騎士を愛した王女は、呪いで振り子時計になった。

間宮芽衣

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【プロローグ】『恋』を刻む。その代償。

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 カチ、コチ、カチ、コチ…

――今日も私は彼の傍で時を刻み続ける。

 大好きだった彼が、死んでしまうその日まで。

 『あの人とずっと一緒にいさせて。』

国を背負う立場で、愚かにもそう願った私は、『振り子時計』にされてしまった。

 『願い』そのものは叶ったはずなのに。

 どうしてこんなにも苦しいのだろう。


◇◇

 春に生まれた私は、『フローラ』と名付けられた。

 豊穣の女神のように人々を照らす光になりますように、と国王である父が願いを込めて付けた名前だ。

 やがて、私は16歳になった。

「なんて美しい…。」
「まるで、本当に春の女神が舞い降りたようだ。」

輝くような金色の髪に、サファイアのような青い瞳。真っ白な肌に薔薇色の頬。

 人々は私を見る度に、その美貌を口々に褒め称えた。

 今思うと、両親に溺愛され、周囲に褒められて蝶よ花よと育った私は少々我儘な姫に育ってしまったのだと思う。

 心のどこかに『自分の願いは全て叶う。』と奢っていた部分があった。

 そんな私が7歳の頃から密かに好きだったのは、10歳年上の黒髪の近衛騎士のライオネスだった。

 凛々しく誠実だけど、無口でどこか不器用で。

 けれど、時折見せる笑顔が眩しくて。

 彼は、私が緊張している時にいつも『大丈夫。貴女ならやれる。』と密かに声をかけてくれて、いつも心配そうに見守っていてくれた。

 初めての夜会、孤児院の視察、それに災害地の慰問。

 辛い立場の者達の心にきちんと寄り添えるのか不安を抱えていた時、いつも彼が側で心の支えになってくれていた。

 きっと、ライオネスは私の事を妹のようにしか思っていなかったのだろう。

 だが、寡黙だけれど時折見せる優しさに私はどうしようもなく惹かれていったのだ。

「ねぇ、ライっ!大好きよ。私が大きくなったらお嫁さんにしてね。」

 私が無邪気に彼にそう言うと、周りの者達は微笑ましいものを見るように見守ってくれていた。

 両親だけは何とも言えない顔をしていたが。

 当のライオネス本人は困ったように眉を下げるだけだった。

 何度か御礼、と称してこっそり贈り物をしたり、わざと心配させるようなことを言ってみたりした。


 けれど彼が決して敬語を崩すことはなかった。

 きちんと『主従関係である』と線引きするかように。

(…どうして!私はこんなにライオネスの事が好きなのにっ!)


――ある日、私は父である国王に呼び出された。


「其方の結婚が決まった。大国であるローゼンベルクの王、サルマン様が先日の夜会で其方を見染めたようだ。

 …側妃にとフローラを所望している。」


 その言葉に私は呆然と目を見開く。


「…そんなっ!サルマン様は、二十歳以上も歳上ではないですか!それに私くらいの年頃の御子息もいらっしゃったはずっ。…何故っ…」

「フローラ、すまない。大国である彼の国に私が逆らうことは出来ぬ。…民を守る為なのだ。非力な父をどうか許してくれ。」

そう言って父が鎮痛な表情をする。

 …喉がカラカラに乾く。

 父のこんな顔は生まれて初めて見た。


 目の前が真っ暗になった。


 ――その後のことはあまり覚えていない。

 気がつくと私は人気のない王宮内の庭園で呆然と佇んでいた。

 太陽に反射して輝く金髪が風に揺れる。気がつくと、頬に涙が伝っていた。



 顔を上げると、いつの間にか黒いフードを目深に被った謎の男が目の前に立っていた。

「…誰。」

 ここは王族しか入ることが出来ないエリアだ。いくら高位貴族であっても許可無く立ち入る事は出来ない。

「この上なく美しく、そして愚かなお姫様。――願いを叶えてあげましょう。」


 気がつくと風は止み、まるで、虫の羽音一つ聞こえなくなった。

 自分の立っている世界が不自然な程の静寂に包まれている。

 その時の私は何故か正常な判断力を持っていなかった。

 私は愚かにも見知らぬ男に自分の心の内を伝える。

「…私はローゼンベルクに嫁ぎたくない。…ずっとライオネスの傍にいたい。

 …ねぇ!どうか、あの人とずっと一緒にいさせて。」



 心の叫びは空気を震わせ、やがて消えていく。

 その瞬間、男がニイッと口角を上げる。


「貴女の心の叫び、確かに受け取りました。

 …願いを叶えてあげましょう。」

その瞬間、何故か得体もしれない恐怖のようなものを感じた。



 私が声を上げる暇もなく、男の手が私の額に触れ――そして、世界が真っ暗になった。



『望み通り、貴女は彼が死ぬまで彼の傍にいられます。』

『ライオネスが最期に息を引き取るその瞬間まで、彼の隣で時を刻み続けなさい。』

 目を覚ましたとき、私は振り子時計になっていた。
 

(……嘘。)

 美しい彫刻が施された見事な時計の中に、閉じ込められていた。


 カチ、コチ、カチ、コチ…

 
――いやぁあああああああ!!!


 私の悲鳴は声になる事はなく、時計の針は規則正しく時を刻み続ける。


◇◇


 その日、人々の記憶から『春の女神のように美しい姫君』の存在は消えてしまった。


 彼女を溺愛していた国王夫妻はもちろん、彼女が恋をしたライオネスの記憶からも。

 彼女だけがただ1人、全て覚えていた。

 ―― 愛していた人達の顔も、名前も、温かさも。
 
 
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