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12 良い人っぽいのだけれど
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まだまだ落ち着きの戻らないアルザスの町中を、白い長衣の少女がスキップで走り抜けている。小さな胸元に光る三日月のメダルが動くたびに陽光を反射させていた。整った面差しからは何も感情は読み取ることはできないが、不機嫌な者がスキップなどしないだろう。
ほんの少し前までこのような楽しさなどまったく感じてはいなかった。
だが、ある男と出会った彼女は今、間違いなくすこぶるご機嫌だった。
一週間ほど前に、特に理由も告げられることなくアーレイ教のクレセント教団の人間にこの町へと連れて来られ、宿屋へずっと押し込められていた。
教団の者はバラバラに出入りを繰り返し、十人のうち五人がまとまって外出をしてから二日後、残った五人と一緒に宿の外へ出ることになった。
妙に周囲が騒がしいと思ったけれど、久しぶりに外へ出られたのであまり気にもならない。それよりも気になってしようがないのは、教団の者に取り囲まれて周囲があまり見えないことのほうだった。
宿から出てしばらく歩いた人通りの少ない路地の陰で、一番前を歩く男が右手を真横へ上げて集団へ停止を促す。すぐ後ろの者が先頭の男の所へ行くと、小声で何かやりとりをして少女のほうへ振り返った。
「キアラは一度宿へ戻れ」
「どうして?」
「この場で首尾の報告をするはずだったマリニアが来ていない。何か手違いがあった可能性がある」
「マリニアが?」
不思議そうな少女の様子に先頭の男、ルキウスは少し苛立たし気に答えた。
計画通りに運んでいないことだけでなく、協力者である者の真意がいまだ図り切れていない。
メフィストが、目に入れても痛くないほど可愛がっているキアラを素直に差し出したことから、端から今回の計画に反対しているとは考えていない。しかし相手は、アーレイ教の研究施設の中でも前衛的なカッサバ機関を束ねる研究者。狂人の異名を持つイカレタ者である。
マリニアの同行は、キアラを連れて行く条件としてメフィストが提示した。ルキウスには既知ではなかったが、クレセント教団内で武闘派とされる者にマリニアの名は知れ渡っていたため、今回の用向きにもうってつけではあった。
アルザスへ来るまでは、マリニアがほぼキアラの面倒を見ていたので、ルキウスを始めとする者たちはほとんど関わることはなかった。ただ彼女も子守りをするために来たのではなかったらしく、ルキウスの計画実行の前準備をする五人に自ら名乗りを挙げて参加をしたのである。
この後に続くより壮大な計画のために、今回は何よりも正確な計画実施の手順確認が一番の目的だった。ルキウスはこのまま強引に進めたい血気に逸る気持ちと、手戻りの決して許されない厳しすぎる状況を天秤にかけて、慎重な行動を選択した。
「メフィストがわざわざお前のために寄越したお守り役だから、モンスターごときに遅れをとるとは思わない。だがあの者も何を考えているのかもわからない。大事を取るつもりで、一度お前だけ宿へ帰るのだ」
「わかった。けど宿ってどっち?」
「人を付けたいところだが、今はそうも言っていられない。このまま路地をまっすぐ戻った三つ目の四辻を右手へ曲がれば、木製の看板が出ているのが見える」
「ん、わかった」
周囲を囲まれて歩いていたキアラには、本当に宿がどこにあるのかわかっていなかった。
ルキウス達とは反対方向へ歩き出した彼女は徐々に歩くスピードを上げ、知らない間に三つ目の四辻を通り越して四つ目でようやく右手へ曲がった。
すぐに見えると言われた宿屋の看板が見えないのは当然であったけれど、彼女はまったく気づいていない。久しぶりに外へ出られて一人で自由に行動ができる。宿屋がなかったことは心配どころか逆にワクワクとした気分にさせた。
どうせ迷子になったとしても、アーレイ教のメダルがあればキアラの居場所などルキウス達にはすぐにわかってしまう。ほんの少しだけ自由な時間を満喫して宿屋へ戻るつもりで大通りを歩いていると、突然見知らぬ男に肩を掴まれた。
その男は、この騒ぎの原因を作った集団の一人である彼女に気づいたのかと一瞬危ぶんだ。けれど杞憂だった。
見知らぬ自分へ切羽詰まった表情で逃げろと言っている。
あまりにも真剣すぎる眼差しが、単にうろついているとは答えづらい。とっさにマリニアを捜していると嘘をついてしまった。
「そんなことより人を探しているの。北へ向かうって言っていたから、私も行かなくちゃ――あれ?」
キアラはちょうど目の高さにある男の胸で光る半月メダルをまじまじと見た。
正しくは、半月メダルと言っても下弦側は三日月型にぽっかりとくり貫かれている。残った約三分の二ほどの金属部分には、見慣れた文字とアーレイ神話らしき絵が精緻に彫られていた。
彼女がこれを見間違えるはずがない。
アーレイ教の一般的なメダルは半月型をしていて、穴などどこにも開いていない。表面には子供の落書きのようなアーレイ神話が彫られ、裏面には聖典の始まりの一部が書かれる。
教徒の証であるメダルの形を変えたり、穴を開けて鋳抜くなど、見方によっては不敬の極みとも取れる。このようなメダルを作り上げて様々な機能付加の実利と、アーレイ神話を逆手に取った屁理屈でアーレイ教の執行機関たる導主会を納得させたのが、カッサバの狂人ことメフィストであった。
今はクレセント教団の一員として行動をしているキアラは、三日月のメダルを身に着けている。しかしアーレイ教の総本山ログレスへ戻れば、半月メダルの枠だけがある、狂人メフィストと同じメダルを身に着ける者でもあった。
メフィスト考案の半月メダルは数種類あり、キアラの目の前にいる男がどうして三日月形鋳抜きメダルの一つを身に着けているのかわからない。ここ一週間の宿屋滞在中に姿を見せた記憶もキアラにはないし、面識もない。
メフィストの手の者ならば、そのことをまず彼女へ告げるだろう。だけどこの場から逃げろと言っている時点でそれも違うと思われた。
ほんの少し前までこのような楽しさなどまったく感じてはいなかった。
だが、ある男と出会った彼女は今、間違いなくすこぶるご機嫌だった。
一週間ほど前に、特に理由も告げられることなくアーレイ教のクレセント教団の人間にこの町へと連れて来られ、宿屋へずっと押し込められていた。
教団の者はバラバラに出入りを繰り返し、十人のうち五人がまとまって外出をしてから二日後、残った五人と一緒に宿の外へ出ることになった。
妙に周囲が騒がしいと思ったけれど、久しぶりに外へ出られたのであまり気にもならない。それよりも気になってしようがないのは、教団の者に取り囲まれて周囲があまり見えないことのほうだった。
宿から出てしばらく歩いた人通りの少ない路地の陰で、一番前を歩く男が右手を真横へ上げて集団へ停止を促す。すぐ後ろの者が先頭の男の所へ行くと、小声で何かやりとりをして少女のほうへ振り返った。
「キアラは一度宿へ戻れ」
「どうして?」
「この場で首尾の報告をするはずだったマリニアが来ていない。何か手違いがあった可能性がある」
「マリニアが?」
不思議そうな少女の様子に先頭の男、ルキウスは少し苛立たし気に答えた。
計画通りに運んでいないことだけでなく、協力者である者の真意がいまだ図り切れていない。
メフィストが、目に入れても痛くないほど可愛がっているキアラを素直に差し出したことから、端から今回の計画に反対しているとは考えていない。しかし相手は、アーレイ教の研究施設の中でも前衛的なカッサバ機関を束ねる研究者。狂人の異名を持つイカレタ者である。
マリニアの同行は、キアラを連れて行く条件としてメフィストが提示した。ルキウスには既知ではなかったが、クレセント教団内で武闘派とされる者にマリニアの名は知れ渡っていたため、今回の用向きにもうってつけではあった。
アルザスへ来るまでは、マリニアがほぼキアラの面倒を見ていたので、ルキウスを始めとする者たちはほとんど関わることはなかった。ただ彼女も子守りをするために来たのではなかったらしく、ルキウスの計画実行の前準備をする五人に自ら名乗りを挙げて参加をしたのである。
この後に続くより壮大な計画のために、今回は何よりも正確な計画実施の手順確認が一番の目的だった。ルキウスはこのまま強引に進めたい血気に逸る気持ちと、手戻りの決して許されない厳しすぎる状況を天秤にかけて、慎重な行動を選択した。
「メフィストがわざわざお前のために寄越したお守り役だから、モンスターごときに遅れをとるとは思わない。だがあの者も何を考えているのかもわからない。大事を取るつもりで、一度お前だけ宿へ帰るのだ」
「わかった。けど宿ってどっち?」
「人を付けたいところだが、今はそうも言っていられない。このまま路地をまっすぐ戻った三つ目の四辻を右手へ曲がれば、木製の看板が出ているのが見える」
「ん、わかった」
周囲を囲まれて歩いていたキアラには、本当に宿がどこにあるのかわかっていなかった。
ルキウス達とは反対方向へ歩き出した彼女は徐々に歩くスピードを上げ、知らない間に三つ目の四辻を通り越して四つ目でようやく右手へ曲がった。
すぐに見えると言われた宿屋の看板が見えないのは当然であったけれど、彼女はまったく気づいていない。久しぶりに外へ出られて一人で自由に行動ができる。宿屋がなかったことは心配どころか逆にワクワクとした気分にさせた。
どうせ迷子になったとしても、アーレイ教のメダルがあればキアラの居場所などルキウス達にはすぐにわかってしまう。ほんの少しだけ自由な時間を満喫して宿屋へ戻るつもりで大通りを歩いていると、突然見知らぬ男に肩を掴まれた。
その男は、この騒ぎの原因を作った集団の一人である彼女に気づいたのかと一瞬危ぶんだ。けれど杞憂だった。
見知らぬ自分へ切羽詰まった表情で逃げろと言っている。
あまりにも真剣すぎる眼差しが、単にうろついているとは答えづらい。とっさにマリニアを捜していると嘘をついてしまった。
「そんなことより人を探しているの。北へ向かうって言っていたから、私も行かなくちゃ――あれ?」
キアラはちょうど目の高さにある男の胸で光る半月メダルをまじまじと見た。
正しくは、半月メダルと言っても下弦側は三日月型にぽっかりとくり貫かれている。残った約三分の二ほどの金属部分には、見慣れた文字とアーレイ神話らしき絵が精緻に彫られていた。
彼女がこれを見間違えるはずがない。
アーレイ教の一般的なメダルは半月型をしていて、穴などどこにも開いていない。表面には子供の落書きのようなアーレイ神話が彫られ、裏面には聖典の始まりの一部が書かれる。
教徒の証であるメダルの形を変えたり、穴を開けて鋳抜くなど、見方によっては不敬の極みとも取れる。このようなメダルを作り上げて様々な機能付加の実利と、アーレイ神話を逆手に取った屁理屈でアーレイ教の執行機関たる導主会を納得させたのが、カッサバの狂人ことメフィストであった。
今はクレセント教団の一員として行動をしているキアラは、三日月のメダルを身に着けている。しかしアーレイ教の総本山ログレスへ戻れば、半月メダルの枠だけがある、狂人メフィストと同じメダルを身に着ける者でもあった。
メフィスト考案の半月メダルは数種類あり、キアラの目の前にいる男がどうして三日月形鋳抜きメダルの一つを身に着けているのかわからない。ここ一週間の宿屋滞在中に姿を見せた記憶もキアラにはないし、面識もない。
メフィストの手の者ならば、そのことをまず彼女へ告げるだろう。だけどこの場から逃げろと言っている時点でそれも違うと思われた。
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