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第一章 天涯孤独になりました
残っていた物
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あまりにも奏があっさり言うものだから、ラズリは一瞬、彼が言った言葉の意味を理解できなかった。
「え……? 待って待って。今なんて言ったの?」
聞き返すと、奏は不思議そうな顔をする。
「聞こえなかったか? 俺は火を消すって言ったんだけど」
やっぱり!
聞き間違いではなかったことに確信を得て、今度はどうするのかと問いを重ねる。
「消すって言ってもどうするの? こんなに大きな炎、多少の水をかけたところで、消すのなんて無理じゃない?」
これを消すとしたら、一体どれだけの水が必要なんだろう?
とても想像できなくて、ラズリは眉間に皺を寄せる。
しかし奏は得意気に腕を組むと、にんまりと笑ってこう言った。
「そこが魔性と人間の違いだろ? まぁ見てろって」
言うが早いか、彼は炎に向かって両手を突き出す。
だが、ふと思い出したかのようにラズリの方を向くと、「力が湧くから俺の腰に掴まってくれ」と言ってきた。
「ええ⁉︎」
なんなの、それ……。
内心で首を傾げながらも、ラズリは言われた通り奏の腰に両腕を回し、しがみ付く。
すると彼の口から「よっしゃ」という声が放たれ、次の刹那、その体から眩しい程の赤い光が放たれた!
「まぶし……」
光の眩しさに思わず目を閉じようとするものの、どうやって炎を消すかが気になり、目を細めることで何とか堪える。
光は徐々にだが確実に炎を呑み込んでいくかのように広がっていき、一面が赤い光に満たされた瞬間──。
奏が両手を左右に広げたと思ったら、目の前の光も綺麗さっぱり消失した。
「嘘……」
その事実が信じられず、ラズリは何度も目を瞬き、ついでに擦ってもみる。
けれど目の前の光景は少しも変わらず、炎と森がすっかりなくなり、焼けた大地が晒されているだけだ。
否、残っているのは焼けた大地だけではない。もう一つ。
あれは、あれは──。
驚きと喜びで身体が震える。
思わずそれに向かってラズリが駆け出そうとすると、不意に奏に腕を掴まれ、引き留められた。
「ちょっ……なに? 離して!」
咄嗟に振り払おうとするも離してくれず、真剣な目を向けられる。
それにどきりとして動きを止めると、奏は神妙な顔つきのまま、残酷な事実を口にした。
「行っても無駄だ。あいつらには既に実体がない。だから、お前の声は届かない」
「どういうこと……?」
意味が分からない。
村は、すぐそこにあるのに。
炎が消え去った後も、ラズリの住んでいた村はなんら変わることなくそこに存在しているのに。
そう考えた瞬間、ラズリはそれが如何にあり得ないことであるかを唐突に理解した。
そう、本来であれば、大きな火事に襲われた村が無傷であることなどあり得ない。あり得るはずがない。
だけれど今ラズリの住んでいた村は、まるで何事もなかったかのように、そこに在る。
あれだけ大きな炎に包まれ、周囲の土地は焼け野原と化しているのに、村だけが、村のある場所だけが何事もなかったかのように、そこに存在しているのだ。
どう考えても、その事実はおかしかった。
「手遅れだったって言ったろ?」
動揺するラズリに向かい、奏が静かに話しだす。
「俺が気付いた時には、もうどうしようもなかったんだが……辛うじて魂がまだ残ってたから、それを再形成して人の形にしたものが、今の村人達だ。恐らく、あまりにも突然命を奪われたために、魂が順応できなかったんだろう」
再形成? 人の形にした?
奏の言葉の意味が分からない。
「……じ、じゃあ村は? 村はどうして燃えてないの?」
「あれは見た目だけだ。俺が焼け落ちる前の状態を、見た目だけ再現して見せているだけに過ぎない」
まぁ……村の中にいる奴等にとっちゃ、そんなの関係ないだろうが。
彼はそう付け足した。
村人達は既に魂だけの存在で実体が伴わないため、実物の村などなくても変わらず過ごして行くだろうと。
「んでも、現実に気付いたやつから消えて逝くだろうから、いつ全員が消えるかは不明だけどな」
それは明日かもしれないし、何年後かもしれない。
しかし、魂は永遠に現世に留まれはしないため、いつかは必ず消える運命にあるのだと彼は告げた。
「そっか……そうなんだね……」
そこで漸くラズリは、少し前に奏が言った言葉の意味に納得した。
『大丈夫と言えば大丈夫だが、大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃない』
あれは、こういうことだったんだと。
村の皆の魂は助けられたけど、身体は無理だったっていうことだったんだ……。
予期せずこんなことになってしまったのは凄く悲しいけれど、皆が苦しんで死んだわけでないのなら、まだ良かったと思える。
今も、何も知らずに生き続けてくれているのなら……。
「でも、一体誰が村に火をつけたの? あれって事故じゃないわよね?」
大好きな人達の現在を知ったことにより冷静さを取り戻したせいか、ラズリは突然火事の原因が気になった。
あんなに大きな火事が、事故なんかで起きる筈がない。
あれは絶対に誰かが故意に起こしたものだ。
恐らく、自分の住んでいた村を燃やすために。
沸々と湧き上がってくる怒りを抑えながら奏を見る。すると彼は、顎でミルドと騎士が倒れている方向を指し示した。
それからラズリの腕を引き、彼等の方へと歩きだす。
「ちょっと、急にどうしたの?」
あの人達が気絶してるうちに逃げなくていいの?
とラズリは思ったのだが。
「理由を知るなら、火を付けた本人に聞くのが一番手っ取り早いだろ。聞かなかったらお前、悶々と悩みそうだし」
図星を突かれ、言葉を失った。
けれどそれが悔しくて、まったく違うことで文句を言う。
「お前って言わないでよね! 私にはちゃんとした名前があるんだから」
少しだけむくれて、勢いよく顔を背けた。尤も、ラズリは奏の斜め後ろにいたため、彼がそれに気付いたかどうかは不明であったが。
そっと横目で奏の様子を窺うと、彼は足を止め、ラズリが視線を感じたと思った矢先、むくれた頬をつままれた。
「ひゃっ、ひゃに⁉︎」
頬を引っ張られているためまともに喋れず、変な言葉になってしまう。
そんなラズリの様子が可笑しかったのか、奏は口角を上げた。
「ふっ……ラズリ可愛いな。これは予想外だった」
「何が予想外なのよ?」
聞き返したが返事はなく、彼は再び歩き出してしまう。
なんだか子供扱いされているような気がしたが、不思議と嫌な気はしなかった。
「え……? 待って待って。今なんて言ったの?」
聞き返すと、奏は不思議そうな顔をする。
「聞こえなかったか? 俺は火を消すって言ったんだけど」
やっぱり!
聞き間違いではなかったことに確信を得て、今度はどうするのかと問いを重ねる。
「消すって言ってもどうするの? こんなに大きな炎、多少の水をかけたところで、消すのなんて無理じゃない?」
これを消すとしたら、一体どれだけの水が必要なんだろう?
とても想像できなくて、ラズリは眉間に皺を寄せる。
しかし奏は得意気に腕を組むと、にんまりと笑ってこう言った。
「そこが魔性と人間の違いだろ? まぁ見てろって」
言うが早いか、彼は炎に向かって両手を突き出す。
だが、ふと思い出したかのようにラズリの方を向くと、「力が湧くから俺の腰に掴まってくれ」と言ってきた。
「ええ⁉︎」
なんなの、それ……。
内心で首を傾げながらも、ラズリは言われた通り奏の腰に両腕を回し、しがみ付く。
すると彼の口から「よっしゃ」という声が放たれ、次の刹那、その体から眩しい程の赤い光が放たれた!
「まぶし……」
光の眩しさに思わず目を閉じようとするものの、どうやって炎を消すかが気になり、目を細めることで何とか堪える。
光は徐々にだが確実に炎を呑み込んでいくかのように広がっていき、一面が赤い光に満たされた瞬間──。
奏が両手を左右に広げたと思ったら、目の前の光も綺麗さっぱり消失した。
「嘘……」
その事実が信じられず、ラズリは何度も目を瞬き、ついでに擦ってもみる。
けれど目の前の光景は少しも変わらず、炎と森がすっかりなくなり、焼けた大地が晒されているだけだ。
否、残っているのは焼けた大地だけではない。もう一つ。
あれは、あれは──。
驚きと喜びで身体が震える。
思わずそれに向かってラズリが駆け出そうとすると、不意に奏に腕を掴まれ、引き留められた。
「ちょっ……なに? 離して!」
咄嗟に振り払おうとするも離してくれず、真剣な目を向けられる。
それにどきりとして動きを止めると、奏は神妙な顔つきのまま、残酷な事実を口にした。
「行っても無駄だ。あいつらには既に実体がない。だから、お前の声は届かない」
「どういうこと……?」
意味が分からない。
村は、すぐそこにあるのに。
炎が消え去った後も、ラズリの住んでいた村はなんら変わることなくそこに存在しているのに。
そう考えた瞬間、ラズリはそれが如何にあり得ないことであるかを唐突に理解した。
そう、本来であれば、大きな火事に襲われた村が無傷であることなどあり得ない。あり得るはずがない。
だけれど今ラズリの住んでいた村は、まるで何事もなかったかのように、そこに在る。
あれだけ大きな炎に包まれ、周囲の土地は焼け野原と化しているのに、村だけが、村のある場所だけが何事もなかったかのように、そこに存在しているのだ。
どう考えても、その事実はおかしかった。
「手遅れだったって言ったろ?」
動揺するラズリに向かい、奏が静かに話しだす。
「俺が気付いた時には、もうどうしようもなかったんだが……辛うじて魂がまだ残ってたから、それを再形成して人の形にしたものが、今の村人達だ。恐らく、あまりにも突然命を奪われたために、魂が順応できなかったんだろう」
再形成? 人の形にした?
奏の言葉の意味が分からない。
「……じ、じゃあ村は? 村はどうして燃えてないの?」
「あれは見た目だけだ。俺が焼け落ちる前の状態を、見た目だけ再現して見せているだけに過ぎない」
まぁ……村の中にいる奴等にとっちゃ、そんなの関係ないだろうが。
彼はそう付け足した。
村人達は既に魂だけの存在で実体が伴わないため、実物の村などなくても変わらず過ごして行くだろうと。
「んでも、現実に気付いたやつから消えて逝くだろうから、いつ全員が消えるかは不明だけどな」
それは明日かもしれないし、何年後かもしれない。
しかし、魂は永遠に現世に留まれはしないため、いつかは必ず消える運命にあるのだと彼は告げた。
「そっか……そうなんだね……」
そこで漸くラズリは、少し前に奏が言った言葉の意味に納得した。
『大丈夫と言えば大丈夫だが、大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃない』
あれは、こういうことだったんだと。
村の皆の魂は助けられたけど、身体は無理だったっていうことだったんだ……。
予期せずこんなことになってしまったのは凄く悲しいけれど、皆が苦しんで死んだわけでないのなら、まだ良かったと思える。
今も、何も知らずに生き続けてくれているのなら……。
「でも、一体誰が村に火をつけたの? あれって事故じゃないわよね?」
大好きな人達の現在を知ったことにより冷静さを取り戻したせいか、ラズリは突然火事の原因が気になった。
あんなに大きな火事が、事故なんかで起きる筈がない。
あれは絶対に誰かが故意に起こしたものだ。
恐らく、自分の住んでいた村を燃やすために。
沸々と湧き上がってくる怒りを抑えながら奏を見る。すると彼は、顎でミルドと騎士が倒れている方向を指し示した。
それからラズリの腕を引き、彼等の方へと歩きだす。
「ちょっと、急にどうしたの?」
あの人達が気絶してるうちに逃げなくていいの?
とラズリは思ったのだが。
「理由を知るなら、火を付けた本人に聞くのが一番手っ取り早いだろ。聞かなかったらお前、悶々と悩みそうだし」
図星を突かれ、言葉を失った。
けれどそれが悔しくて、まったく違うことで文句を言う。
「お前って言わないでよね! 私にはちゃんとした名前があるんだから」
少しだけむくれて、勢いよく顔を背けた。尤も、ラズリは奏の斜め後ろにいたため、彼がそれに気付いたかどうかは不明であったが。
そっと横目で奏の様子を窺うと、彼は足を止め、ラズリが視線を感じたと思った矢先、むくれた頬をつままれた。
「ひゃっ、ひゃに⁉︎」
頬を引っ張られているためまともに喋れず、変な言葉になってしまう。
そんなラズリの様子が可笑しかったのか、奏は口角を上げた。
「ふっ……ラズリ可愛いな。これは予想外だった」
「何が予想外なのよ?」
聞き返したが返事はなく、彼は再び歩き出してしまう。
なんだか子供扱いされているような気がしたが、不思議と嫌な気はしなかった。
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