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第一章 旦那様と仲良くなりたい

私が彼の婚約者!?

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「私がヘマタイト公爵令息様の婚約者に?」

 アンジェラお姉様の駆け落ち騒動があってから、三ヶ月ほど経った頃──なんの前触れもなく、いきなりそんな話が私の元に舞い込んできた。

「ど、どうして私なんかが? お姉様とは見た目から何から全然違うのに!」

 嬉しい気持ち半分、信じられない、不安といった気持ちで頭の中がいっぱいになる。

 だってだって、彼はとてもお姉様のことが好きだった筈。いくら私が血の繋がった妹とはいえ、姉妹であることが疑わしいとつい自分でも思ってしまうほど、お姉様とは似ても似つかないのに。

 動揺する私に、父は落ち着けとばかりにマカロンを差し出してくる。

「……いただきます」

 食べ物の誘惑に勝てず、取り敢えず受け取って、父の向かい側のソファに腰を下ろす。

 こんな物があるなら、最初から出してくれればいいのに、というのは黙っておいた。

「それで、お前が新たな婚約者に選ばれた理由なんだが、元々アンジェラとヘマタイト公爵令息との婚約は政略的なもの──」
「ええっ!?」

 あまりに予想外過ぎて、つい素っ頓狂な声が出てしまう。

 ついでにお父様の話を遮る形になってしまい、怖い目で睨まれた。

 実の娘にそんな目を向けなくてもいいのに……。

 お父様は心が狭いなと思いつつ、私は自分の口を黙らせるためにマカロンを一口頬張る。

 口の中にものを入れてたら、流石に喋ることはないだろう。って、自分で自分の口が信用できないってどういうことだ。私の口は私の意思とは別に動くのか、怖い怖い。

「……聞いているのか?」
「は、はい! ごめんなさい!」

 余計なことを考えていたら、見事にバレて怒られた。

 ちゃんと話に集中しよう。

「つまり、あの二人は政略結婚として縁組みされていたわけだから、アンジェラがいなくなったら別の家──という訳にはいかなくてな。なんせあちらは国内屈指の公爵家だ。だからこそ、その結婚相手は長い時間をかけて様々な要素を検討、吟味したうえで決められている。今からまたそれをやっていたのでは、公爵令息様の成人の儀にとても間に合わない。ならば、我が家門には歳の近い娘がもう一人いることだし、そちらで手を打ってはどうか、ということになったのだ」
「手を打つってそんな……大体ヘマタイト様は納得されたのですか? 婚姻半年前に駆け落ちされた婚約者の家の人間など、普通に考えて嫌なのでは?」

 正論だ、私の口から正論が出た。

 だってそんなの私だったら絶対嫌だ。

 逃げられた婚約者の妹と結婚するだなんて、結婚している限り永遠に自分の黒歴史から逃れられないことになる。

 そんな悪魔のような所業を、傷付いたヘマタイト公爵令息様にするなんて信じられない。それを決めた人達には人の心がないんだろうか……って、お父様もその中の一人なんだった。

 ということは……え~! 私にもその鬼の血が流れているということ? なんだか軽くショックなんですけど……。

 思わず頭を抱えると、やたら神妙な顔で、鬼から二つ目のマカロンを渡された。

 何これ。

 お菓子をやるから話を聞けとか、そういう感じ? どんだけ子供扱いされてるんだ、私は。

 しかも、私がマカロンを受け取るやいなやお父様が口を開くものだから、その疑いが確証に変わってしまう。

 ……まじか。

「グラディス、政略結婚というのはな、本人同士の気持ちなど関係ないんだ。国の為、家の為、心を殺して結婚し、後継ぎを作る。これは貴族である者の義務なんだよ。それが嫌なら裕福な暮らしを捨て、平民になるしかない。平民であれば、ある程度自由に結婚できるからね」
「そんな……」

 若干子供の言い聞かせるかのような語り口調に不満を覚えつつ、貴族の結婚の自由のなさに絶望する。

 いや、私は次女でお姉様ほど貴族の柵に縛られていなかったから、恐らく今まではある程度自由にさせてもらえていたのだろう。

 長女であるお姉様さえきちんとした家に嫁いでお役目を果たせば、我が家門は爵位継承のため縁戚から後継者となる男子を招き入れることができる筈だったのだから。

 家のために大きな役割を果たすのはお姉様の役目であり、私はといえば、適当な爵位持ちの家の方に嫁げれば、それで良かった。

 嫁ぐお相手が貴族でさえあれば、爵位の高さや家柄などは然程関係なく、だからこそ気に入った方の元へ嫁いでくれればそれで良いと言われていたから。

 こんなにも貴族の長子としてのお役目が重いものだとは、思ってもみなかった。

 思ってもみなかったけど、お姉様がいなくなってしまった今、その代わりをする人間が必要なわけで。それに一番適した人間が私だということはつまり、それってどういうこと?

 混乱する頭の中をマカロンの甘さによって落ち着け、お父様の言われたことをじっくりと思い出す。

 政略結婚、国の為、お姉様の代わり、後継ぎ……。

「え、ええええええええええっ!?」

 お父様に言われたことの全てを理解した瞬間、私は大声をあげていた。

「な、なんだグラディス。うるさいぞ」

 人が心底驚いてるのに、「うるさい」は酷くないですか? お父様。

 思わず耳を塞いだお父様 (もう鬼と呼んでもいいかもしれない) に詰め寄ると、私は腕を掴んで揺さぶった。

「だってだって! よく考えたら私、公爵家に相応しい淑女教育なんて受けてませんもの! 確かお姉様は、家庭教師を別に雇って受けていらっしゃいましたよね? ですが私はその間、ただ遊んでいただけですし……だからそんな教育も受けてない私が、いきなり公爵家の嫁になるだなんてそんな……そんなの無理です!」
「あ……あ~……そう言われれば、そんな気も……」

 遠い目をするお父様。

 もうっ! 全然頼りにならないんだからっ。

「とにかく今すぐにでも淑女教育の教師を雇って下さい! それが出来ないならこのお話はお断りして下さい。結婚したはいいけれど、礼儀がなっておらずに即離縁なんてことには、なってほしくないでしょう?」

 そこまで言うと、お父様はハッとして立ち上がった。

「そ、そうだな。いくら離縁されるとしても、貴族として恥ずかしい理由での離縁だけは避けなければならんな、うむ」

 なにやら一人で納得して、足早に部屋を出て行ってしまう。

 今の言い方、なんとなく離縁前提に聞こえたんですけど……と思いつつ、納得できてしまう自分が悲しい。

 ヘマタイト公爵家が欲しかったのはお姉様。

 あの完璧すぎる公爵家御令息であるリーゲル様とも、お姉様だったら釣り合いがとれただろう。実際、学院で一緒にいるお二人を見た時は、そのまま絵にして部屋に飾りたいと思ってしまったし。

 それぐらい、傍目に見てもお似合いの二人だった。

 でも私とじゃ……ただでさえ不幸そうな顔って言われてるのに、最愛の人に駆け落ちされたリーゲル様の不幸を、倍増しにして見せてしまう気さえする。

 せめてせめて私が幸せそうな顔だったなら、そんなこともなかったかもしれないけれど。

 あ、でも私だけ幸せそうでも、それはそれでリーゲル様の不幸が際立ってしまうのか。

 そう考えると難しい……。

 今日寝て起きたら、突然変異でお姉様の顔になってる、なんて奇跡起きないかな。

 起きないよなぁ、絶対無理だよなぁ。

 どんなにマッサージを頑張っても、化粧で顔を変えようとしても、化け物にしかならなかったし……。

 あれは私の黒歴史だ。

 屋敷の使用人達にまで、一律引かれたことは記憶に新しい。

 顔を変えるのが無理なら、とにかくそれ以外を完璧にするしかないよね!

 そうして、リーゲル様が絶対婚約破棄できない、離縁できないような人間になる!

 一度は諦めた恋だったけど、結婚するなら封印を解き放っても許される筈。

 リーゲル様に対する恋心を全開にして、それを原動力に頑張るんだ、私。

 せっかく回ってきたこの機会、絶対に無駄にしない。





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