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36 蒼鱗の龍と少女
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アーニャの前に蒼鱗を白銀に光らせた飛龍ジルニトラが舞い降りた。背にはアーニャと変わりないくらいの年と思われる少女フィオリナが騎乗して余裕の笑みを向けている。一方のアーニャも不敵な笑みを見せながらもゆっくりと二足歩行から四つん這いになった。
アーニャは獣人族最強の獅子人族であるがもちろん空は飛べない。相手が空中にいる間の攻撃は届かない。
けれどそれは大抵の場合は相手も同じ。アーニャの側までやって来なければ直接の攻撃は当たらない。
しかし大きな違いがあるとすれば、相手が常に攻撃の優先権を持っていることと、間接攻撃手段を持っている場合は一方的にアーニャが攻撃されることを意味する。
グリフォンやペガサスといった有翼のもの相手でもアーニャは恐れはしない。飛龍であってもブレス攻撃をしない比較的小型のワイバーン程度なら引き分けることも可能である。しかし目の前の飛龍は明らかに格が違う。頬が自然と引き攣るのをアーニャは止められない。
飛龍の足元にガイルが倒れている。アーニャがこのまま飛龍へ飛び掛かっても飛龍は決して避けないだろう。避ければそのままガイルに襲いかかれるのだから。
攻撃を仕掛ける目標は当然飛龍ではない。鞍に立つフィオリナを狙う。
月光を受けて純白に輝く鎧や籠手などは飛龍の騎士らしい装備に見受けられるが、飛龍に乗せられている感が否めない。気丈に振る舞えるのは飛龍の絶大な力を信頼しているからであって少女自身の力ではないとアーニャは判断した。
フィオリナが立っている鞍の位置はちょっとした町の城壁程度である。獣人の力をもってすれば飛び着けないほどでない。ガイルのいる飛龍の足元へ素早くフェイント攻撃を仕掛けて首を振らせたところで大きく跳躍。鞍の後ろへ回れればフィオリナを背後から噛み殺すことはできそうに思える。
動けないガイルのために蒼鱗の飛龍は空を飛ぶという最大のアドバンテージをわざわざ捨てて、狙ってくださいとばかりに棒立ちになっている。騎手たる少女を殺せるイメージは容易に抱ける。だが、いざ襲い掛かろうとした途端に足がまったく動こうとしない。
理由は本能的にわかっている。アーニャがもっとも恐れる獣人族の王にとても近しい雰囲気とプレッシャーを飛龍が発しているのだ。
フィオリナも百戦錬磨のアーニャが察したとおり余裕があるわけではない。ガイルを守るのが最優先のためこの場所は動けない。
また蒼鱗の飛龍にとって彼女は仮初の騎手であり、絶対的な支配下にはない。完全な制御は年若い彼女にはまだ難しかった。
無言のにらみ合いが続く中、騒ぎに気付いた兵士が集まり始めていた。夜の王城の兵士詰所近くに青白く輝いた飛龍が舞い降りたのだから当たり前の反応であろう。
アーニャは夜目の利く視界を見回して軽い舌打ちをする。夜陰に紛れてガイルを襲撃したのは人知れずことを成すためである。これ以上姿を見られると別の問題に発展しかねない。
ガイルを罵るために外していた黒いマスクでアーニャは素早く顔中を覆う。ジルニトラを強く睨んで牽制をしてから獅子人族の少女は素早く暗闇へ姿を隠した。
フィオリナは無意識に張っていた肩から力を抜くと同時に足元が浮遊感に襲われ急激に揺れた。ジルニトラが急にガイルの方へ首を曲げたためフィオリナは立っていた鞍から石畳へと落ちて尻餅をついてしまう。
「キャっ! もうっ、ジル!!」
フィオリナの抗議などどこ吹く風とばかりに蒼鱗の飛龍はガイルを心配そうに覗き込んだ。
白いスカートのお尻の部分についた埃をはたいて立ち上がったフィオリナもガイルへと近寄って側に座る。結局またすぐにスカートが汚れてしまったことを彼女は気にもしなかった。
ジルニトラの大きな頭を押し退けたフィオリナは手慣れた動作でガイルの手首の脈を診る。命に別状はないことに胸を撫で下ろしたが、両腕が赤黒い布で巻かれていることに整った顔をしかめる。
尋問官が行った虐待行為など知る由もないフィオリナは慎重にこの布を取り外した。粗悪な手当てはケガを悪化させることにもなりかねない。
青銀色の瞳を険しく細めながら、腰の革ポーチから薄緑色の液体の入った瓶と綺麗な布を取り出す。布へ薄緑の液体を浸してガイルの腕の傷やこびりついた血をゆっくりと拭うと、ガイルの肌には白い泡が音を立てていた。
女だてらに飛龍の騎士をしているために生傷の絶えないフィオリナは消毒薬や傷薬を常に携行しているだけでなく手当も慣れている。ガイルが痛みに無意識で顔をしかめても手を休めることはない。
腕以外にもあったケガの手当を終える頃には、王城の近衛兵らしき者達も遠巻きに様子を窺い始めていた。
「さすがにそろそろ行かないとマズいかな」
フィオリナは飛龍の騎士として体は鍛えている。かといって鞍の高さまで無意識のガイルを背負って登るのはできそうにない。
言うことをきいてくれるかはわからないけれど、ジルニトラに首を伏せるように合図をしてみる。大人しくガイルの手当を見ていた飛龍は静かに頭を垂れて完全に寝そべった。
「・・・・・・この人達のためだったら素直に従ってくれるんだ。ちょっと悔しいな」
呆れと自嘲の混じった口調のフィオリナがガイルを背中から抱き上げる。野次馬のように見ている兵士を使いたい気もするけれどジルニトラが近寄ることを絶対に許さない。こんなことなら気付け薬も持って来るのだったと後悔をしながら、どうにかガイルを腹這いで鞍に乗せて自分も座ることができた。
「ジル、ゆっくりね」
ガイルの背中に左手を置いたフィオリナが右手でジルニトラの首に軽く触れる。白銀の輝きをまとった蒼鱗の飛龍は、巨体をしなやかに浮かび上がらせると音も無く飛び去った。
アーニャは獣人族最強の獅子人族であるがもちろん空は飛べない。相手が空中にいる間の攻撃は届かない。
けれどそれは大抵の場合は相手も同じ。アーニャの側までやって来なければ直接の攻撃は当たらない。
しかし大きな違いがあるとすれば、相手が常に攻撃の優先権を持っていることと、間接攻撃手段を持っている場合は一方的にアーニャが攻撃されることを意味する。
グリフォンやペガサスといった有翼のもの相手でもアーニャは恐れはしない。飛龍であってもブレス攻撃をしない比較的小型のワイバーン程度なら引き分けることも可能である。しかし目の前の飛龍は明らかに格が違う。頬が自然と引き攣るのをアーニャは止められない。
飛龍の足元にガイルが倒れている。アーニャがこのまま飛龍へ飛び掛かっても飛龍は決して避けないだろう。避ければそのままガイルに襲いかかれるのだから。
攻撃を仕掛ける目標は当然飛龍ではない。鞍に立つフィオリナを狙う。
月光を受けて純白に輝く鎧や籠手などは飛龍の騎士らしい装備に見受けられるが、飛龍に乗せられている感が否めない。気丈に振る舞えるのは飛龍の絶大な力を信頼しているからであって少女自身の力ではないとアーニャは判断した。
フィオリナが立っている鞍の位置はちょっとした町の城壁程度である。獣人の力をもってすれば飛び着けないほどでない。ガイルのいる飛龍の足元へ素早くフェイント攻撃を仕掛けて首を振らせたところで大きく跳躍。鞍の後ろへ回れればフィオリナを背後から噛み殺すことはできそうに思える。
動けないガイルのために蒼鱗の飛龍は空を飛ぶという最大のアドバンテージをわざわざ捨てて、狙ってくださいとばかりに棒立ちになっている。騎手たる少女を殺せるイメージは容易に抱ける。だが、いざ襲い掛かろうとした途端に足がまったく動こうとしない。
理由は本能的にわかっている。アーニャがもっとも恐れる獣人族の王にとても近しい雰囲気とプレッシャーを飛龍が発しているのだ。
フィオリナも百戦錬磨のアーニャが察したとおり余裕があるわけではない。ガイルを守るのが最優先のためこの場所は動けない。
また蒼鱗の飛龍にとって彼女は仮初の騎手であり、絶対的な支配下にはない。完全な制御は年若い彼女にはまだ難しかった。
無言のにらみ合いが続く中、騒ぎに気付いた兵士が集まり始めていた。夜の王城の兵士詰所近くに青白く輝いた飛龍が舞い降りたのだから当たり前の反応であろう。
アーニャは夜目の利く視界を見回して軽い舌打ちをする。夜陰に紛れてガイルを襲撃したのは人知れずことを成すためである。これ以上姿を見られると別の問題に発展しかねない。
ガイルを罵るために外していた黒いマスクでアーニャは素早く顔中を覆う。ジルニトラを強く睨んで牽制をしてから獅子人族の少女は素早く暗闇へ姿を隠した。
フィオリナは無意識に張っていた肩から力を抜くと同時に足元が浮遊感に襲われ急激に揺れた。ジルニトラが急にガイルの方へ首を曲げたためフィオリナは立っていた鞍から石畳へと落ちて尻餅をついてしまう。
「キャっ! もうっ、ジル!!」
フィオリナの抗議などどこ吹く風とばかりに蒼鱗の飛龍はガイルを心配そうに覗き込んだ。
白いスカートのお尻の部分についた埃をはたいて立ち上がったフィオリナもガイルへと近寄って側に座る。結局またすぐにスカートが汚れてしまったことを彼女は気にもしなかった。
ジルニトラの大きな頭を押し退けたフィオリナは手慣れた動作でガイルの手首の脈を診る。命に別状はないことに胸を撫で下ろしたが、両腕が赤黒い布で巻かれていることに整った顔をしかめる。
尋問官が行った虐待行為など知る由もないフィオリナは慎重にこの布を取り外した。粗悪な手当てはケガを悪化させることにもなりかねない。
青銀色の瞳を険しく細めながら、腰の革ポーチから薄緑色の液体の入った瓶と綺麗な布を取り出す。布へ薄緑の液体を浸してガイルの腕の傷やこびりついた血をゆっくりと拭うと、ガイルの肌には白い泡が音を立てていた。
女だてらに飛龍の騎士をしているために生傷の絶えないフィオリナは消毒薬や傷薬を常に携行しているだけでなく手当も慣れている。ガイルが痛みに無意識で顔をしかめても手を休めることはない。
腕以外にもあったケガの手当を終える頃には、王城の近衛兵らしき者達も遠巻きに様子を窺い始めていた。
「さすがにそろそろ行かないとマズいかな」
フィオリナは飛龍の騎士として体は鍛えている。かといって鞍の高さまで無意識のガイルを背負って登るのはできそうにない。
言うことをきいてくれるかはわからないけれど、ジルニトラに首を伏せるように合図をしてみる。大人しくガイルの手当を見ていた飛龍は静かに頭を垂れて完全に寝そべった。
「・・・・・・この人達のためだったら素直に従ってくれるんだ。ちょっと悔しいな」
呆れと自嘲の混じった口調のフィオリナがガイルを背中から抱き上げる。野次馬のように見ている兵士を使いたい気もするけれどジルニトラが近寄ることを絶対に許さない。こんなことなら気付け薬も持って来るのだったと後悔をしながら、どうにかガイルを腹這いで鞍に乗せて自分も座ることができた。
「ジル、ゆっくりね」
ガイルの背中に左手を置いたフィオリナが右手でジルニトラの首に軽く触れる。白銀の輝きをまとった蒼鱗の飛龍は、巨体をしなやかに浮かび上がらせると音も無く飛び去った。
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