いな」
「あ、それ守樹サンが言っちゃうんだ」
「最高の誉め言葉だよ守樹! 楽しみにしていてね! 俺が守樹を診るまで誰にも初めてをあげちゃいけないよ?」
守樹の顎を人差し指で掬い、鼻先が触れる程の至近距離でそう呟くと「じゃあ、行ってくるよ」と額に口付けて席を立った。
釣られて大樹も「俺も帰る」と零し、続いてマオが「え」と漏らして立ち上がる。
「『行ってくる』って、お前……今から発つのか?」
愛は怪訝そうに眉を顰める。
「そうだけど、マオにキスはしてあげないよ?」
「要らねえよ」
* * *
「愛といい大樹さんといい、なんだか台風でも来た様でしたね」
「コーヒー」
「ああ、はいはい」
ぬるくなったコーヒーを一口で飲み干した守樹がそう言うと、マオは空になったカップを片手にキッチンへ向かう。
その間守樹の目は再び新聞に戻り、ある見出しで止まった。
【カリスマ犯罪者降臨か? 犠牲者一〇〇人超!『憧れるー!』声も】
『……恋が動くよ』
――まさか……な。
事務所のインターホンが来訪者を知らせた。
「コーヒー、ちょっと待ってね」とマオが守樹に声を掛けてから、扉を開ける。
「お待たせしました、おはようございます……あ」
「おはよう、マオ君」
END.
「なんだ、改まって」
「あの、そろそろ就活に本腰を入れようと思ってて……その、来月いっぱいで香月探偵事務所を辞めさせて頂きます」
気まずい沈黙に汗が伝う。
「ああ、そうだな。……もうそんな時期か」
デスクチェアに背を預けた守樹は、林檎の芯をプラプラと弄ぶ。
やがて思い出した様に林檎の芯を放り投げると、デスクの引き出しに手を掛ける。
「あ! コラ守樹サン! 何でゴミ箱に捨てないの!」
「マオ、お前を本採用する」
林檎の芯を拾い上げ、落ちた箇所を雑巾で拭いていると一枚の紙を目の前に垂らされた。
間抜けな声を漏らして見上げると、コピー用紙に手書きで「採用」の文字。
「え、何? これは……」
「お前の就職先は香月探偵事務所だ。四月から正社員として出勤しろ」
マオは声にならない声を上げた。
その中には相変わらず拒否権が無いという理不尽な仕打ちの他に、社員制度があった事への驚きも混ざっていた。
* * *
――俺っていつからこんな流されやすくなったんだ? や、確かになりたい職業なんてなかったし夢もなかったけど。
溜め息の先には新聞に目を落とす守樹の姿。
「あ、そういえば守樹サン、今日あいつ帰って来るって。何か伝えたい事があるみたいだけど、何だろうね?」
大学を無事卒業したマオが香月探偵事務所に就職して数カ月、今朝届いていた手紙の存在を思い出してそう声を掛けた。
それに対し守樹は一瞬だけ顔を上げたが、直ぐにその顔も新聞で隠れてしまった。
――丁度一年ぶりか。
手紙の差出人は愛だ。
愛は大樹の元で多くを学ぶ為にと事務所から出て行かせたが突然、今日帰ってくるという。
「背も伸びてるだろうね」
「…………」
「守樹サン、楽しみだね」
ベルダ事件で大きな騒ぎを起こした愛。
一番の被害者であるにも関わらず守樹は何故か愛を気にかけており、それはあろう事か実兄をその身元引受け人にする程だ。
「…………」
――なんか言えよ。
その時、事務所の扉が開いた事に気付いたマオは食器を洗う手を止めた。
「おはようございます、香月探偵事務所……」
パタパタと足音を立てたマオが笑った。
「おはようございます、大樹さん。……おかえり、愛」
想像していたよりも背は伸びていなかった愛に、少しの安心感を覚える。
隣に立っている大樹にそっと促された愛がおずおずと顔を上げたが、守樹が歩いて来るのが見えた瞬間、満面の笑みを咲かせた。
「ただいま! 守樹!」
輝く笑顔は『ベルダ』を思い出させた。
愛は守樹に力いっぱい抱き着き、肩口に顔を埋める。
「守樹! 会いたくて、会いたくてたまらなかった! 嗚呼、やっと会えた! 守樹、守樹、愛してるよ」
べリッ、と音が鳴りそうな程強い力を込めて守樹と愛を引き剥がしたマオが、目を吊り上げて大樹に抗議した。
「いやどうなってんだ! ちょっと大樹さん、何ですかコレ! 何がどうしてアレがこうなったんですか! ていうか何で止めないんですか! それでもシスコンですか!」
げっそりと痩けた頬に青白い顔の大樹は、ふらふらとカウンターテーブルに寄りかかる。
「……俺もな、何がなんだか……日に日に、こうなってったんだよ。へへへ」
――きっしょ。大丈夫かよあいつ。
「おい愛! いい加減離れろ! ベルダに逆戻りしてんじゃねぇよクソガキ」
ピタリと動きを止めた愛が守樹から離れてマオを振り返る。
なんともバツの悪そうなその顔に、マオは少し口角を上げた。
――全く成長してねぇってわけじゃねぇんだな。
「何か淹れるから、とりあえず座れ。……大樹さんも、そんなとこで溶けてないで」
* * *
「ドイツへ留学?」
ソファに座り、ローテーブルを囲む四人。
愛の伝えたい事とは、マオが聞き返したそれだ。
「うん、俺は医学を学びに行きたいんだ」
「態々ドイツでか?」
「そうさ! きっと優秀な医者になって帰ってくるよ! 俺の夢は外科医になって守樹の身体の隅から隅まで把握する事なんだ!」
「……大樹さん、よく許しましたね?」
「うん。最初はな、肛門科医になるって言って大変だった」
「それは……大変でしたね」
結局守樹依存症は治っておらず、寧ろ酷くなっているようだが、やりたい事が見つかったのならそれでいいかとマオは口を噤んだ。
「お前、いよいよ気持ち悪いな」
「あ、それ守樹サンが言っちゃうんだ」
「最高の誉め言葉だよ守樹! 楽しみにしていてね! 俺が守樹を診るまで誰にも初めてをあげちゃいけないよ?」
守樹の顎を人差し指で掬い、鼻先が触れる程の至近距離でそう呟くと「じゃあ、行ってくるよ」と額に口付けて席を立った。
釣られて大樹も「俺も帰る」と零し、続いてマオが「え」と漏らして立ち上がる。
「『行ってくる』って、お前……今から発つのか?」
愛は怪訝そうに眉を顰める。
「そうだけど、マオにキスはしてあげないよ?」
「要らねえよ」
* * *
「愛といい大樹さんといい、なんだか台風でも来た様でしたね」
「コーヒー」
「ああ、はいはい」
ぬるくなったコーヒーを一口で飲み干した守樹がそう言うと、マオは空になったカップを片手にキッチンへ向かう。
その間守樹の目は再び新聞に戻り、ある見出しで止まった。
【カリスマ犯罪者降臨か? 犠牲者一〇〇人超!『憧れるー!』声も】
『……恋が動くよ』
――まさか……な。
事務所のインターホンが来訪者を知らせた。
「コーヒー、ちょっと待ってね」とマオが守樹に声を掛けてから、扉を開ける。
「お待たせしました、おはようございます……あ」
「おはよう、マオ君」
END.
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