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第三章 旦那様はモテモテです

部屋付きメイド

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「奥様、昨日の夜会は如何でしたか?」

 夜会を終えた翌朝、私の身支度を手伝いながら、わくわくした顔で聞いてきたのは侍女のポルテだ。

 昨日は、馬車で邸宅へ帰って来た時も、リーゲル様にお姫様抱っこされた状態で部屋へと運ばれたため、使用人達の視線がとても生温いものだった。

 となれば当然聞かれるものと思っていたけれど、まさか初っ端から聞いてくるとは。

「ねえポルテ。その話は朝食の後でも良いかしら? 話せば長くなると思うし、今はそこまで時間はないでしょう?」

 起き抜けに恥ずかしい話はしたくなくて、そう誤魔化してみたけれど。

「昨夜旦那様が、奥様は疲れているから今日は朝寝坊してもいいように、朝食は別にすると仰ってました。ですから、時間は気にされなくとも大丈夫ですよ」

 旦那様はすっかりお優しくなられましたね、と、いい笑顔で言ってくる。

 リーゲル様……私を気遣ってくれるのは有り難いのですけれど、そのお気遣いは無用でしたよ?

 そうと知ってたら、もう少しベッドの中でグダグダしていたのに。

「え~と……それじゃあ、折角だから私はもう一度寝直そうかな。昨日は本当に疲れちゃって、まだ身体も怠いし……」
「嘘ですね」

 キッパリと言い切られ、私はギクリと肩を揺らした。

「私が呼ばれて部屋に来た時、奥様はとても清々しい顔をしておられましたよ? 『久し振りにいっぱい体を動かしてぐっすり眠って、今日はなんだかとっても気分が良いの』と仰っていましたが」

 だらだらだら。

 内心で冷や汗をかきまくる。

 そう言われれば言ったような気もするけれど、何でそんなことを言ったんだ私。自分で自分を追い詰めているじゃない。

「えっと……ポルテ、申し訳ないけど、昨日はそこまであなたを喜ばせるようなことはなかったわよ?」

 ダメ元で言ってみた。

 けれど、結果は当然──。

「も~……奥様ったら照れなくてもよろしいのに!」

 バシッと背中を叩かれた。

 ポルテ……痛いわ。

「奥様は昨日、旦那様にお姫様抱っこされてお帰りになられたじゃないですか。私はあの光景を見て、お二人の仲が夜会によって更に深められたんだと喜ばしく思っておりました。奥様を抱えた旦那様は素敵でしたが、その腕の中で旦那様に寄り添う奥様がもう……微笑ましすぎて」

 どこからかハンカチを取り出し、ポルテが目元を拭う真似をする。

 けれど、それは勘違いだ。

 あの時の私はリーゲル様に寄り添ってたんじゃなくて、疲れ切ってぐったりしてたんだから。

 ついでに使用人達の生温かい視線に晒されるのが恥ずかしくて、顔は隠してただけだからね?

「奥様……本当にようございましたね……」

 不意に別の声が部屋の端の方から聞こえ、驚いてそちらを振り向くと、そこでは部屋付きのメイドが号泣していた。

 え、なに? これ号泣までされる案件なの?

 二人の態度にかける言葉が見つからず、私はぽかんと口を開けてしまう。

 すると、私の戸惑いを察したらしいポルテが、部屋付きのメイドを私の側へと連れて来た。

「此方は部屋付きメイドのジュジュです。経験不足な私だけでは奥様の力になりきれないと思い、以前から密やかに、色々と相談しておりました。ですので彼女も、奥様の涙ぐましい努力を知っています。私と奥様の仲間です」
「そ、そうなの。それはどうもありがとう……」

 仲間って……ちょっと意味が分からないけど、とりあえずお礼を言っておく。

 ジュジュも私の恋をポルテと同じように応援してくれているということなのよね?

 今まで気にしたことはなかったけれど、部屋付きのメイドはいつもこの部屋にいるのだから、今までの私とポルテのリーゲル様に関する云々カンヌンは、全て聞かれていたということになる。

 自分達以外に人がいるとは思っていなかったから、普通に大きな声で話していたし、この部屋以外では捻挫した時ぐらいしかその手の話をしたことはないから。

 今の今まで、よく何も言わずに気配を消していたものだと感心する。でも、いたならいたで一言言ってくれても良かったような……その存在に気付いていなかったこっちも悪いとは思うけれど。

「奥様、あなた様の考えていることは手に取るように分かります。なぜあたくしがこれまで無言でいたか、なぜ盗み聞きのような真似をしていたかを知りたいとお思いですよね?」
「え、ええ。そうだけど……」

 なに? この人私の考えてることが読めるの? 怖い。

「怖がらないで下さい。部屋付きのメイドとは、主人から言葉をかけられない限りは喋らず、動かず。そのように仰せつかっているものですから」
「そうなの!?」
「あたくしの場合は同時に奥様の護衛も仰せつかっておりますから、特にその傾向が強いかと」
「そ、そっか。私の護衛まで……どうもありがとう」

 それしかもう言えなかった。

 部屋付きメイドがそんなに厳しいものだとは思わなかったし、それと並行して私の護衛までさせられてるなんて。

 ん? でも護衛だったら普通、転びそうになったら助けてくれたりするんじゃないの?

 この前私、普通に転んで捻挫したんだけど?

 あれ? と思って首を傾げると、またも私の考えを読んだらしい──なんで読めるの!?──ジュジュが、無表情でこう言った。

「誤解されないよう言っておきますが、護衛は危険なものから奥様を護るのが仕事であり、躓いたり転んだりといったご本人様の不注意から発生する事故については、一切責任を負いませんのであしからず」

 不注意で転んで悪かったわね……。

 恐らく嫌味で言ったわけではないだろうから、その言葉は口にしない。

 あの時は普段よりかなり早起きしていたし、一人ダンスの途中でいきなり転んだから、助けるのはどう考えても無理だっただろうから。

「で? 奥様、で? 昨日は夜会で何があったんですか?」

 もう待ちきれないと言うように、ポルテが前に乗り出してくる。

 ジュジュの登場で忘れたかと思ったけど、やっぱり無理だったか……。

 流石に手強いわね、と思いつつ、もう一度ジュジュに話を振ってみた。

「ちなみに、ジュジュは何歳なのかしら?」
「あたくしは現在28歳。7つ年上の旦那様と、8歳になる男の子をもうけておりまして、ヘマタイト侯爵家へは12の時から仕えさせていただいております」
「なるほど。それは確かに人生経験豊富そうね……」

 まさか28歳だとは思わなかった。

 私より二、三歳上ぐらいかな? と思っていたのに。

「今後はあたくしも、ポルテと心を同じくして奥様をお助け致しますので、大船に乗ったつもりで頼りにして下さいませ」

 女性にしては背が高いジュジュが胸に手を当て、騎士の礼をとる。

 いや、あなたメイドでしょ? メイド……だよね?

 混乱する私をよそに、ポルテが笑いながら言う。

「ジュジュまた間違ってる! それはメイドじゃなくて騎士の礼だってば。今は騎士じゃなくてメイドでしょ? メ・イ・ド」
「騎士の姿でお辞儀をすることの方が多いので……申し訳ございませんでした」

 と、今度は普通にお辞儀をしてくれたジュジュだったけれど。

 メイドなのに騎士の姿になるってどういうこと? と、私の頭の中は疑問でいっぱいだった。





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