俺が少女プリーストに転生したのは神様のお役所仕事のせい――だけではないかもしれない

ナギノセン

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56 二人の関係

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 実を言えば、スーが行先を決める前から俺には行きたいところがあった。
 ダマスカスのプリの生家。何も知らないことを、つい最近も突きつけられた場所。
 スーが露店をのぞいたり、店先の窓を見たりして戻ってくる様子を眺めながら、俺は決意を固めた。

「行先がまだ決まっていなければ、行きたいところがあるんだけど」
「どこなのですか?」
「――プリの家だ」
「……プリちゃんの?」
「ダマスカスだったか」
「スーは行きたくないのですっ」

 見る見る表情を強張らせたスーが反対をする。
 それでも俺は自分の考えを曲げなかった。

「どうして?」
「プリちゃんこそ、急にどうしたですか⁉」
「俺ってプリのことを本当に何も知らないってずっと感じていたんだ。スーはあまり教えたくなさそうだけど」
「はいなのです」

 ミレーネから口止めをされていたと聞いたことを婉曲にぶつける。スーは辛そうにしながらも認めた。

「ずっと一緒なら問題ないのかもだけど、今回みたいに離れ離れになることもあるし」
「もうないのですっ、ずっとずっと一緒なのです!」
「ありがとう。俺も困らないならそれでもいいと思ってたんだ。けど、師匠のところで聞かれたり、ベアトリスが妙に近寄ってきたりとか、プリにはきっと何かあるんだろうって考えさせられたんだよ」

 ベアトリスについては、俺が霊樹と呼ばれる木だったことに由来する。知っていて口にしたのは説得力を増すためだけの方便。
 しかしスーが意固地になりそうなので、ミレーネに聞いたことは言及しなかった。
 俺達の間に珍しく重苦しい沈黙が流れる。ポン吉も雰囲気を察して、大人しくお座りをしていた。
 スーは何度か身じろぎ見せ、ようやく口を開いた。

「……わかったのです」
「ありがとう」
「でも、でも一つ約来なのですっ。絶対にスーを嫌いになっちゃダメなのですっ」

 これまで見せたことがないくらい必死なスーの表情。俺なんかがプリの過去へ、本当に踏み込んでいいのだろうかとためらわせる。
 ニ人が仲良く旅をしていたことは間違いない。プリはスーを嫌ってはいなかった。
 しかし、もともと部外者の俺が知ると、スーを嫌いになってしまいそうな過去がある。スーは涙を浮かべながら訴えている。
 それはスーの杞憂だ。何かあったであろうプリ本人が嫌っていなかったのだから、俺が嫌う理由もない。
 スーを安心させるためにゆっくりと右手を伸ばす。スーの柔らかい頬へ触れた。

「そんなことはありえない」
「ほんとにほんとのお願いなのですっ、でなければスーは行かないのですっ」
「わかった、約束する」
「ほんとにほんとなのですっ」
「ほんとにほんとだ。ポン吉も聞いたよな?」
「アン(聞いた)」

 ポン吉が甘えるようにスーヘ摺り寄る。スーはしっかりと抱き上げて、黒と茶の毛並に顔を埋めながらつぶやいた。

「――ダマスカスヘ行くのです」
「アン(うれしい)!」

 スーの腕の中でご機嫌そうに鳴いたポン吉がスーの涙を舐めた。スーも少しだけ笑った。
 急ぐ旅でないのでゆっくりダマスカスを目指すことにした。
 いつもよりスーの口数が少ないのは気がかりだが仕方ない。馬の背にゆられながら見ている道は、荒れ地の中をどこまでも続いて殺伐としている。
 ニ頭の馬の足元を、柴犬ポン吉が元気に走り回っているのは少しだけ気がまぎれた。
 自由魔法都市を出て四日目の夜、ダンプサイズになったポン吉の毛並にくるまっていつものように寝ようとしたところ、スーが静かに切りだした。

「カッシーさんは、プリちゃんのことを覚えていないのですよね?」
「スーとプリの会話を多少見聞きしている程度だ」

 久し振りにカッシーと呼ばれて、俺も身を固くする。

「――ダマスカスには、プリちゃんのお家がありました」
「らしいな」
「そこにはカッシーさんが生えていました」
「そうなるのだろうな」
「……今日はここまでです」
「わかった」

 自分の中で整理のついたことから教えてくれる気になったらしい。
 俺も無理に聞き出すつもりはない。こんなことでスーとの関係をこじらせるなど愚の骨頂だ。
 過去は確かに知りたい、しかし大切なのは今なのだから。

 それ以降、プリとの過去について二言、三言だけの日もあれば、まったくない日もあった。
 父親同士が友人で二人が幼少時に知り合ったことや、スーも大樫の俺を知っていること。
 大樫の幹ヘプリが彫り物をした時にスーもいたこと。内容は友情の誓いとかプリの習いたての魔法だったりしたこと。
 旅先で偶然再会をして一緒に旅を始めたこと。プリはもともと魔道士だったが、鉄の盾だった俺を装備するためにプリーストヘクラスチェンジをしたこと。
 口数は少なかったけれど、驚かされる話ばかりだった。
 スーが俺を自然に受け入れている理由や、俺が魔法を使えても当然とのこれまでの態度も納得だった。

 だがプリの家のことは『着いたら教える』とだけ口にして、スーは何も話さなかった。
 俺からは特に質問もせず、ただ聞いて頷いた。余計な口を挟むとしゃべりづらくなるだけだ。
 旅路は順調そのものだったが、スーは日に日に元気がなくなっている。
 俺はスーの明るい顔が見たくて、途中に立ち寄ったルアンの町でクエストを受けることを提案した。
 ルアンは、自由魔法都市ダレーガンからダグレス帝国領の南端を通って、シルビ公国を結ぶ大きな街道沿いにある宿場町の一つ。
 ダレーガンへ行く時は、ポン吉が小さくなれると知らなかったので入ることも許されなかった。今は柴犬にも豆柴にもなれるし問題ない。

 スーも気晴らしになると考えたらしく、すぐに冒険者ギルドヘ足を向けた。
 スーのためのクエストなのだから、依頼は好きに決めればいい。
 俺がギルドの外で柴犬ポン吉の頭を撫でて待っていると、ご機嫌そうなスーが戻るなり頭を差し出した。

「スーもなでなでして欲しいのです」

 ポン吉の頭を散々撫でた手で、スーの頭を撫でてやる。
 柴犬のほうがサラサラした感触だったことは決して言うまい。
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