俺が少女プリーストに転生したのは神様のお役所仕事のせい――だけではないかもしれない

ナギノセン

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55 それぞれの闘技会

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 小さく領いたミレーネが静かに顔を上げて立った。向けられた青い瞳が俺を真っ直ぐ貫き、頭が混乱する。何が何だかさっぱりわからない。
 彼女はフォレスト伯爵令嬢。それが膝を着いて謝るなんて、プリは何者だ⁉
 スーの名前もスザンヌだったのか⁉
 ニ人はもともと知り合いみたいだし、プリの屋敷をダマスカス伯爵に渡さないためって何だ⁉

「ミレーネ様、お膝を汚されておられますが、どうかなされましたか?」
「あら、何時の間にかしらね」
「そろそろお時間ですが――その者は何処から?」
「裏の通りを歩かれているところを、無理にお手伝いをお願いしたのです。どうもありがとうございました。少ないですがお礼です。いつでもフォレストヘお越しください」

 混乱して周囲が見えなくなっている俺は気づかなかった。ミレーネの側仕えらしき男性が近づいて来ていて、俺とポン吉は追い立てられるように屋敷から出された。
 別れ際に彼女が手渡したのは、白いレースの布地に包まれた金色の細い指輪だった。少し前に襲ってきた山賊達が持っていたものは意匠が消されていたが、こちらはきれいに彫られて象嵌もされていた。
 
 裕福そうな屋敷の立ち並ぶ区画の広い道を当てもなく歩きながら、ミレーネの言葉が頭をグルグルと駆け巡る。確認しなければならないことが突然山ほど増えてしまった。
 ここはダマスカス伯爵領のどこからしい。そこにプリの父親は大きな屋敷を持っていた。
 どのような人物で、どうして領地を治めるダマスカス伯ではなく、隣地のフォレスト伯へ屋敷を譲ったのか。
 思い出したのは、大樫だった俺を切った男達の言葉。
 確か失脚とか聞いた覚えがある。その時の根元にいた女の子がプリ、隣にはワンコがいた……あれ?

「ポン吉、お前ってあの時のワンコか?」
「アアア、アンアン(ウソウソ、今頃気づいた)⁉」

 驚きのあまりか、ポン吉がやたらと走り回る。
 俺も驚きだ。全然わからなかった。

「こっちの世界のワンコは空も飛べるんだな」
「アン(狼)」
「ああ、森林狼だったな。でっかくなったりちっこくなったり、すごいな」
「アンアン(主のおかげ)」
「スーの?」
「アン。アンアアン、アンアン(違う。霊樹の実、一杯食べた)」

 樫の木のドングリのことだろう。それで豆柴みたいな狼が大きさを変えるって意味不明すぎる。だけどその力は身を以て知っている。
 どのくらい時間が経ったのかはっきりしないが、ここがダマスカスならとんでもない距離を走ったことになる。

「ダレーガンからダマスカスなんて、闘技会が終わるまでに帰れるんだろうな?」
「アン、アン(多分、大丈夫)」
「多分ってダメだろう。スーに怒られるぞ。そろそろ連れて帰ってくれるか? でもあの速過ぎるのは勘弁な」
「アン。アンアンアン(わかった。でもすぐは難しい)」
「疲れたのか? そう言えば豆柴になってるよな」
「アンアアン(夜待ちたい)」

 ……あれ、さっき俺が落ちた時って夜空が見えた気がした。ひょっとして一昼夜も気を失っていたのか?

「ポン吉、俺はどのくらいあの庭で寝ていた?」
「アン(少し)」
「今日だよな」
「アン(そう)」
「だとしたら何かの間違いか。さっき言った霊樹の実があったらすぐに動けたのか?」
「アン、アアアン(そう、でも大丈夫)!」

 俺一人では何ともならないのだから待つしかない。スーが勝ち進んでくれていれば、誤魔化せるだろう。
 幸いというべきか、今日は満月で道も煌々と照らされている。ポン吉は夜行性だろうけど、俺としては真っ暗闇な中を疾走されるのは勘弁してほしい。月明かりがありがたい。
 俺の要望は絶対と感じたらしいポン吉は、一応何とか目で追えるくらいの速さだった。
 それでも夜通し走り続けるポン吉の脚なので、翌日の夕方には帰ることができた。
 ただ、ポン吉が平気で橋も何もない大きな河を飛び越そうとした時だけは悲鴫をあげた。どうやら水はトラウマになっているらしい。

 運よくと言ったら怒られるけど、スーが負けた直後にダレーガンへ戻れた。
 スーは悔しそうにしながらも、自分の実力通りの結果だとさっぱりした様子を見せる。
 三日後の決勝にはベアトリスの姿があった。スーが四回戦まで勝ち進んだおかげで、少しだけ座り心地の良い関係者席での観戦になった。
 美貌のエルフは試合が始まってもその場からまったく勤かなかった。風に戯れる柳のようなしなやかさは、屈強そうな筋肉ダルマの攻撃をかすりもさせない。
 簡単に背後を取るのでいつでもケリがつけられそうだったのに、長引かせた理由はわかならかったが、内容としては圧倒的だった。いつもは賑やかなスーも言葉を忘れたかのように拳を握って見つめていた。

 多くの男達を抑えての優勝はすごいとしか言いようがない。Bクラス冒険者が散人混じっていたので、下馬評ではそのうちの誰かと言われていた。
 商品は、賞金以外に自由魔法都市ダレーガンでの特別評議員の地位やら馬とかだった。ベアトリスには興味がないらしく表彰式でアッサリ辞退していた。目録を渡そうとした時の魔道ギルドの長の顔は、今思い出しても笑える。稀少なエルフ族とのパイプを作れたと、ぬか喜びをして足元をすくわれたからだろう。

 大会も無事終わった俺は、町の少し外れの噴水がある公園でスーを持っていた。
 ベアトリスと運よく知り合って、この町へ来た当初の目的は果たせた。わざわざエルフの村まで行かなくても、燃えにくい体にするために必要なものを手に入れる算段が付けられた。
 おかげて次の目的地は自由になったので、スーが下調べをしてくれている最中だ。遠くないうちにポン吉がエルフの村へ走ってくれるので、別行勤になってからの合流地点など色々決めておきたい。
 ポン吉だったら余裕で俺達を探し出しそうだけど、スマホなど便利な手段のない世界なのだから、手間取らない事前の手があるに越したことはない。
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