万年Aクラスのオッサン冒険者、引退間際になって伝説を残す?

ナギノセン

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45 怒りを抑える必要はない

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 不思議な淡い光に導かれたジルニトラはガイルを背に乗せて月夜へと飛び立った。
 唇を引き締めたガイルが見据えるのは、王都の第一城壁と第二城壁の間の一画。深夜にもかかわらず煌煌と輝く歓楽街である。
 昼間であれば大騒ぎになってもおかしくない守護龍の王都上空飛行も夜の帳の内では目立たない。ガイルは安堵の溜め息を軽く吐いた。

 ジルニトラは迷うことなく翼をはためかせ歓楽街の上空へとやって来た。眼下にある一番大きな建物の塔に寄り添うようにホバリングをする。
 目印の光は半分開かれた窓から頼りなく繋がっている。
 ガイルが慎重に覗き込むと鎖で壁に縛り付けられたパメラと嫌な笑みを浮かべながら彼女の胸を荒々しく揉みしだく若い男が目に入った。

 瞬間、ガイルは無意識に手綱から手を放して何か投げつけられる装備を探した。使い慣れた革鎧であれば内側に投げナイフを数本隠しているのだが、この騎龍用の鎧には備え付けていない。
 何かないかと動かした手に当たったものがある。

「――てめぇ、いい加減にしろよ!!」

 ガイルがそれを掴んで鎧の肩口から外すと力一杯投げつけた。
 一直線に伸びたサファイアブルーの光がイヤらしい笑みを浮かべる男の顔に直撃する。
 ガイルはすかさずジルニトラの背を離れ半開きの窓へ体当たりをして部屋の中へと転がり込んだ。

「な、何だっ!?」

 レックスは窓ガラスの割れる大きな音に後ずさりながら痛い顔面を押さえて部屋の中を見回した。
 彼とパメラのちょうど間にまっ黒な鎧に身を包んだ男が転がり込むとすぐに立ち上がる。腰に佩いた細身の剣を音も無く抜き放つと真っ直ぐレックスに向けた。

 背を向けているので顔は見えない。それに装備も違う。しかしその剣と床に落ちた鮮やかな肩当てを見間違うなんてありえない。
 パメラは大きな翠の瞳をさらに大きくすると涙が急に溢れ出した。

「っ、ガイルっ」
「――悪い、遅くなった」

 小さく嗚咽を繰り返すパメラの声にガイルは怒りが溢れ出す。
 そんな彼の足元でサファイアブルーの肩当てがランプの光の反射を繰り返した。

 怒りは抑える必要はない、だが決して身を任せるな。

 彼の師であるデニスが繰り返した言葉。
 ガイルは小さく息を吐いてゆっくり目の前の男を見据える。
 フィオリナの話では第三王子マティアスが居ると思っていたのだが、ガイルの目に映った細身の青年はマティアスではない。
 王都に暫く住んでいたこともあるので王族の顔くらいはガイルも知っている。
 だとすればパメラをマティアスから買った客ということなのだろうか。

「お前は誰だ? マティアスは何処にいる?」
「貴様こそ何者だ!! このようなことをしてタダで済むと思うな! 私はマティアス王子の側近、バレーヌ男爵家の長子レックスだ!!」

 お楽しみの邪魔をされて激高しているのか、自らの身分や権力によほどの自信があるのか。その両方であろうと思われる名乗りをレックスは声高に告げる。
 この国の王族であるマティアスが相手と意気込んでいたガイルは少し戸惑ったものの直ぐに気を引き締めた。
 レックスは名乗ると同時に近くの机へ駆け寄り置かれた鞭を手にしたからだ。

 レックスと相対するガイルの背後には身動きのできないパメラがいる。
 迂闊に動くことはできないガイルを見越したレックスは素早くガイルの黒鎧を数回打ち据えた。
 乾いた音が石造りの壁に反響する。
 普段から色々な意味で使い慣れているのだろう。黒鎧の左胸の一箇所へ見事に攻撃が集中していた。
 
「今のはもちろんわざとだ。今度はその顔を二目と見れないくらいにしてやる。分かっているだろうが貴様が避ければ後ろのハーフエルフに当たるぞ!」

 レックスの言葉に嘘はない。ガイルが避ければ間違いなくパメラに鞭先は向かうだろう。
 しかしガイルに一切の焦りはない。
 確かに目の前の青年の腕前はかなりのものだろう。だが最上級には程遠い。
 師であるデニスの鞭捌きを思い出したガイルは、場もわきまえず失笑を浮かべる。

「貴様っ――!!」

 ガイルの失笑をバカにされたものと正しく受け止めたレックスは激しく鞭を唸らせた。
 ガイルは巧みに剣の鍔を左右に動かして難なく避ける。

「顔に来ると分かっていれば造作もない」
「くそっ」
「優男な見た目に反して感情的な男だな。もっと冷静になれよ」
「黙れっ! だったらこれでどうだ!!」

 体を横向けにしたレックスはやや大振りに手首を動かす。
 鞭がやっかいなのは、攻撃範囲が広く軌道が曲線も描ける点にある。その気になればレックスは、目の前のガイルを避けて外側からパメラを狙えるくらいの腕前は持っていることを先程示している。
 これまではガイルに向けられていた鞭先が部屋の壁沿い進む。彼の背後で身動きの取れないパメラを狙ったのだ。

「もちろん想定済みだ」

 ガイルは慌てることなく右へ足を踏み出して剣を振り下ろす。パメラの体の直前まで迫った鞭を叩き落した。
 こんなところでデニスのしごきに耐える日々が役に立つとは思っても見なかった。

 彼の師はそれこそ神速とも言える鞭の使い手でもあった。
 ガイルがデニスに弟子入りをした最初の頃は、体を鍛えることと鞭先を避ける訓練をひたすらやらされた。
 剣のような軌道の読みやすい武器より不規則な動きをする鞭のほうが実戦的との理由と、まだ体の出来上がらない少年なので敵に対して力で押し切るよりも、攻撃が当たらないほうが長生きができるとの考えによるものだった。
 おかげでこれまで生き延びている。レックス程度が使う鞭を見切るなど造作もない。
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