堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

文字の大きさ
63 / 91
第六章

エミーの先生

しおりを挟む
 エミーとクライドとの婚約が破棄されたちょうどその頃、フルン家では一人の客を迎えていた。

「エミー。婚約を破棄されたからといって、何ら気に病むことはありませんよ。田舎男爵なんかにあなたはもったいないわ。私がもっとあなたにふさわしい、中央の貴族を紹介してあげますからね」

「ドリカ先生……」

「まぁまぁかわいそうに。田舎男爵のためにこんなにあなたが暗い顔をして」

「先生。私の何がいけなかったんでしょうか」

「何も。何もよ、エミー。あなたは何も悪くないわ。そんな田舎男爵のことなど、早く忘れておしまいなさい。そうだわ。これから市場へ出かけましょう。ここは田舎のわりにいいものが揃うと聞いたわ。あなたに何か見繕ってあげましょうね。ドレスがいいかしらね。今中央で流行っているドレスを教えてあげるわね」

 さっきから田舎男爵とうるさい。うちもその田舎男爵家だ。
 コーバスはエミーへ諭すその女の話を聞きながら、内心舌打ちをした。母は全幅の信頼を置いているが、コーバスはこの女が好きではなかった。何かというと中央中央とうるさく、北の辺境のモント領を田舎扱いして下に見る。
 そもそもエミーが希少種のことを奴隷として下に見るのは、この女の教育のせいなのだ。

 婚約破棄のタイミングで現れたのは、本当に偶然だったらしい。あごが尖り、眦のあがった厳しい目つきのその年配の女性は、フルン家の母方の遠い親戚らしい。
 詳しい関係を母からは聞いていたが、ややこしくてあまりコーバスは覚えていない。とにかく、そのドリカと名乗る女性は、フルン家の遠い親戚で、エミーが幼い頃我が家にしばらく滞在し、エミーの教育にあたったこともある。エミーが先生と慕う女だった。

 話では、普段は王宮で働いているそうだが、王宮で何の仕事をしているのか。コーバスは知らない。
 けれど王宮関係者なら、ユリウスのところの希少種の顔を知っている可能性はある。
 知らせてやるなら早いほうがいい。馬でひとっ走りして来るか。コーバスはそろりと立ち上がった。










***









 その日ルカは、リサとはじめて市場に来ていた。モント領館へと真っ直ぐ伸びる大通りの左右に、所狭しと商店が並んでいる。生鮮食品から衣料品、雑貨まで。ありとあらゆるものが溢れている。

「ルカ。ちゃんと付いてきてね。はぐれては大変ですからね」

 リサがルカに服を買いたいとルカを連れ出した。休みで屋敷にいたユリウスは一緒に行こうかと言ったが、休みとはいえ多忙なユリウスだ。書類の山を前にして言われ、ルカは笑って言った。

「リサが一緒だし大丈夫だよ」

「何でも欲しいものはリサに言って買ってもらえよ。髪が長くなってきたから、髪を結ぶリボンなんかもいいんじゃないか」

 ルカの髪はだいぶ伸びた。今では背中にも少し髪がかかっている。
 何着か衣類をリサに選んでもらい、何か見たいものはあるかと聞かれ、ルカは髪のリボンが欲しいとリサに言った。

「あら、いいわね。ルカの黒髪に合うものをいくつか買いましょう」

 ヘアコームなど髪を飾る小物類の置かれた商店にリサはルカを連れて行った。

「まぁ、いいのがたくさんあるわね。こういうの、夢だったのよね。ほら、うちはボブだけでしょう? 男の子って飾りがいがなくって、買い物も楽しくないったら。あ、ルカ。こんなのはどうかしら?」

 リサは次々と商品を手に取ってはルカの黒髪にあてがう。ルカは並んだリボンを見ていたが、一本のリボンに釘付けになった。
 ユリウスの髪と同じ金色のリボンだ。少し太めのリボンで、光沢のある生地がユリウスの金糸の髪にそっくりだ。

「リサ。あれが欲しい」

 ルカは金色のリボンを指さした。今まで黙ってリサの薦めるものを見ていたルカは、初めて欲しいものを口にした。リサは「これね」とすぐさま反応した。金色のリボンを手に取るとルカの髪にあてがい、

「うん。いいわね。とっても似合うわ。これも買いましょうね」

「うん」

 ルカはこそばゆいような気がしたが、素直に嬉しかった。あれをつけたら、ユリウスは何て言うだろう。自分の髪色と同じだと、だからルカが欲しかったのだと気づくだろうか。
 支払いを済ませるリサを待っていると、声をかけられた。

「やぁ、ルカ」

 フォリスだった。今日は珍しくディックが一緒ではない。髪を茶色に染めたディックは、手に大量の布地を抱えていた。

「ディックは? 一緒じゃないの?」

「今日は僕一人なんだ。ちょっとディックに内緒で欲しいものがあったんだ。さっきユリウス様の屋敷にも寄ってたんだけど、ルカが市場に来てるって聞いてさ。会えるかもしれないと思ってたんだ」

「ディックに内緒って。珍しいね」

 二人はいつも一緒で隠し事なんてないのかと思っていた。ルカがそう言うと、フォリスは今回は特別だよと艶やかに笑う。
 ちょうどそこへ支払いを済ませたリサが出てきた。フォリスの抱える大量の布地を目に留め、「あら、もしかして」と口元に手をやった。

「ええ。はい。さっきノルデンさんに診てもらってきました。僕は希少種特有の両性なので、町医者に頼るわけにはいきませんから。しばらくはノルデンさんにお世話になります。ユリウス様にも了承を頂いてきました」

「まぁまぁまぁ。それはおめでとう。フォリス。困ったことがあったら何でも聞いてちょうだいね。きっと力になれるわ」

「はい。ありがとうございます」

「えっと……」

 ルカには二人の会話の意味が全くわからない。はてなを浮かべるとリサが「おめでたよ」と言う。

「おめでた?」

「赤ちゃんができたのよ。フォリスのお腹に。たくさんの布地は、生まれてくる赤ちゃんのためにおくるみやおむつなんかをたくさん作らないといけないからよ」

「あ、えっ? そうなの?」

 ルカはびっくりした。両性は妊娠しにくいと聞いていたけれど、皆無ではない。当然ありえる話だった。

「赤ちゃん、生まれるの?」

「順調にいけばね。今のところ異常はないってノルデンさんには言われた。ディックにはちゃんとわかってから報告したかったからさ。内緒で出てきたんだ」

「ぬか喜びさせたらいけないと思ったのね。フォリスはディック思いなのね。これから準備が大変ね。私も手伝うわよ」とリサ。フォリスは、これから忙しくなるかなと言いながらも嬉しそうだ。

「ありがとうございます。早速帰ってディックに報告してきます」

 フォリスは幸せそうに笑い、大量の白い布地を大事そうに抱えて路地の向こうへ消えた。

「さぁさ、ルカ。私達も帰りましょう。あんまり遅いとユリウス様が心配なさるわ」

「うん」

 答えて何気に通りへと目をやったルカは、そこにありえない顔を見つけ、さっとリサの後ろに隠れた。

「あら、ルカ? どうかしたの?」

「お願い、リサ。そのまま動かないで」

 ルカはリサの背の服をぎゅっと握りしめた。
 ドリカだ。あのつり上がった眦。忘れようもない。王の夜伽を命じられ、準備と称してルカに湯浴みさせたあの王宮の年かさの侍女だ。

「どうして……」

 どうしてこんなところにいるのだろうか。

「あら、エミーがいるわね。それで隠れたの? ほら、こっちに行きましょう、ルカ。店の裏から出させてもらいましょう」

 なぜかドリカはエミーと一緒にいた。リサは、エミーから隠れたのだと勘違いしたが、とにかくドリカの目につかないならば、なんでもいい。リサはルカを通りから隠すように店の奥へと連れて行き、店主に声をかけると裏口から出た。
 裏通りを抜け、待たせていたボブの馬車に乗り込むと、リサはきっちりと扉を閉めた。

「もう大丈夫よ。ルカ?」

 馬車が走り出しても、ルカはリサの背にしがみついた手を離せなかった。ルカの怯え方が尋常ではないと思ったのだろう。リサは「大丈夫よ、ルカ」と何度もルカをなだめた。結局屋敷につくまでルカはリサの服を握りしめていた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

処理中です...