亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第5章 エルヴバルム編

時間稼ぎ

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天より轟く雷鳴が稲光を起こしながら地上へと落とされる。
グリゼルとフィリアの二人が今まさに雷の極大魔法――『天魔轟雷』の餌食になろうとしていた。

(こ、こいつ……まさか本当に道連れに俺を……っ! いや、違う!)

始めはフィリアの表情や言動からそう推測していたグリゼルだったが、それは間違いだということに今になって気づく。
雷が落ちようとしているというときに、フィリアの顔から先ほどのすべてを諦めたような顔が消え去り、ニヤリとまるでこの状況下で余裕の顔を見せていた。

その顔にグリゼルは、背筋から伝わる悪寒とともにハッとある予感が頭をよぎる。

「お、お前っ! いったいなにを企んで――」

フィリアに問い詰めようとするが、それは紫音のある言葉によって阻まれることになる。

召喚サモン――『フィリア』」

樹々に拘束されていたフィリアの身体が突如光り出したと思ったら次の瞬間、まるで最初からその場にいなかったかのように忽然と姿を消してしまった。

「っ!?」

あの巨体のドラゴンが突然焼失したことに驚愕を露わにしているのも束の間、上空から眩い光が差し、グリゼルは光の方へ空を見上げた。

「な、なぜ……」

そこには天の怒りの如く雷が落ちてくる光景、そして紫音の姿とその傍らには消えたはずのフィリアの姿が。

「なぜ嬢ちゃんがそこにいる!」

その問いに誰が答えてくれるわけもなく、無情にもグリゼルのもとへ雷が落ちた。

ドオオオオオンッ。

グリゼルの悲鳴が聞こえないほどの激しい轟音が森の中に響き渡り、大地が崩れるほどの爆発が起きた。
同時に雷の閃光が周囲に発せられ、一瞬何も見えないほどの光で視界が奪われた。

十秒ほどの紫音たちにとっては短くも長い時間が流れた後、徐々に視界が晴れていく。
雷が落ちた場所に顔を向けると、そこには煙が立ち込めり、目を凝らしてみると青々としていた地面が一瞬にして焼け野原と化していた。

しかし、それとは別に紫音の目には不可思議に思えるような光景が映っていた。
グリゼルとの戦闘の中にずっと立っていた世界樹だけがビクともせず、まるで魔法の被害が及んでいないように見える。

紫音が放った魔法は広範囲に被害が及ぶほどの強力な魔法だったというのに世界樹だけがまったくの無傷だった。

あれはなにか特別な存在なのか、などと戦闘中にそのようなことを考えてしまったが、すぐに頭を切り替え、グリゼルとの戦闘に集中する。

「これで終わり……なのか?」

「……たぶんね。直撃したならさすがにもう戦えないでしょう。なにせ直撃の寸前までこの私が捕まえていたんだから逃げることも防ぐこともできなかったはずよ」

自信満々に言ってのけるフィリアだが紫音はどうしても素直に喜べずにいた。
言葉にはできないが、紫音には中には嫌な予感だけが渦巻いていた。

「とにかく一度確かめない――うっ!?」

グリゼルの生存を確認しようと前に出たとき全身に痛みが走る。

「はあ……はあ……マズい、これ以上はもう……」

辛そうな表情を浮かべる紫音は、息切れしながら突然自分にかけていた飛行魔法を解除した。
飛ぶ術を失くした紫音は、そのまま地面へと落ちようとするその体をすかさずフィリアが背中でキャッチする。

「紫音、あなた少し無理しすぎよ。その状態でいるだけで魔力を消費しているのにあんな魔法まで使ったらこうなることくらい分かっていたはずでしょう」

「これくらいしないとあいつには勝てないと思ったからやっただけだよ。それに……そのおかげでうまくいっただろう」

「そうね。まさかその指輪がこんなときに役に立つとはね……」

紫音が嵌めている指輪を見ながらフィリアは感嘆の声を上げた。

「魔法による妨害さえなければどこにいても呼べる代物みたいだからな。使いづらいところもあるが、こういう離脱に使うときはかなり使い勝手がいいんだよな」

賢王の指輪は本来、遠くにいる従者を一瞬にして主人のもとへ転送させる転移型の魔道具だが、先ほどのフィリアのように戦闘中に攻撃を回避する手段としても用いることができる。
そのおかげでフィリアが巻き添えを喰わらずに済んだ。

などと紫音とフィリアがそんな話をしているうちに土煙が消えていき、地上の様子が確認できるようになっていく。
グリゼルの様子を確かめるため目を凝らしてじっと見ていると、紫音たちの目に信じられない者が映りこむ。

「な、なんだ……あれ?」

「まさか……あの状況で!?」

紫音たちの視界の先には、巨大な樹の繭の残骸があった。紫音の魔法でボロボロではあるが、ここに来たとき紫音たちが発見したグリゼルの住処と形状が似ているところがあるためすぐにそれが樹でできた繭だということが分かった。

「フィリアが転移したあの後、瞬時に繭を作り、防御していたのか……」

「あんなの本当に一瞬だったはずよ。それなのに……くそ!」

予想外の事態にフィリアは悔しそうに顔をゆがめていた。
紫音もフィリアと同じ気持ちだった。

しかしよく見ると、威力を殺すことに成功したようだが、直撃だけは避けられなかったようだ。
残骸の中からグリゼルの姿を視認できたが、かなりの傷を負っているようだった。
至るところが黒焦げになっており、立っているのもやっとのように見える。

「今のは……さすがに効いたぜ」

まだ倒れる様子のないグリゼルは、息を整えながら空を見上げ、紫音とフィリアの姿を確認すると、バサッと羽を広げた。

「いいぜお前ら! もっと楽しもうじゃねえか!」

地面を強く蹴り上げ、紫音たちに向かって飛翔した。
戦える力が残っていることに紫音たちは驚いたが、今は非常にマズい状況だった。

「く、来るわよ紫音!」

「なあ、どうする?」

フィリアに問いかけるような言い方をしながら続ける。

「これだけ実力を見せつければ試練ももう合格しているはずだ。最初にも言ったが、別に勝敗にこだわらなくてもいいんだぜ」

「バカ言わないでよ。私はね、子どもっていう理由で見下されたまま終われないのよ。やるなら絶対に勝ってやるわ」

「分かった。野暮なこと聞いて悪かったな。……でも俺もそろそろ限界だ。……悪いがフィリア、しばらくの間、時間稼ぎしてくれないか? 俺が回復するまでの間だけ一人であいつと相手にすることになるけど……」

「……問題ないわ。むしろ私にとっては好都合よ」

「それに、もう少しでも完成するはずだからここが正念場だ。勝ちに行くぞこの戦い」

「あたりまえよ!」

意気込みながらフィリアは、地面へと急降下する。向かってくるグリゼルを躱しながら一度紫音を地面へと降ろすと、すぐさま追いかけてきているグリゼルに応戦する。

ドン、ドン。

体当たりのように身体をぶつけ合いながら空を飛び交う。
紫音の魔法で瀕死の状態のはずなのにフィリアと接戦するほどの力がまだ残っていた。

「早く倒れなさいよね!」

「こんな面白れぇ戦い終わりにするわけねえだろ。いい加減あの人間も出せよな。いったいどこに隠しやがった」

どうやら紫音を地上へ逃がしたところを見られなかったようだ。
フィリアにとっては好都合な話だ。紫音は今、戦える状態ではない。紫音が戦線に復帰できるまで今はフィリアが頼みの綱となっていた。

改めてやる気を出したフィリアは、グリゼルを紫音に近づかせないため必死に足止めをしていた。

「しつこいぜ、嬢ちゃん。いくら傷を負っても嬢ちゃんに負けるほど俺もヤワじゃあねえんだよ」

高速で空を移動し、ガラ空きとなっている腹目掛けて拳を振り上げる。

「グハッ!?」

「トドメは俺の能力で終わりにしてやろう」

息をつかせる暇を与えず、グリゼルは自身の能力でフィリアに引導を渡そうとしていた。

「これで終わりだ!」

グリゼル相手に健闘していたが、ここでフィリアは敗退……と思われたが、

「……? な、なぜだ?」

いくらたってもフィリアを仕留めるはずの樹根が出てこない。

(いや、それ以前に樹々たちからの反応がないのはどういうことだ?)

突如発生した異常事態に慌てるグリゼルだが、状況を確認するために地上に視線を移す。

「な、なんだこれは!」

そこには、緑溢れる森の姿など皆無の枯れ果てた樹々たちの姿が見えていた。
葉すらない痩せ干せた枝に幹。触れるだけで崩れてしまうほど脆い樹へと変貌を遂げていた。

「馬鹿な! この森に生えている樹はどれも数百年生き続けている大樹だぞ! 潤沢なマナのおかげで老いることを忘れているものばかりなのにいったいどうやって……」

ありえない事態だが、これほどのことすらやってのける奴をグリゼルは知っていた。

「そうか……。これもあいつの仕業だな。どうやったかは知らぬが、面白いことをやってくれるわ」

紫音を称賛し、笑って見せるグリゼルだが胸中では笑っている場合ではなかった。
この状況、グリゼルの能力を完全に封じられてしまい、紫音への唯一の対抗策を失ってしまったことになる。

「チッ! これ以上、被害が広まらないうちに何としてでも奴を見つけなくては! ……だが、いったいどこに……ん?」

紫音の行方を捜すため左右に視線を動かしていると、ある違和感に気付いた。

(やはりおかしい。……なんだあの樹は?)

地上にあるのは枯れ果てた樹々ばかりだったが、その中でも枯れることなく緑を生やしている樹が二つも存在している。

一つは、グリゼルも見慣れている世界樹。この樹は、どのような影響も受けず、決して傷を付けることすら敵わない樹。
この樹だけはグリゼルの能力でも支配下に置くことはできずにいた。
そういった特性のせいか、世界樹だけは影響を受けず、枯れずにいる。

そして二つ目は周りの樹々ほど高くはないが立派に成長している樹が見える。
しかし、ここに百年以上も住んでいるグリゼルには、見覚えのない樹であった。しかもこの樹は、世界樹と同様、枯れ果てていない。

「見つけたぞ人間!」

証拠はないが、グリゼルの勘がそう訴えかけていた。
明らかに不自然なその樹に対象を移し、一直線に降下した。

「あんたの相手は私よ!」

「邪魔をするな!」

グリゼルの好きにさせないようフィリアが妨害してくるが、それを難なく対処しながら例の樹へと距離を詰めていく。

「さあ、姿を見せろ!」

グリゼルとの距離が近づいてきたところでグリゼルは、緑色の炎をその樹目掛けて放った。
全身に炎が燃え移り、そのまま焼け落ちるかと思われたが、

「っ!?」

突然、樹に生えていた太い枝が、炎を振り払うように動かし始めた。
まるで樹自身に意志でもあるかのように動かしながら炎を叩き落とし、鎮火しようとしている。

目を疑うような光景にグリゼルが驚きを隠せずにいると、まだ鎮火できていない根本部分の樹が突如崩れ落ちる。
どういうわけかそこには、グリゼルがずっと捜していた紫音の姿があった。

「見つけたぞ、人間……」

最愛の人物に会えたような歓喜の声を上げ、顔を綻ばせていた。

「見つかったか……」

まだ回復しきっていない紫音は、グリゼルに見つかってしまい思わずため息を吐いた。
しかしこの危機的状況だというのに紫音は、グリゼルと同様に笑みを浮かべていた。
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