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内腿の山百合ーー薄緑の花弁に隠された,蜜の旋律を歌う二人だけの練習曲
第14話:届かぬ聖域,偽物の指と本物の記憶
グレーのシーツの上で,私は喉を震わせながら,彼のジャージの匂いを嗅ぐ。
けれど,最高潮に達する寸前。
ふと脳裏に焼き付いたのは,ベランダでシーツをパンパンとはためかせ,眩しそうに笑っていた彼の横顔だった。
(……あ。だめ……)
窓の外,日光を浴びて淡く光るあのシーツは,さっき彼が洗ってくれたものだ。
彼が丁寧にしわを伸ばし,また私を包むために整えてくれた「神聖な白」。
それに引き換え,いま私が体温を預けているベッドのシーツは,何の変哲もない、冷めたグレー。
逃げ場のない欲情をそのまま写し取ったようなその色は,私の惨めさを助長させ,ひどく虚しい心地にさせた。
明日には実家へ帰省しなければならない。
一度汚してしまったら,洗い直して乾かす時間なんて,どこにも残っていないのだ。
一度止まってしまうと,熱は逃げ場を失って,ただただ不快な疼きへと変わっていく。
私は吐き出すような溜息を漏らし,這いずるようにしてベッドを出た。
やり場のない熱を紛らわすように,私は半ば投げやりな手つきでスーツケースを開いた。
けれど,屈むたびに内腿の付け根が擦れ,あのヒリつくような皮膚の違和感が「昨夜の彼」を強引に引き戻してくる。
(……全然,進まない)
それでも,上田に帰れば「真面目な娘」に戻らなければならない。
私は自分を奮い立たせるようにして,無理やり荷物を詰め込み,スーツケースのジッパーを閉める。
ガチン,という金属音が,私の日常が一旦閉ざされた合図のように聞こえた。
作業を終えても,身体の奥でくすぶり続ける疼きは一向に引いていなかった。
私は床に座り込んだまま,冷たい指先でスマホを手に取った。
『帰りましたか?』
短いメッセージ。
送信。
一分,二分。既読がつかない。
彼は今,電車に揺られながら,家族の待つ実家へと向かっているのだろうか。
明日になれば,私も同じように新幹線に乗って,長野の「娘」に戻らなくてはならない。
お互いに帰るべき場所があるという当たり前の事実が,今はひどく空虚に感じられた。
実家の温かさや規律の中に吸い込まれてしまう前に,この「二人だけの匂い」が消えてしまうのが怖かった。
ーーピコン。
『たった今,家に着いたよ。陽菜さんは? 荷造り終わった?』
届いた返信は,どこまでも「優しい先輩」の体温だった。
本当は,今すぐその腕に抱かれたい。
『荷造り 終わりました』
送信した瞬間に既読がついた。
彼もまた,スマホを離せずにいるのだろうか。
胸の鼓動が速まるのを感じながら,続けてメッセージを送る。
『でも,明日 またすぐに会いたいです』
本当は,今すぐその腕に抱かれたい。
『あはは,僕もだよ。明日,お見送りに行くからね。』
(違う。そうじゃない……)
駅のホームという公衆の面前で,爽やかに手を振って別れるなんて,今の私には耐えられない。
私はグレーのシーツを指先で強く掴み,言い訳を探した。
明日,彼をもう一度この部屋に呼び寄せるための,正当で,清潔な理由。
『明日,駅じゃなくて……最後に一度,私の家に来てほしいです』
返信は,少しの間を置いて届いた。
『荷物,重いもんね。わかった。じゃあ,九時に。少し早めに行くよ。』
彼はただ,私が重いスーツケースを持って駅まで歩くのを心配してくれているのだろうか。
私のこの「わがまま」の裏にある歪な執着に,気づいているのだろうか。
彼が何を考えているのか,今の私にはこれっぽっちも分からなかった。
ただ,「九時に行く」という言葉だけが,暗い部屋で唯一の熱を持っていた。
私はスマホを胸に抱き,ベランダで揺れる真っ白なシーツを見つめた。
外はまだ明るいのに,そのシーツが光を遮り,室内は少し暗い。
スーツケースも閉じた。
明日の約束も取り付けた。
もう、することがなくなってしまった。
何もしていないと,内腿の疼きがまた疼き出し,意識のすべてを支配しようとする。
逃げるようにして,私は少し早いけれどシャワーを浴びることにした。
ワンピースの背中のファスナーに手をかける。
つい数時間前,この部屋の光の中で彼と背中を向け合い,着替えをした時のことを思い出した。
恥ずかしさを誤魔化し,彼に背を向けたあの時間ーー。
もう彼はいないのに,少し恥ずかしく,ワンピースを脱いだ。
……………………………………………………………………………………
お湯が肌を叩く。
もう,十分に身体を洗い流したはずだった。
いくら熱いお湯を浴びても,身体の奥に居座るあの「不快な疼き」だけは洗い流せなかった。
(……だめだ。やっぱり……)
私は目を閉じ,タイルの壁に額を押し当てた。
そしてーー。
シャワーの音にかき消されるようにして,私の「復習」は始まった。
昨夜の彼の手つき。耳元で聞いた,普段の彼からは想像もできないほど低い声。
グレーのシーツを汚す勇気がない私が,独りで,彼がいない場所で行う,自分自身への「偽物による上書き」。
お湯の熱さが,いつの間にか彼の体温にすり替わっていく。
彼のような優しさなんて,もういらない。
私は自らの胸を強引に掴み,彼がつけた痕跡をなぞるようにして,激しく指を動かした。
お行儀の良い大輝先輩への想いとは裏腹に,剥き出しになっていく自分の欲求の強さが,あるいはそのギャップが私をいっそう狂わせる。
「蜜」が溢れ出す,「容れ物」の入り口に指を当てる。
指先が触れた瞬間,トイレットペーパーを当てた時のような,ピリッとした鋭い痛みが走る。
私の粘膜が,私自身の身勝手な侵入を拒むようにヒリついた。
けれど,その痛みが私をいっそう狂わせる。
(痛い。)
痛いのに,止められない。
まずは,一本。
ゆっくりと沈み込ませる。
けれど,指一本では到底足りなかった。
私の身体は,すでに彼のボリュームを,あの充足感を,刻まれてしまっている。
私は指を二本に増やし,より深く,より強引に,昨夜の彼を自分の中に手繰り寄せようとした。
「だい……き……せんぱい……っ,あ,……」
(届かない……。もっと……もっと……!)
けれど,指先が「昨日までの最奥」に触れた瞬間,絶望的な空白に気づいてしまった。
昨夜,彼に貫かれたいちばん深い場所。
そこは,私の指では決して届かない,彼の「芯」だけが届く聖域ーー。
いくら求めても,ここに「彼」はいない。
指先が空虚な空間を彷徨うたびに,独りでは決して埋めることのできない決定的な欠落が,鋭い痛みとなって胸を刺す。
「やだ……っ,いや……っ,いや……っ」
彼に壊された悦びと,彼がいない悲しみ。
相反する二つの感情が溢れ出し,私の目からは熱い涙がボロボロとこぼれ落ちて,シャワーのお湯と混ざり合った。
震える指先を少しだけ曲げる。
それは,絶頂へと至るための,最後の,そしてあまりに健気な努力だった。
昨夜感じた,彼の「芯」の先端にある,あの硬い段差。
それを必死に思い出し,私の指で造った偽物の「芯」が,柔らかな粘膜を容赦なく掻き立てる。
ダムが決壊するように理性が崩れ去り,私は支えを失って,タイルの床に膝を崩す。
それでも私の手を止められない。
私はたまらなくなって,右手をのばして,シャワーヘッドを、逃げるように壁の方へと逸らした。
轟音が遠のき,代わりに耳に飛び込んできたのは,自分の喉から漏れる声。
そして,上下する指先が粘膜を掻き回す生々しい音ーー。
「あ、……っ,ん……っ、は、あぁっ……!」
昨夜の彼が私に与えた衝撃を,無理やり再現しようともがく。
なりふり構わず,指をさらに速く出し入れした。
「だい……き、くん……っ、やだ、……だめ……っ!!」
それは快楽に溺れる声ではないく,届かない場所を求めて彷徨う,飢えた獣のような悲鳴だった。
同時に,下腹部の奥が逃げ場のない力でギュッと収縮し,昨夜の疲労が残る筋肉を容赦なく締め上る。
快楽と鈍痛が泥のように混ざり合い,頭の芯が真っ白に焼ける。
自分の声に追い詰められるようにして,「容れ物」の内側が激しく波打った。
「だいき、くん……っ,んっ……,っ……ああ」
声は形をなさなくなり,ただ掠れた呼気と快楽の音だけが漏れ出す。
ダムが決壊するように理性が崩れ去り,私は支えを失って,タイルの床にガクンと膝をつく。
次の瞬間,人生で二度目となる,あの感覚が湧きあがってきた。
それは,私の意志なんて最初から無かったかのように,下腹部の奥底から逃げ場のない圧迫感となってせり上がってきた。
ーー何かを「出したい」という切実な感覚と,自分の身体から「溢れ出してしまう」という恐怖。
その二つが混ざり合い,限界まで膨れ上がる。
(ドクッ、ドクッ……)
脈打つ鼓動が、行き場を失った熱い塊を外へと押し出そうとする。
耐えきれず,再び喉が震えた瞬間,それは,内側から放たれた。
「ジョォーーーーー」
自分の身体から,こんなにも大量の,そして暴力的なまでの熱が失われていく。
その事実に,私は快楽よりも先に,得体の知れない「化け物」になってしまったような底知れない恐怖を感じた。
膝立ちのまま,指を奥まで突き入れたままの私の手首を,溢れ出した熱いしぶきが容赦なく濡らす。
行き場を失った滴は,自分の体温そのものの生々しい熱さを持って,私の手や太ももをじっとりと伝い落ちた。
その温度が肌をなぞるたびに,まるで自分の内側のいちばん見られたくない場所を剥き出しにされたような,形容しがたい羞恥心に脳が痺れる。
タイルを叩く『ピチャ、ピチャッ」という音。
壁を叩くシャワーのくぐもった轟音を背景に,その音だけが、私の犯した罪の重さのように高く響いた。
逃げ場のない浴室で、私の耳に、脳に、汚らわしく突き刺さる。
無機質な水音とは明らかに違う,私の内側から剥き出しになった熱。
その音が響くたび,私は自分の無様な姿を突きつけられ,次第に深い悦びと羞恥に溺れていった。
「……あ,ああ……っ」
叫びにも似た声が浴室に反響し,腰の奥が再び波打つ。
放出が終わると同時に,身体中の水分とエネルギーがすべて外へ吸い出されたような,奇妙な虚脱感に襲われた。
喉の奥がカラカラに乾き,肺に吸い込む空気さえもが熱を失って乾燥しているように感じる。
指先一つ動かす力さえ奪われ,心臓の鼓動だけが,空っぽになった抜け殻の中で虚しく響いている。
けれど,そこに高揚感は微塵もなかった。
どれほど熱い液体を放出しようとも,指先を曲げて彼の段差を模倣しようともーー。
私の最奥に居座るあの「空洞」は一ミリも埋まらなかった。
むしろ,流れ出た熱の分だけ,私の中の大切な何かが一緒に失われ,身体がスカスカに削られていくような恐怖に、私はただ震えるしかなかった。
床を這うお湯に混じり,私の熱が,渦を巻いて排水溝へと吸い込まれていく。
透明な水の中に溶け込み,跡形もなく消えていくのを眺めていると,私の魂までもが一緒に排水口へと吸い込まれてしまうのではないかという錯覚に陥り,私はたまらなく怖くなった。
私はもう一度,何も考えずに,シャワーで全身を激しく流した。
……………………………………………………………………………………
濡れた身体のまま浴室から転がり出た私には,鏡に映る自分の顔を直視する勇気などなかった。
洗面台の横には,昨日使った二つのバスタオルが掛かっていた。
私は迷うことなく,自分が使った方ではなく,先輩が使った方のタオルを手に取った。
指先から伝わる,彼が使ったという確かな事実。
表面はパリッとしているのに,厚手の布の芯にだけは,まだ彼の体温を吸い込んだままの不快な重みが残っている。
その冷え切った湿り気に顔を埋め,まだそこに閉じ込められている彼の匂いを,肺が痛くなるほど深く吸い込む。
不思議と,さっきまでの激しい動悸が凪いでいく。
肺の奥まで彼の名残で満たされると,ようやく自分を取り戻せたような気がして,私はゆっくりと顔を上げた。
避けていた鏡を,真っ正面から見つめる。
そこには,上気した頬と,潤んだ瞳。
そして……彼によって,あるいは自分自身でさらに深めてしまった、一人の女の全裸があった。
(……悪くない)
中学時代からコンプレックスだった小さな胸も,今は彼の手のひらの感触を覚えている。
鏡の中の自分は,どこか昨日よりも艶っぽく,毒気を含んだ美しさを纏っているように見えた。
ふらつく足取りでキッチンへ向かい,冷蔵庫から冷え切ったペットボトルを取り出す。
指先の冷たさに一瞬だけ現実に引き戻されながら,マグカップにその水を注ぎ,一気に水を飲みほした。
ーー喉の奥を通り抜ける硬い冷気。
それが,まるで身体の深部に居座るあの不快な熱を強引に鎮めてくれる。
「……よし」
独り言が,静かなキッチンに短く響く。
踵を鳴らすような確かな足取りで引き出しに向かうと,薄緑の下着を取り出した。
ーー若草のような淡い色。
下着を引き上げる際,布地が擦れるだけで昨夜からのヒリつきが神経を逆撫でする。
けれど,その痛みがあるからこそ,私は「彼を知っている女」として、自分を誇らしく思えた。
明日の九時,彼がこれを目にすることはないかもしれないけれど,今の私にはこの「特別」が必要だった。
今朝脱ぎ捨てたパジャマに袖を通すと,くたびれた綿の感触が,熱を帯びたままの肌を静かに包み込んでいく。
柔らかな重みに守られながら,私はようやく,大輝先輩の知る「可愛い後輩」へと自分を押し戻すことができた。
ーー昨夜の「本番」と,ひりつくような「復習」。
その両方が、私の肉体を心地よい泥のような疲労感で沈めていく。
私は吸い込まれるようにグレーのシーツに倒れ込んだ。
頬に触れた布地の,容赦ない冷たさに一瞬だけ肩が跳ねる。
パジャマの中の熱を嘲笑うような、孤独なシーツの冷気。
私はその冷たさに逃げるようにして,重い瞼を閉じた。
暗闇の向こう側に,九時のチャイムを鳴らす彼の笑顔が見えた気がした。
けれど,最高潮に達する寸前。
ふと脳裏に焼き付いたのは,ベランダでシーツをパンパンとはためかせ,眩しそうに笑っていた彼の横顔だった。
(……あ。だめ……)
窓の外,日光を浴びて淡く光るあのシーツは,さっき彼が洗ってくれたものだ。
彼が丁寧にしわを伸ばし,また私を包むために整えてくれた「神聖な白」。
それに引き換え,いま私が体温を預けているベッドのシーツは,何の変哲もない、冷めたグレー。
逃げ場のない欲情をそのまま写し取ったようなその色は,私の惨めさを助長させ,ひどく虚しい心地にさせた。
明日には実家へ帰省しなければならない。
一度汚してしまったら,洗い直して乾かす時間なんて,どこにも残っていないのだ。
一度止まってしまうと,熱は逃げ場を失って,ただただ不快な疼きへと変わっていく。
私は吐き出すような溜息を漏らし,這いずるようにしてベッドを出た。
やり場のない熱を紛らわすように,私は半ば投げやりな手つきでスーツケースを開いた。
けれど,屈むたびに内腿の付け根が擦れ,あのヒリつくような皮膚の違和感が「昨夜の彼」を強引に引き戻してくる。
(……全然,進まない)
それでも,上田に帰れば「真面目な娘」に戻らなければならない。
私は自分を奮い立たせるようにして,無理やり荷物を詰め込み,スーツケースのジッパーを閉める。
ガチン,という金属音が,私の日常が一旦閉ざされた合図のように聞こえた。
作業を終えても,身体の奥でくすぶり続ける疼きは一向に引いていなかった。
私は床に座り込んだまま,冷たい指先でスマホを手に取った。
『帰りましたか?』
短いメッセージ。
送信。
一分,二分。既読がつかない。
彼は今,電車に揺られながら,家族の待つ実家へと向かっているのだろうか。
明日になれば,私も同じように新幹線に乗って,長野の「娘」に戻らなくてはならない。
お互いに帰るべき場所があるという当たり前の事実が,今はひどく空虚に感じられた。
実家の温かさや規律の中に吸い込まれてしまう前に,この「二人だけの匂い」が消えてしまうのが怖かった。
ーーピコン。
『たった今,家に着いたよ。陽菜さんは? 荷造り終わった?』
届いた返信は,どこまでも「優しい先輩」の体温だった。
本当は,今すぐその腕に抱かれたい。
『荷造り 終わりました』
送信した瞬間に既読がついた。
彼もまた,スマホを離せずにいるのだろうか。
胸の鼓動が速まるのを感じながら,続けてメッセージを送る。
『でも,明日 またすぐに会いたいです』
本当は,今すぐその腕に抱かれたい。
『あはは,僕もだよ。明日,お見送りに行くからね。』
(違う。そうじゃない……)
駅のホームという公衆の面前で,爽やかに手を振って別れるなんて,今の私には耐えられない。
私はグレーのシーツを指先で強く掴み,言い訳を探した。
明日,彼をもう一度この部屋に呼び寄せるための,正当で,清潔な理由。
『明日,駅じゃなくて……最後に一度,私の家に来てほしいです』
返信は,少しの間を置いて届いた。
『荷物,重いもんね。わかった。じゃあ,九時に。少し早めに行くよ。』
彼はただ,私が重いスーツケースを持って駅まで歩くのを心配してくれているのだろうか。
私のこの「わがまま」の裏にある歪な執着に,気づいているのだろうか。
彼が何を考えているのか,今の私にはこれっぽっちも分からなかった。
ただ,「九時に行く」という言葉だけが,暗い部屋で唯一の熱を持っていた。
私はスマホを胸に抱き,ベランダで揺れる真っ白なシーツを見つめた。
外はまだ明るいのに,そのシーツが光を遮り,室内は少し暗い。
スーツケースも閉じた。
明日の約束も取り付けた。
もう、することがなくなってしまった。
何もしていないと,内腿の疼きがまた疼き出し,意識のすべてを支配しようとする。
逃げるようにして,私は少し早いけれどシャワーを浴びることにした。
ワンピースの背中のファスナーに手をかける。
つい数時間前,この部屋の光の中で彼と背中を向け合い,着替えをした時のことを思い出した。
恥ずかしさを誤魔化し,彼に背を向けたあの時間ーー。
もう彼はいないのに,少し恥ずかしく,ワンピースを脱いだ。
……………………………………………………………………………………
お湯が肌を叩く。
もう,十分に身体を洗い流したはずだった。
いくら熱いお湯を浴びても,身体の奥に居座るあの「不快な疼き」だけは洗い流せなかった。
(……だめだ。やっぱり……)
私は目を閉じ,タイルの壁に額を押し当てた。
そしてーー。
シャワーの音にかき消されるようにして,私の「復習」は始まった。
昨夜の彼の手つき。耳元で聞いた,普段の彼からは想像もできないほど低い声。
グレーのシーツを汚す勇気がない私が,独りで,彼がいない場所で行う,自分自身への「偽物による上書き」。
お湯の熱さが,いつの間にか彼の体温にすり替わっていく。
彼のような優しさなんて,もういらない。
私は自らの胸を強引に掴み,彼がつけた痕跡をなぞるようにして,激しく指を動かした。
お行儀の良い大輝先輩への想いとは裏腹に,剥き出しになっていく自分の欲求の強さが,あるいはそのギャップが私をいっそう狂わせる。
「蜜」が溢れ出す,「容れ物」の入り口に指を当てる。
指先が触れた瞬間,トイレットペーパーを当てた時のような,ピリッとした鋭い痛みが走る。
私の粘膜が,私自身の身勝手な侵入を拒むようにヒリついた。
けれど,その痛みが私をいっそう狂わせる。
(痛い。)
痛いのに,止められない。
まずは,一本。
ゆっくりと沈み込ませる。
けれど,指一本では到底足りなかった。
私の身体は,すでに彼のボリュームを,あの充足感を,刻まれてしまっている。
私は指を二本に増やし,より深く,より強引に,昨夜の彼を自分の中に手繰り寄せようとした。
「だい……き……せんぱい……っ,あ,……」
(届かない……。もっと……もっと……!)
けれど,指先が「昨日までの最奥」に触れた瞬間,絶望的な空白に気づいてしまった。
昨夜,彼に貫かれたいちばん深い場所。
そこは,私の指では決して届かない,彼の「芯」だけが届く聖域ーー。
いくら求めても,ここに「彼」はいない。
指先が空虚な空間を彷徨うたびに,独りでは決して埋めることのできない決定的な欠落が,鋭い痛みとなって胸を刺す。
「やだ……っ,いや……っ,いや……っ」
彼に壊された悦びと,彼がいない悲しみ。
相反する二つの感情が溢れ出し,私の目からは熱い涙がボロボロとこぼれ落ちて,シャワーのお湯と混ざり合った。
震える指先を少しだけ曲げる。
それは,絶頂へと至るための,最後の,そしてあまりに健気な努力だった。
昨夜感じた,彼の「芯」の先端にある,あの硬い段差。
それを必死に思い出し,私の指で造った偽物の「芯」が,柔らかな粘膜を容赦なく掻き立てる。
ダムが決壊するように理性が崩れ去り,私は支えを失って,タイルの床に膝を崩す。
それでも私の手を止められない。
私はたまらなくなって,右手をのばして,シャワーヘッドを、逃げるように壁の方へと逸らした。
轟音が遠のき,代わりに耳に飛び込んできたのは,自分の喉から漏れる声。
そして,上下する指先が粘膜を掻き回す生々しい音ーー。
「あ、……っ,ん……っ、は、あぁっ……!」
昨夜の彼が私に与えた衝撃を,無理やり再現しようともがく。
なりふり構わず,指をさらに速く出し入れした。
「だい……き、くん……っ、やだ、……だめ……っ!!」
それは快楽に溺れる声ではないく,届かない場所を求めて彷徨う,飢えた獣のような悲鳴だった。
同時に,下腹部の奥が逃げ場のない力でギュッと収縮し,昨夜の疲労が残る筋肉を容赦なく締め上る。
快楽と鈍痛が泥のように混ざり合い,頭の芯が真っ白に焼ける。
自分の声に追い詰められるようにして,「容れ物」の内側が激しく波打った。
「だいき、くん……っ,んっ……,っ……ああ」
声は形をなさなくなり,ただ掠れた呼気と快楽の音だけが漏れ出す。
ダムが決壊するように理性が崩れ去り,私は支えを失って,タイルの床にガクンと膝をつく。
次の瞬間,人生で二度目となる,あの感覚が湧きあがってきた。
それは,私の意志なんて最初から無かったかのように,下腹部の奥底から逃げ場のない圧迫感となってせり上がってきた。
ーー何かを「出したい」という切実な感覚と,自分の身体から「溢れ出してしまう」という恐怖。
その二つが混ざり合い,限界まで膨れ上がる。
(ドクッ、ドクッ……)
脈打つ鼓動が、行き場を失った熱い塊を外へと押し出そうとする。
耐えきれず,再び喉が震えた瞬間,それは,内側から放たれた。
「ジョォーーーーー」
自分の身体から,こんなにも大量の,そして暴力的なまでの熱が失われていく。
その事実に,私は快楽よりも先に,得体の知れない「化け物」になってしまったような底知れない恐怖を感じた。
膝立ちのまま,指を奥まで突き入れたままの私の手首を,溢れ出した熱いしぶきが容赦なく濡らす。
行き場を失った滴は,自分の体温そのものの生々しい熱さを持って,私の手や太ももをじっとりと伝い落ちた。
その温度が肌をなぞるたびに,まるで自分の内側のいちばん見られたくない場所を剥き出しにされたような,形容しがたい羞恥心に脳が痺れる。
タイルを叩く『ピチャ、ピチャッ」という音。
壁を叩くシャワーのくぐもった轟音を背景に,その音だけが、私の犯した罪の重さのように高く響いた。
逃げ場のない浴室で、私の耳に、脳に、汚らわしく突き刺さる。
無機質な水音とは明らかに違う,私の内側から剥き出しになった熱。
その音が響くたび,私は自分の無様な姿を突きつけられ,次第に深い悦びと羞恥に溺れていった。
「……あ,ああ……っ」
叫びにも似た声が浴室に反響し,腰の奥が再び波打つ。
放出が終わると同時に,身体中の水分とエネルギーがすべて外へ吸い出されたような,奇妙な虚脱感に襲われた。
喉の奥がカラカラに乾き,肺に吸い込む空気さえもが熱を失って乾燥しているように感じる。
指先一つ動かす力さえ奪われ,心臓の鼓動だけが,空っぽになった抜け殻の中で虚しく響いている。
けれど,そこに高揚感は微塵もなかった。
どれほど熱い液体を放出しようとも,指先を曲げて彼の段差を模倣しようともーー。
私の最奥に居座るあの「空洞」は一ミリも埋まらなかった。
むしろ,流れ出た熱の分だけ,私の中の大切な何かが一緒に失われ,身体がスカスカに削られていくような恐怖に、私はただ震えるしかなかった。
床を這うお湯に混じり,私の熱が,渦を巻いて排水溝へと吸い込まれていく。
透明な水の中に溶け込み,跡形もなく消えていくのを眺めていると,私の魂までもが一緒に排水口へと吸い込まれてしまうのではないかという錯覚に陥り,私はたまらなく怖くなった。
私はもう一度,何も考えずに,シャワーで全身を激しく流した。
……………………………………………………………………………………
濡れた身体のまま浴室から転がり出た私には,鏡に映る自分の顔を直視する勇気などなかった。
洗面台の横には,昨日使った二つのバスタオルが掛かっていた。
私は迷うことなく,自分が使った方ではなく,先輩が使った方のタオルを手に取った。
指先から伝わる,彼が使ったという確かな事実。
表面はパリッとしているのに,厚手の布の芯にだけは,まだ彼の体温を吸い込んだままの不快な重みが残っている。
その冷え切った湿り気に顔を埋め,まだそこに閉じ込められている彼の匂いを,肺が痛くなるほど深く吸い込む。
不思議と,さっきまでの激しい動悸が凪いでいく。
肺の奥まで彼の名残で満たされると,ようやく自分を取り戻せたような気がして,私はゆっくりと顔を上げた。
避けていた鏡を,真っ正面から見つめる。
そこには,上気した頬と,潤んだ瞳。
そして……彼によって,あるいは自分自身でさらに深めてしまった、一人の女の全裸があった。
(……悪くない)
中学時代からコンプレックスだった小さな胸も,今は彼の手のひらの感触を覚えている。
鏡の中の自分は,どこか昨日よりも艶っぽく,毒気を含んだ美しさを纏っているように見えた。
ふらつく足取りでキッチンへ向かい,冷蔵庫から冷え切ったペットボトルを取り出す。
指先の冷たさに一瞬だけ現実に引き戻されながら,マグカップにその水を注ぎ,一気に水を飲みほした。
ーー喉の奥を通り抜ける硬い冷気。
それが,まるで身体の深部に居座るあの不快な熱を強引に鎮めてくれる。
「……よし」
独り言が,静かなキッチンに短く響く。
踵を鳴らすような確かな足取りで引き出しに向かうと,薄緑の下着を取り出した。
ーー若草のような淡い色。
下着を引き上げる際,布地が擦れるだけで昨夜からのヒリつきが神経を逆撫でする。
けれど,その痛みがあるからこそ,私は「彼を知っている女」として、自分を誇らしく思えた。
明日の九時,彼がこれを目にすることはないかもしれないけれど,今の私にはこの「特別」が必要だった。
今朝脱ぎ捨てたパジャマに袖を通すと,くたびれた綿の感触が,熱を帯びたままの肌を静かに包み込んでいく。
柔らかな重みに守られながら,私はようやく,大輝先輩の知る「可愛い後輩」へと自分を押し戻すことができた。
ーー昨夜の「本番」と,ひりつくような「復習」。
その両方が、私の肉体を心地よい泥のような疲労感で沈めていく。
私は吸い込まれるようにグレーのシーツに倒れ込んだ。
頬に触れた布地の,容赦ない冷たさに一瞬だけ肩が跳ねる。
パジャマの中の熱を嘲笑うような、孤独なシーツの冷気。
私はその冷たさに逃げるようにして,重い瞼を閉じた。
暗闇の向こう側に,九時のチャイムを鳴らす彼の笑顔が見えた気がした。
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Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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