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第七章 旦那様の幸せ
アンジェラの暴走
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「は……はああああっ!?」
握り潰された離縁届を凝視し、アンジェラは大声を上げて立ち上がった。
この男、正気なのっ!?
一体何の為に、自分がこんな茶番を始めたと思っているのか。可愛い妹を救う為、筆頭公爵家の体裁を保つ為、色々と考えた結果だというのに。
「どうして貴方は、何もかもぶち壊そうとなさいますの? それにサインさえいただければ、貴方とグラディスは円満に離縁出来るのですよ? そうしてわたくしと婚姻しなおせば、貴方の望む公爵家としての体裁は完璧なものになるのです。なのにどうして、離縁届を握り潰してしまいますの!?」
本当に、訳が分からない。この男は、何を考えているのだろう?
探るように見つめるが、目の前の男は離縁届をグシャグシャに丸める事だけに集中しているようで、一言も発しない。
何故──?
自分は何ら間違った事は言っていない。自分の提案こそが最善で、最良のものである筈なのだ。なのに何故、彼はそれを拒むのか。
「理由……理由をご説明いただかなければ納得できませんわ。グラディスを公爵家の為に体よく利用しておきながら、離縁しない理由とは何なのです? 妹は既に十分過ぎるほど公爵家に尽くしてきました。ですからもう解放して下さっても宜しいではありませんか!」
その為に、自分はこうしてこの国へと戻って来たのだから!
けれど、彼は答えない。
限界まで小さく丸めた離縁届を握りしめ、俯いている。
このままでは埒が開かないわ──。
グラディスとの事に関し、全く口を開こうとしないリーゲルに業を煮やし、アンジェラは鞄を持って出口へと向かう。
「何処へ行く?」
退出しようとした寸前、背後から声を掛けられ、内心で舌打ちした。
「答える義理はありませんわ」
此方の質問や言葉には一向に答える気がないくせに、其方からは質問をしてくるなど、どれだけ人を馬鹿にしたら気が済むのだろうか。
学院にいた頃は、まだもう少し人の心が分かる人だと思っていた。だが、それは恐らく思い違いであったのだろう。自分には人を見る目がなかったのだなと、アンジェラは冷静に分析した。
取り敢えず、グラディスを連れ帰らなければ。
出来るなら離縁させてから連れて行きたかったが、こうなってしまっては仕方がない。向こうに離縁する気がないのなら、強制的に引き離すまでだ。
今は離縁を渋っていても、グラディスを連れ出し、二度と公爵家へ近寄らせないようにすれば、リーゲルとて諦めるしかない筈。それでも国内にいれば見つかる可能性が高いことは分かっているから、国外へと逃す算段もつけてある。
「もうこれ以上、妹を好きにさせるものですか」
幼い頃から、弱い妹をずっと自分が守ってきた。当然一人では守り切れずに、幾度も悪意に晒された妹を、どうにかして幸せにしてあげたい、どうしたら幸せにしてあげられるのかと考え続けた。
そして、もしも自分がいなくなれば──自分の影としてしか扱われていなかったグラディスが、陽の目を見る事があるかもしれない。そんな馬鹿な考えをした結果、不幸のどん底に叩き込んでしまうだなんて、思いもしていなかったが。
「グラディスごめんね……」
謝っても許されることでないのは分かっている。だからこそ、今からでも出来る精一杯の事をしてあげようと思い、此処へやって来たのだ。
しかしここで、アンジェラは大切な事が頭から抜け落ちていた事に気が付いた。
それは、可愛い妹を助け出しに行くうえで、最も大切な事。
「……そういえば、グラディスの部屋って何処なのかしら?」
国内屈指の大きさと広さを誇るヘマタイト公爵邸。当然ながらその部屋数は、数えきれない程にある。
通常であれば、邸の当主と当主夫人の部屋は最上階、若しくは邸の中心にあるのだが、形だけの夫婦であったグラディスの私室が、当主夫人の部屋であるとは限らないわけで。加えてリーゲルの私室の在処も、アンジェラはハッキリとは知らない。
これではグラディスを迎えに行きたくとも、右へいけば良いのか、左へ行けば良いのかも分からず、もっと言えば、上と下、どちらへ行けば良いのかさえも分からないのだ。
邸の主人であるリーゲルを無視して部屋を出てきてしまった為、邸内を案内してくれる使用人すらも付けてもらっていない。
完全に自業自得ではあるが、アンジェラは決断早く、応接室へと戻るべく踵を返した。
ここで変な意地を張って、むやみやたらに探したところで、グラディスの部屋を見つけられる保証はない。だったら、頭と口の固い男は無視して、適当な使用人を懐柔し、案内させた方が格段に効率的と踏んだのだ。
「あの男に気付かれないよう、上手く言って連れ出さないと……」
応接室に使用人は数多くいたが、自分の目的を知られたら、リーゲルに阻止される可能性がある。
何よりも体裁を重んじる筈のあの男が、何故グラディスとの離縁を拒むのかは分からないけれど、理由を言わないのなら、此方だって従ってなどやらない。
グラディスを幸せにしてあげられそうな相手は、もう既に自分の方で見繕ってあるのだから。
「可愛い妹は、必ずわたくしが幸せへと導いてみせるわ」
絶対に、邪魔はさせない。
そう独りごちるアンジェラは、自分こそがグラディスの幸せを粉々に打ち砕こうとしていることに、全く気付いてはいなかった。
握り潰された離縁届を凝視し、アンジェラは大声を上げて立ち上がった。
この男、正気なのっ!?
一体何の為に、自分がこんな茶番を始めたと思っているのか。可愛い妹を救う為、筆頭公爵家の体裁を保つ為、色々と考えた結果だというのに。
「どうして貴方は、何もかもぶち壊そうとなさいますの? それにサインさえいただければ、貴方とグラディスは円満に離縁出来るのですよ? そうしてわたくしと婚姻しなおせば、貴方の望む公爵家としての体裁は完璧なものになるのです。なのにどうして、離縁届を握り潰してしまいますの!?」
本当に、訳が分からない。この男は、何を考えているのだろう?
探るように見つめるが、目の前の男は離縁届をグシャグシャに丸める事だけに集中しているようで、一言も発しない。
何故──?
自分は何ら間違った事は言っていない。自分の提案こそが最善で、最良のものである筈なのだ。なのに何故、彼はそれを拒むのか。
「理由……理由をご説明いただかなければ納得できませんわ。グラディスを公爵家の為に体よく利用しておきながら、離縁しない理由とは何なのです? 妹は既に十分過ぎるほど公爵家に尽くしてきました。ですからもう解放して下さっても宜しいではありませんか!」
その為に、自分はこうしてこの国へと戻って来たのだから!
けれど、彼は答えない。
限界まで小さく丸めた離縁届を握りしめ、俯いている。
このままでは埒が開かないわ──。
グラディスとの事に関し、全く口を開こうとしないリーゲルに業を煮やし、アンジェラは鞄を持って出口へと向かう。
「何処へ行く?」
退出しようとした寸前、背後から声を掛けられ、内心で舌打ちした。
「答える義理はありませんわ」
此方の質問や言葉には一向に答える気がないくせに、其方からは質問をしてくるなど、どれだけ人を馬鹿にしたら気が済むのだろうか。
学院にいた頃は、まだもう少し人の心が分かる人だと思っていた。だが、それは恐らく思い違いであったのだろう。自分には人を見る目がなかったのだなと、アンジェラは冷静に分析した。
取り敢えず、グラディスを連れ帰らなければ。
出来るなら離縁させてから連れて行きたかったが、こうなってしまっては仕方がない。向こうに離縁する気がないのなら、強制的に引き離すまでだ。
今は離縁を渋っていても、グラディスを連れ出し、二度と公爵家へ近寄らせないようにすれば、リーゲルとて諦めるしかない筈。それでも国内にいれば見つかる可能性が高いことは分かっているから、国外へと逃す算段もつけてある。
「もうこれ以上、妹を好きにさせるものですか」
幼い頃から、弱い妹をずっと自分が守ってきた。当然一人では守り切れずに、幾度も悪意に晒された妹を、どうにかして幸せにしてあげたい、どうしたら幸せにしてあげられるのかと考え続けた。
そして、もしも自分がいなくなれば──自分の影としてしか扱われていなかったグラディスが、陽の目を見る事があるかもしれない。そんな馬鹿な考えをした結果、不幸のどん底に叩き込んでしまうだなんて、思いもしていなかったが。
「グラディスごめんね……」
謝っても許されることでないのは分かっている。だからこそ、今からでも出来る精一杯の事をしてあげようと思い、此処へやって来たのだ。
しかしここで、アンジェラは大切な事が頭から抜け落ちていた事に気が付いた。
それは、可愛い妹を助け出しに行くうえで、最も大切な事。
「……そういえば、グラディスの部屋って何処なのかしら?」
国内屈指の大きさと広さを誇るヘマタイト公爵邸。当然ながらその部屋数は、数えきれない程にある。
通常であれば、邸の当主と当主夫人の部屋は最上階、若しくは邸の中心にあるのだが、形だけの夫婦であったグラディスの私室が、当主夫人の部屋であるとは限らないわけで。加えてリーゲルの私室の在処も、アンジェラはハッキリとは知らない。
これではグラディスを迎えに行きたくとも、右へいけば良いのか、左へ行けば良いのかも分からず、もっと言えば、上と下、どちらへ行けば良いのかさえも分からないのだ。
邸の主人であるリーゲルを無視して部屋を出てきてしまった為、邸内を案内してくれる使用人すらも付けてもらっていない。
完全に自業自得ではあるが、アンジェラは決断早く、応接室へと戻るべく踵を返した。
ここで変な意地を張って、むやみやたらに探したところで、グラディスの部屋を見つけられる保証はない。だったら、頭と口の固い男は無視して、適当な使用人を懐柔し、案内させた方が格段に効率的と踏んだのだ。
「あの男に気付かれないよう、上手く言って連れ出さないと……」
応接室に使用人は数多くいたが、自分の目的を知られたら、リーゲルに阻止される可能性がある。
何よりも体裁を重んじる筈のあの男が、何故グラディスとの離縁を拒むのかは分からないけれど、理由を言わないのなら、此方だって従ってなどやらない。
グラディスを幸せにしてあげられそうな相手は、もう既に自分の方で見繕ってあるのだから。
「可愛い妹は、必ずわたくしが幸せへと導いてみせるわ」
絶対に、邪魔はさせない。
そう独りごちるアンジェラは、自分こそがグラディスの幸せを粉々に打ち砕こうとしていることに、全く気付いてはいなかった。
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