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1 転生そして
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もう十分じゃないか。
これだけ我慢して頑張ったじゃないか……。
そして俺は、夜の横断歩道でスッころんで動けなくなったおじいさんを助けて、車にはねられた。
――自分の都合で。
『さて、お前は人助けをして死んでしまった、間違いないか?』
(は、はい)
唐突の問い掛けで目覚めた気がした俺は答えたが、耳に聞こえた感覚はなかった。声らしきものも出せていないと思う。
目の前には薄明るく白い世界が広がっているようには思えるが、その実、見えているのか感じているのかさえもはっきりしない。ぼんやりとした浮遊感のようなものだけがあった。
『別にお前がどのような動機で、あの老人を助けたかなど私には何も興味はない。だが最近は正義感とか、己を省みない行動で死ぬ者が滅多に出なくなってな』
(――はい)
『お前のものは、偽善であることは重々承知している。だが老人を助けた結果だけは評価できる』
さっきから直接頭へ語りかけてくるあなたは誰ですか?
頭があるのかよくわからないけど、骨伝導ヘッドホンのような聞こえ方なので、俺はそんな考えが浮かんだ。
『苦しい状況から逃れるためにとても都合がよかったとか、何かを成すわけでなく、とりえもないまま三十路を迎えようとするお前が、最後は英雄的行動でいい人だったと思われたいとか、卑俗な目的などどうでもいい』
(……ほ、本当ですか? だったら死体に塩をすり込むようなことを言わないでください)
『あの老人には長年連れ添った奥さんがいて、二人とも天寿を全うしてもらうことがこちらの予定であった。お前は私を手助けしたことになる』
(それは良かったです)
『良かったとは、誰に向けての言葉だ?』
(――まあ、色々と)
『最後に人助けができたとの満足感を抱いて、卑俗で矯小な人生を終えられた自分自身か?』
(…………)
『何も言えぬか。そうであろう、そうであろう。凡庸極まりないそなたならばそうであろう』
お偉い神様(多分)にしてみれば、俺なんて取るに足らない存在だろうよ。だけどそこまで言われる筋合ってあるか?
俺は身長も体重も、容姿も考え方も何もかも平均的な日本人だぞ。
自然に覚えた反発の次の瞬間、何となく感じている神様の視線が嘲笑を帯びたような気がして、今さら悟った。
内心で考えていると俺が勝手に思い込んでいることは、まんま知られているのだ。
声に出しているつもりの返事でも、実は声が出ていなさそうなのに伝わっているのだから、心を読まれているのがきっと正解だろう。
そうだとしたら何を取り繕っても無駄だろうし、隠すのも面倒なので、あけすけに答えることにした。
『凡俗なそなたの死にも十分意義があった。私の管轄する善人転生規定が使われなくて廃止の危機に瀕しているので、そろそろ実績を作りたい。私の上役からは評価が甘いと言われるかもしれないが、破格の好条件で転生をさせてやろう』
(どこぞのお役所仕事のようなものに協力する気はありません。転生なんていりませんよ。生きるのが面倒です)
『な、何だと? この転生大流行のご時世に断るだと?』
(ええ)
『私の知る限りでは、勇者だ魔法使いだって小躍りするバ――者たち「ば」かりなのに、お前はそんなことでいいのか⁉』
(……人それぞれってことで)
わざわざ「ば」を誤魔化して強調しなくても、言いたいことは俺もわかるから。
『それでは困るのだ』
(俺は困りません)
『私がだ』
(それは大変ですね)
んなこと、知ったこっちゃない。
『ど、どうだ、これなら?』
(うーん、興味ないっす)
『こっちならどうだ?』
(あー、面倒だらけですね。魔王討伐とか竜退治? うはうはハ―レム? まったく必要ないっす)
少しでも欲や気概のある男なら、目の色を金色やらピンク色に輝かせそうな破格の条件での転生を提示されたが、俺は一蹴した。前にも言ったように面倒なのだ。
『――わかった、ならばお前をあの老人に転生させてやろう』
(ええ⁉ どうしてそうなる!)
神様(多分)の影が急に濃く大きくなったような感じがしたかと思ったら、響く声も重々しくなった気がした。
『ちょうどよいではないか。お前が助けた人間がどのような者であったかを見れば、お前の行動の意味もわかるであろう』
(そ、そんな勝手な!)
『甘い顔をしていたら、お前のような凡俗はいつまでたってもらちがあかぬ。ほい、転生~』
厳かさから一転、いきなり軽いっ、軽すぎるっ。
神様(多分)らしき影が両手を顔の横へ持って来て、人差し指を同時にくるっと回すあまりにも軽薄な仕草。
何だその掛け声は! そっちこそきわめて俗っぽいじゃないか! そんなんで人の人生を決めるなよ‼
思い切り毒を吐いた俺は、気がつけば無理矢理じいちゃんに転生させられていた。
実際は憑依の方が適切かもしれない。じいちゃんの赤子の頃からではなく、俺が助けた後の人生だったからだ。
ごく普通にじいちゃんになったこの男の生活は、意外と居心地が良かった。
優しいばあちゃんの奥さんと生意気だが素直な孫娘たちはとてもかわいく、俺は心から穏やかな時を過ごした。息子夫婦はとても優秀らしく海外に赴任中だ。
老人のくせに目が良くて、朝から晩まで天体望遠鏡で月やら星を見ていた酔狂なじいちゃんのようだった。
俺が助ける前にじいちゃんが転んでいたのも、夜空を見上げて躓いたからだ。俺の家へお礼を言いに行ってくれた時にわかった。
赤の他人の目を通して、自分の遺影と家族を見ることになるとは思わなかった。
いつも俺が散歩をして可愛がっていた飼い犬が、微動だにせず仏壇を見上げているのには少し心が痛んだが後悔はない。
その三日後、じいちゃんの俺は天寿を全うした。
早っー‼
そして再び神様(多分)の前にいた。
これだけ我慢して頑張ったじゃないか……。
そして俺は、夜の横断歩道でスッころんで動けなくなったおじいさんを助けて、車にはねられた。
――自分の都合で。
『さて、お前は人助けをして死んでしまった、間違いないか?』
(は、はい)
唐突の問い掛けで目覚めた気がした俺は答えたが、耳に聞こえた感覚はなかった。声らしきものも出せていないと思う。
目の前には薄明るく白い世界が広がっているようには思えるが、その実、見えているのか感じているのかさえもはっきりしない。ぼんやりとした浮遊感のようなものだけがあった。
『別にお前がどのような動機で、あの老人を助けたかなど私には何も興味はない。だが最近は正義感とか、己を省みない行動で死ぬ者が滅多に出なくなってな』
(――はい)
『お前のものは、偽善であることは重々承知している。だが老人を助けた結果だけは評価できる』
さっきから直接頭へ語りかけてくるあなたは誰ですか?
頭があるのかよくわからないけど、骨伝導ヘッドホンのような聞こえ方なので、俺はそんな考えが浮かんだ。
『苦しい状況から逃れるためにとても都合がよかったとか、何かを成すわけでなく、とりえもないまま三十路を迎えようとするお前が、最後は英雄的行動でいい人だったと思われたいとか、卑俗な目的などどうでもいい』
(……ほ、本当ですか? だったら死体に塩をすり込むようなことを言わないでください)
『あの老人には長年連れ添った奥さんがいて、二人とも天寿を全うしてもらうことがこちらの予定であった。お前は私を手助けしたことになる』
(それは良かったです)
『良かったとは、誰に向けての言葉だ?』
(――まあ、色々と)
『最後に人助けができたとの満足感を抱いて、卑俗で矯小な人生を終えられた自分自身か?』
(…………)
『何も言えぬか。そうであろう、そうであろう。凡庸極まりないそなたならばそうであろう』
お偉い神様(多分)にしてみれば、俺なんて取るに足らない存在だろうよ。だけどそこまで言われる筋合ってあるか?
俺は身長も体重も、容姿も考え方も何もかも平均的な日本人だぞ。
自然に覚えた反発の次の瞬間、何となく感じている神様の視線が嘲笑を帯びたような気がして、今さら悟った。
内心で考えていると俺が勝手に思い込んでいることは、まんま知られているのだ。
声に出しているつもりの返事でも、実は声が出ていなさそうなのに伝わっているのだから、心を読まれているのがきっと正解だろう。
そうだとしたら何を取り繕っても無駄だろうし、隠すのも面倒なので、あけすけに答えることにした。
『凡俗なそなたの死にも十分意義があった。私の管轄する善人転生規定が使われなくて廃止の危機に瀕しているので、そろそろ実績を作りたい。私の上役からは評価が甘いと言われるかもしれないが、破格の好条件で転生をさせてやろう』
(どこぞのお役所仕事のようなものに協力する気はありません。転生なんていりませんよ。生きるのが面倒です)
『な、何だと? この転生大流行のご時世に断るだと?』
(ええ)
『私の知る限りでは、勇者だ魔法使いだって小躍りするバ――者たち「ば」かりなのに、お前はそんなことでいいのか⁉』
(……人それぞれってことで)
わざわざ「ば」を誤魔化して強調しなくても、言いたいことは俺もわかるから。
『それでは困るのだ』
(俺は困りません)
『私がだ』
(それは大変ですね)
んなこと、知ったこっちゃない。
『ど、どうだ、これなら?』
(うーん、興味ないっす)
『こっちならどうだ?』
(あー、面倒だらけですね。魔王討伐とか竜退治? うはうはハ―レム? まったく必要ないっす)
少しでも欲や気概のある男なら、目の色を金色やらピンク色に輝かせそうな破格の条件での転生を提示されたが、俺は一蹴した。前にも言ったように面倒なのだ。
『――わかった、ならばお前をあの老人に転生させてやろう』
(ええ⁉ どうしてそうなる!)
神様(多分)の影が急に濃く大きくなったような感じがしたかと思ったら、響く声も重々しくなった気がした。
『ちょうどよいではないか。お前が助けた人間がどのような者であったかを見れば、お前の行動の意味もわかるであろう』
(そ、そんな勝手な!)
『甘い顔をしていたら、お前のような凡俗はいつまでたってもらちがあかぬ。ほい、転生~』
厳かさから一転、いきなり軽いっ、軽すぎるっ。
神様(多分)らしき影が両手を顔の横へ持って来て、人差し指を同時にくるっと回すあまりにも軽薄な仕草。
何だその掛け声は! そっちこそきわめて俗っぽいじゃないか! そんなんで人の人生を決めるなよ‼
思い切り毒を吐いた俺は、気がつけば無理矢理じいちゃんに転生させられていた。
実際は憑依の方が適切かもしれない。じいちゃんの赤子の頃からではなく、俺が助けた後の人生だったからだ。
ごく普通にじいちゃんになったこの男の生活は、意外と居心地が良かった。
優しいばあちゃんの奥さんと生意気だが素直な孫娘たちはとてもかわいく、俺は心から穏やかな時を過ごした。息子夫婦はとても優秀らしく海外に赴任中だ。
老人のくせに目が良くて、朝から晩まで天体望遠鏡で月やら星を見ていた酔狂なじいちゃんのようだった。
俺が助ける前にじいちゃんが転んでいたのも、夜空を見上げて躓いたからだ。俺の家へお礼を言いに行ってくれた時にわかった。
赤の他人の目を通して、自分の遺影と家族を見ることになるとは思わなかった。
いつも俺が散歩をして可愛がっていた飼い犬が、微動だにせず仏壇を見上げているのには少し心が痛んだが後悔はない。
その三日後、じいちゃんの俺は天寿を全うした。
早っー‼
そして再び神様(多分)の前にいた。
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