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20 女子力高めのオッサンです
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ロキがキアラを連れて帰るとガイルはようやく落ち着いた時間が持てた。
机の上には防衛戦から帰って来て外したままの剣や防具、買ったばかりの食材が置かれている。
彼は思い出したかのように二階から砥石やなめし革などを取って来る。キッチンで小さな桶に水を汲んで砥石を洗い、装備品の手入れを始める。
最初は使い込んだ長剣。黒く汚れた刃に時折白い皮膜のようなものが張って触れるとねばつく。本当は風呂から上がって最初にやるつもりだったのに、すっかり時間が経って魔物の血と脂肪が固まって余計な手間ができてしまった。
ガイルが丹念にそれらを布で拭きとると、わずかに刃毀れをした白刃が姿を現した。
防衛戦では鎧や武器を身に着けたモンスターと剣を交え、散々斬っている。たいていの冒険者であれば、そのまま剣を鍛冶屋へ持ち込むか買い替えなければならないくらいの戦いだった。
しかしガイルの剣はそこまで傷んでもいない。
師匠だったデニスがひたすら求めたのは相手につけ入る隙を与えない速さと、相手の力を受け流して常に防御の薄い場所を狙う狡猾さ。凄腕であってもデニスは女性であり、持久力はともかく腕力では男に敵わない。
ガイルは彼女の技を正しく受け継いでいた。
慣れた手つきで砥石を濡らして剣を研ぐ。なめし革にしみ込んだ油を刃に塗り込む。一通り剣の手入れを終えてから防具へと移るのだが、彼は毎度のことながら少しだけ躊躇いを覚えた。
身軽さを重視したデニスに倣うガイルも防具は最小限しか着ない。
彼の視線の先には愛用の軽い革鎧がある。全体的に茶色いのは元からか、使い込まれたからか判別できない。だが左肩から心臓の上の辺りに掛けてだけ青白い金属で覆われている。
「またあんたに助けてもらったよ、デニス」
ゆっくりと手を伸ばしたガイルは鎧の金属部分へ愛おしそうに触れる。これは彼の師だった女性のちょうど胸を守っていた所になる。
事情を知る者からすればかなり病的な光景に見えるだろう。幸いこの場には誰もいない。いつもよりやけに冷たく感じる指先が、不思議と彼を責めているかのように思われた。
「そうだったな。助けてくれたやつは他にもいたよな」
何がおかしかったのかガイルは笑みをこぼす。
鎧は革の部分だけいつものように返り血で汚れている。綺麗に拭きとってなめし油を塗り込む。傷一つ付いていない金属部分は布で磨いてから内側を確認する。そこにはデニスが決して欠かさなかった仕掛けがあった。
湾曲する金属部分に油紙の袋が丁寧にキッチリ張り付けられている。その中には手の平ほどの緑色の葉が数枚と茶色い不格好な小粒の木の実がいくつも入れられている。
デニスの言葉を借りると、物凄く貴重な薬品のもとになるので、売ってもいいし自分で使ってもいい。非常時の備えとのことだったが、この葉を採りにガイルも付き合わされて本当に酷い目にあったと思う。彼が知る限りでは、唯一デニスがあの魔剣を抜かざるを得なかった戦いだった。あの剣の力の片鱗を見たのもあの時が最初で最後である。
少しだけ思い出に浸った彼は軽く頭を振った。今は昔を懐かしんでいる場合ではない。
今回の旅でも防衛戦でも抜きさえしていないのに、彼は魔剣へと手を伸ばして習慣になった手入れを行う。
ゆっくりと鞘から抜いた刀身はいつも以上に白い輝きを放っている。ガイルの愛用する長剣の無骨な鈍い灰色とは天と地の差がある。彼にはこの輝きは眩しすぎた。
彼の師が行っていたように手入れを終えて、これが魔剣に見えないように設えられたとても簡素な黒い鞘へと納める。
一段落をした彼は空腹を覚えたので、夕食に取り掛かった。
料理はデニスとの旅で必然的に身に着いた。
彼女は料理でも破壊力抜群な腕を持っていて、どうすればマズく作れるかを知る天災――ではない天才だった。
久し振りの自宅での料理と十分な食材。気がつけば料理の山が出来上がっている。旅先ではできない手の込んだ煮込み料理や新鮮な野菜に焼き立てのパン。体力を消耗したので焼かれた肉も数種類。
酒は何にするかなどと考えながら床下の貯蔵庫をのぞいていると扉を叩く音が聞こえた。
「やれやれ先客万来だな」
ガイルはゆっくり立ち上がって玄関へと向かった。
ひょっとしてアーレイの者達が戻って来たのではと警戒して用心のために小さく扉を開けてから外を見る。その瞬間、優しい金色の風が頬を撫でた。
「ん? パメラか? よくここがわかったな」
玄関先では彼の声を聞いたハイエルフが、落ち着かなさそうに視線を逸らして立っていた。
ガイルは少し驚いたものの何となく予感はしていた。彼女がアルザスへ来ているのを知っているどころか、防衛戦で命も助けられている。
夕食は一人で食べきれないほどあるので、お礼を兼ねて誘うことはやぶさかではない。
しかし一人暮らしの男の家へ入るかとも聞きづらい。
黙って何も答えないパメラの代わりに彼女のお腹が代わりに返事をした。
キッチンの焼いた肉の香りが漂って来ている。デニスに剣の腕を褒められた覚えはないけれど、肉の焼き方は絶品だと言われ続けていた。
「取り敢えず上がって食べて行けよ。今さら遠慮はないだろう? 旅の夜よりましな物が出せると思うぞ」
「――あ、ありがとう」
顔を真っ赤にしたパメラはガイルを押し退けるように家へと入った。
机の上には防衛戦から帰って来て外したままの剣や防具、買ったばかりの食材が置かれている。
彼は思い出したかのように二階から砥石やなめし革などを取って来る。キッチンで小さな桶に水を汲んで砥石を洗い、装備品の手入れを始める。
最初は使い込んだ長剣。黒く汚れた刃に時折白い皮膜のようなものが張って触れるとねばつく。本当は風呂から上がって最初にやるつもりだったのに、すっかり時間が経って魔物の血と脂肪が固まって余計な手間ができてしまった。
ガイルが丹念にそれらを布で拭きとると、わずかに刃毀れをした白刃が姿を現した。
防衛戦では鎧や武器を身に着けたモンスターと剣を交え、散々斬っている。たいていの冒険者であれば、そのまま剣を鍛冶屋へ持ち込むか買い替えなければならないくらいの戦いだった。
しかしガイルの剣はそこまで傷んでもいない。
師匠だったデニスがひたすら求めたのは相手につけ入る隙を与えない速さと、相手の力を受け流して常に防御の薄い場所を狙う狡猾さ。凄腕であってもデニスは女性であり、持久力はともかく腕力では男に敵わない。
ガイルは彼女の技を正しく受け継いでいた。
慣れた手つきで砥石を濡らして剣を研ぐ。なめし革にしみ込んだ油を刃に塗り込む。一通り剣の手入れを終えてから防具へと移るのだが、彼は毎度のことながら少しだけ躊躇いを覚えた。
身軽さを重視したデニスに倣うガイルも防具は最小限しか着ない。
彼の視線の先には愛用の軽い革鎧がある。全体的に茶色いのは元からか、使い込まれたからか判別できない。だが左肩から心臓の上の辺りに掛けてだけ青白い金属で覆われている。
「またあんたに助けてもらったよ、デニス」
ゆっくりと手を伸ばしたガイルは鎧の金属部分へ愛おしそうに触れる。これは彼の師だった女性のちょうど胸を守っていた所になる。
事情を知る者からすればかなり病的な光景に見えるだろう。幸いこの場には誰もいない。いつもよりやけに冷たく感じる指先が、不思議と彼を責めているかのように思われた。
「そうだったな。助けてくれたやつは他にもいたよな」
何がおかしかったのかガイルは笑みをこぼす。
鎧は革の部分だけいつものように返り血で汚れている。綺麗に拭きとってなめし油を塗り込む。傷一つ付いていない金属部分は布で磨いてから内側を確認する。そこにはデニスが決して欠かさなかった仕掛けがあった。
湾曲する金属部分に油紙の袋が丁寧にキッチリ張り付けられている。その中には手の平ほどの緑色の葉が数枚と茶色い不格好な小粒の木の実がいくつも入れられている。
デニスの言葉を借りると、物凄く貴重な薬品のもとになるので、売ってもいいし自分で使ってもいい。非常時の備えとのことだったが、この葉を採りにガイルも付き合わされて本当に酷い目にあったと思う。彼が知る限りでは、唯一デニスがあの魔剣を抜かざるを得なかった戦いだった。あの剣の力の片鱗を見たのもあの時が最初で最後である。
少しだけ思い出に浸った彼は軽く頭を振った。今は昔を懐かしんでいる場合ではない。
今回の旅でも防衛戦でも抜きさえしていないのに、彼は魔剣へと手を伸ばして習慣になった手入れを行う。
ゆっくりと鞘から抜いた刀身はいつも以上に白い輝きを放っている。ガイルの愛用する長剣の無骨な鈍い灰色とは天と地の差がある。彼にはこの輝きは眩しすぎた。
彼の師が行っていたように手入れを終えて、これが魔剣に見えないように設えられたとても簡素な黒い鞘へと納める。
一段落をした彼は空腹を覚えたので、夕食に取り掛かった。
料理はデニスとの旅で必然的に身に着いた。
彼女は料理でも破壊力抜群な腕を持っていて、どうすればマズく作れるかを知る天災――ではない天才だった。
久し振りの自宅での料理と十分な食材。気がつけば料理の山が出来上がっている。旅先ではできない手の込んだ煮込み料理や新鮮な野菜に焼き立てのパン。体力を消耗したので焼かれた肉も数種類。
酒は何にするかなどと考えながら床下の貯蔵庫をのぞいていると扉を叩く音が聞こえた。
「やれやれ先客万来だな」
ガイルはゆっくり立ち上がって玄関へと向かった。
ひょっとしてアーレイの者達が戻って来たのではと警戒して用心のために小さく扉を開けてから外を見る。その瞬間、優しい金色の風が頬を撫でた。
「ん? パメラか? よくここがわかったな」
玄関先では彼の声を聞いたハイエルフが、落ち着かなさそうに視線を逸らして立っていた。
ガイルは少し驚いたものの何となく予感はしていた。彼女がアルザスへ来ているのを知っているどころか、防衛戦で命も助けられている。
夕食は一人で食べきれないほどあるので、お礼を兼ねて誘うことはやぶさかではない。
しかし一人暮らしの男の家へ入るかとも聞きづらい。
黙って何も答えないパメラの代わりに彼女のお腹が代わりに返事をした。
キッチンの焼いた肉の香りが漂って来ている。デニスに剣の腕を褒められた覚えはないけれど、肉の焼き方は絶品だと言われ続けていた。
「取り敢えず上がって食べて行けよ。今さら遠慮はないだろう? 旅の夜よりましな物が出せると思うぞ」
「――あ、ありがとう」
顔を真っ赤にしたパメラはガイルを押し退けるように家へと入った。
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