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第一章 旦那様と仲良くなりたい

記憶のない初夜

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 それからの私は、死に物狂いで頑張った。

 本来なら何年もかけて習う筈の淑女教育(最上級)を、たった半年という期間でこなし、公爵夫人として最低限必要とされる知識とマナーを無理矢理頭と身体に叩き込むことで、なんとか体裁だけは取り繕うことに成功した。

 それでも初めのうちは口を開くとボロが出そうで、婚約者同士の務めでもあるお茶会の際などは、ほぼ会話をせず、お互いひたすら紅茶を飲んで時間を過ごしたが。

 幸いにも、お姉様を失った後のヘマタイト公爵令息様は、まるで魂が抜けてしまったかのように無気力無関心なお人となってしまったため、それでも特に問題はなかった。

 話の内容やら言葉遣いなどの習得が追いつかず、取り敢えず紅茶を美しく飲む所作を優先して学んだ結果がそれであっただけなのだが、ヘマタイト公爵令息様改めリーゲル様は傷心のため動く人形と化していたから、寧ろお互いにとって好都合だったように思う。

 私としては、できることなら婚姻前に少しでもリーゲル様とお近付きになっておきたかったけれど、教育が行き届かぬまま淑女らしくない発言をして嫌われる──などという憂き目には遭いたくなかったから。

 それぐらいならお茶会は無言でやり過ごしてでも、めでたく夫婦となった後に距離を詰めればいい、という方向へ転換していた。

 婚約者同伴での出席が条件とされる夜会などは、それこそ心無い噂話や妬み、蔑み、憐れみといった、ありとあらゆる視線、やっかみを受けまくったけれども、そんなものは全然、まったく、なんともなかった。

 そもそも私は、小さい頃からずっとアンジェラお姉様と比較され、揶揄われたり虐められたりしてきたのだ。

 今更他の悪意ある感情や行為が追加されたところで、言われる嫌味もされる嫌がらせも内容は以前からのものとほぼ変わらない。

 寧ろ逆に (もっと違うレパートリーはないものなのかしら?) と思ってしまった程だ。

 この内面の強さが、少しでも表──主に顔──に出てくれないものかと思い、鏡に映る自分の顔を細部まで食い入るように日々何度も確認し、その兆候が少しもないことに落胆を繰り返す毎日を過ごしたりもしたが。

「性格は顔に出るなんて誰が言ったんだろう……。それが本当なら、今頃私は人類最強の顔をしていそうなのに」

 言ってから、人類最強は怖すぎるから流石にそこまでは顔に出なくてもいいかな、と思った。

 そんなこんなで結婚式の準備も──ほぼリーゲル様抜きで──滞りなく進め、沢山の人達──公爵家との付き合いのため、義理や義務で出席してくれた人達が大半だった──に見つめられながら、初恋の人との結婚式を幸せいっぱいで終わらせた私だったのだけれど。

 まさか、まさか新婚初夜のベッドの上で、お決まりの科白を吐かれることになろうとは。夢にも思って……いなかったわけじゃない。

 正直な話、言われるだろうな、言われるかもしれない、言われなかったらいいな、ぐらいには思っていた。

 でも、お姉様がいなくなってからというもの、私との結婚式の最中ですらリーゲル様は動く人形のままだったから、初夜もそのままの状態で終わるのかなぁ? とか、もしかしてこの人一生このままなのでは? とか、そもそも気持ちのない人形に初夜なんてできるのか? なんて不敬ともとれる失礼な事を考えていたのも事実だ。

 それなのに、彼の口から出た言葉がだったなんて。

 衝撃だった。

 あまりにも衝撃的すぎて、逆に物凄く冷静な声で返答してしまった記憶がある。

 自分の全ての希望的観測を木っ端微塵に打ち砕かれた私の頭の中は、動揺を通り越して真っ白だったから、その後自分がリーゲル様に何を言って、何を言われたのか全く覚えていない。

 ただ、朝目が覚めたら夫婦の寝室のベッドにいたから、そのままそこで眠ってしまったことだけは間違いないだろう。

 ではリーゲル様は? 彼は一体どこで寝たんだろう?

 きっと自室のベッドだろうけど、それだと初夜を済ませなかったことが使用人達にバレるから、昨日だけは我慢して隣で寝たのかもしれない。

 公爵家嫡男が白い結婚で許される程、世の中甘くないから。

 まぁどっちにしろ私が先に寝てしまったのでは、その答えは知りようもないし、確かめようもないけれど。

 もしもリーゲル様が私と同じベッドで寝ていたら、寝顔だけでも拝めたかもしれない。リーゲル様大好きな私は、それだけで一生生きていけたかもしれないのに! と思うと悔しさが込み上げてくる。

 でも、流石にそれは大袈裟か。寝顔だけで一生は無理。……笑顔ならいけるかもしれないけど。

 寝起きのわりに意外と冷静な判断をくだした私は、そこでえいやっと起き上がった。

 そろそろ横になっているのも飽きてきたし、なによりお腹が空いた。

 恐らく今日は初夜の次の日ということで気を遣って誰も起こしにはこないだろうから、自分で人を呼ばなければご飯も食べられない。

 本当に昨日リーゲル様と初夜を済ませることができていたなら、今頃はきっと胸がいっぱいでご飯なんて食べられなかったかもしれないけど、残念なことに私のお腹は今、激しく空腹を訴えていた。

 ベッドサイドに置いてある時計で時間を確認し、そこに置いてあるベルを鳴らして侍女を呼ぶ。

 初夜の次の日にしては起きるのが早すぎる気もするが、実際のところ何もなかったのだから仕方がない。

 昨日リーゲル様にお決まりの科白を言われた後に、今後の結婚生活のことを質問しておけば良かった。

 ……というか確か『政略結婚という名の契約結婚』って言ってたよね?

 契約? 契約ってなに?

 そこら辺の内容全然覚えてないんですけど……。

 というか、それについての説明を聞いた記憶が全くない。

 なんで? どうして? 何故に私は昨日のことをほぼ何も覚えていないの? いくら結婚式で疲れていたとはいえ、ついでに初夜のベッドの上で言われた言葉がショックだったからって、こんなの怖すぎる……!

 思わず眉間に皺を寄せたタイミングで扉がノックされ、我に返る。

 返事をすると、可愛らしい侍女が姿を現した。

「おはようございます奥様。私は本日より奥様付きの侍女を任ぜられましたポルテと申します。誠心誠意お仕えさせていただきますので、今後ともよろしくお願い致します」
「丁寧な挨拶どうもありがとう。こちらこそよろしくね」

 見たところ年齢も私と然程変わらない、素直そうな女の子だ。

 くりっとした大きい目が可愛らしく、昔の侍女風におさげにされた茶色の髪が、お辞儀とともに跳ねるのが愛らしい。

 政略結婚ということで結婚後は冷遇される心配もしていたけれど、この侍女を見る限りそっちの心配は必要なさそうで安心する。

 私はほっと息を吐くと、支度をするためベッドから足を下ろした。





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