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第七章 旦那様の幸せ
出て行きます
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ポルテから聞いた駆け落ち後のお姉様の話に、私は少なからず衝撃を受けた。
「そう……なの。お姉様に、そんな事が……」
お姉様のお相手は、駆け落ちする程お姉様を好きであったのにも関わらず、駆け落ち後程なくして浮気をしたらしい。しかも、たった一度の過ちにより、お子が出来てしまったのだとか。
お相手の方は平身低頭お姉様に謝罪をされ、お姉様を愛するあまりの過ちだったのだと仰られたそうだ。余りにも美しいお姉様を穢してはいけないという気持ちと、それでも抑え切れない男としての欲望との狭間で悩みに悩んだ結果、誘惑に負けてしまったと。
しかも、そうしてお子まで授かっておきながら、真に愛するのはお姉様だけで、浮気相手とは金輪際関わらないと誓われたそう。そんな誓いなど、何の気休めにもならないでしょうに。単に自分がそう誓うことで、楽になりたかっただけなんでしょうね。
兎も角そんな誓いを立てられ、だから許して欲しいと懇願されたそうだけれど、お姉様は「授かった命に責任をおとりなさいな」と言って切り捨てたみたい。そりゃあそうよね。浮気して子供まで作っておきながら、何の責任も取ることなく相手を放り出すなんて。自分勝手にも程があるわ。
お相手の方はその言葉に絶望し、形振り構わずお姉様に襲い掛かったところを取り押さえられ、婦女暴行未遂で逮捕されたのですって。
どうやらお姉様は、その方と話し合う前から警護の騎士の方々に依頼をされていたそうで、万が一を考えて備えておられたのだとか。
私だったら、もし話し合う相手がリーゲル様であった場合、そんな風に警戒することなんて絶対にないと思う。だからそういう点で、やっぱりお姉様は凄いなぁと感心してしまった。
「お姉様ならどんな幸せも掴み放題だと思っていたけれど、そういうわけでもなかったのね……」
しみじみ呟くように言うと、ポルテが「当たり前じゃないですか」と言って、私の目の前にしゃがみ込んだ。
「誰だって、幸せを掴む為には努力が必要なんです。出来る事を何もせず、ただ与えられる物だけを漠然と受け入れているだけの人に、幸せが訪れる筈はありません」
「そうね。お姉様がご自分の幸せの為に何もなされなかったとは思えないけれど、あなたの言う事は間違っていないと思うわ」
ポルテと手を握り合い、視線を合わせて微笑み合う。
ならば私も、自分の幸せの為に出来る事をするべきなのだ。
お姉様に言われるがまま、此処から逃げるなんてしてはいけない。
「ポルテ、私もう一度リーゲル様と──」
そう言った瞬間だった。
コツコツと控え目に、部屋の扉がノックされたのは。
「はい、どなた?」
もしかしたらお姉様かもしれない。
だとしたら、もう少し公爵邸に留まることを、何としても許してもらおう。いくら政略の為とはいえ、このままリーゲル様のことを諦めるなんてできないもの。
ごくりと唾を飲み込み、ポルテに扉を開けるよう促す。
一瞬躊躇うかのような表情を向けたポルテが、次の刹那、意を決したように扉を開けると──なんとそこにいらっしゃったのは、リーゲル様だった。
「………………!!」
思わず椅子から立ち上がった私を、座るように身振りで示し、リーゲル様はチラリとポルテに目を向ける。
「グラディス……あの、出来れば二人だけで話がしたいのだが。中に入っても……良い、だろうか?」
「あ……は、はい。どうぞ……」
私の返事を聞き、ポルテがサッとリーゲル様と自分の場所を入れ替え、廊下へと出て行く。
「誰も邪魔しないよう、見張っておきますね」
なんて言いながら、可愛らしく片目を瞑って。
本当に、なんて優秀な侍女なのかしら。もし私が離縁されて公爵家を出る事になったとしても、ポルテとは離れたくないわ。
そんな事をつい考えていると、リーゲル様は先程ポルテがしゃがんでいた場所へと片膝を付き、まるで求婚するかのように私へと片手を差し出してきた。
な、なに? 私はこれから何を言われるの?
まさか、離縁される時も求婚する時と同じように言われるのだろうか。私の中では、離縁させられる時はバン! と離縁届を机に叩き付けられ、怒鳴られるイメージなのだけれど。
嫌だ、嫌。リーゲル様と離縁なんてしたくない。たとえ政略結婚であろうとも、お姉様の方が相応しくても、私はリーゲル様のことが──。
「グラディス、すまない」
ズキン。と、リーゲル様からの謝罪が胸に突き刺さる。
やっぱり……なの? やっぱり私は離縁されてしまうの? 抗うことは許されないの?
「私は、その……なんと言ったらいいか、まだ頭の中がきちんと整理できているわけではないのだが──」
「だ、大丈夫です。わざわざ言われなくとも、ちゃんと理解していますので……」
最後通牒とも思える言葉を聞きたくなくて、私はリーゲル様の言葉を遮った。
リーゲル様はきっと、私を出来るだけ傷付けないように、言葉を選んでくれているんだ。
本当に、優しい人。こんな人に、私は相応しくない。
ついさっきまで抱いていた、リーゲル様と離れたくないという気持ちが急速に萎んでいく。
リーゲル様は、私を好きだと仰って下さった。それどころか、愛しているとまでも……。
手が届かないと思っていた初恋の人と結婚し、そこまで言われ、幸せをたくさん貰った。
たった一度だけだったけれど、身体を通じて想いを確かめ合うこともできた。
私のように他の人から劣る、何の取り柄もない人間が、半年と少しとはいえ、大好きな人と夢のような生活をすることができたのだ。これで文句なんて言ったら、罰が当たってしまう。
貴族の結婚は政略が第一。恋愛感情なんて二の次にされてしまうのが当たり前で、それが分かっていながら結婚した筈だった。
こんな風に幸せを感じられること自体、本来ならあり得ない事だったのだ。
だからもう、大丈夫。この半年の思い出だけで、私はこの先も生きていける。
「明日……この邸から出て行きます。今までありがとうございました」
声が震えないよう、身体に力を入れ、言葉を紡ぐ。
激しく痛む胸の痛みに気付かない振りをして、溢れそうになる涙を瞬きで誤魔化して、私は、精一杯の微笑みを浮かべてみせた──。
「そう……なの。お姉様に、そんな事が……」
お姉様のお相手は、駆け落ちする程お姉様を好きであったのにも関わらず、駆け落ち後程なくして浮気をしたらしい。しかも、たった一度の過ちにより、お子が出来てしまったのだとか。
お相手の方は平身低頭お姉様に謝罪をされ、お姉様を愛するあまりの過ちだったのだと仰られたそうだ。余りにも美しいお姉様を穢してはいけないという気持ちと、それでも抑え切れない男としての欲望との狭間で悩みに悩んだ結果、誘惑に負けてしまったと。
しかも、そうしてお子まで授かっておきながら、真に愛するのはお姉様だけで、浮気相手とは金輪際関わらないと誓われたそう。そんな誓いなど、何の気休めにもならないでしょうに。単に自分がそう誓うことで、楽になりたかっただけなんでしょうね。
兎も角そんな誓いを立てられ、だから許して欲しいと懇願されたそうだけれど、お姉様は「授かった命に責任をおとりなさいな」と言って切り捨てたみたい。そりゃあそうよね。浮気して子供まで作っておきながら、何の責任も取ることなく相手を放り出すなんて。自分勝手にも程があるわ。
お相手の方はその言葉に絶望し、形振り構わずお姉様に襲い掛かったところを取り押さえられ、婦女暴行未遂で逮捕されたのですって。
どうやらお姉様は、その方と話し合う前から警護の騎士の方々に依頼をされていたそうで、万が一を考えて備えておられたのだとか。
私だったら、もし話し合う相手がリーゲル様であった場合、そんな風に警戒することなんて絶対にないと思う。だからそういう点で、やっぱりお姉様は凄いなぁと感心してしまった。
「お姉様ならどんな幸せも掴み放題だと思っていたけれど、そういうわけでもなかったのね……」
しみじみ呟くように言うと、ポルテが「当たり前じゃないですか」と言って、私の目の前にしゃがみ込んだ。
「誰だって、幸せを掴む為には努力が必要なんです。出来る事を何もせず、ただ与えられる物だけを漠然と受け入れているだけの人に、幸せが訪れる筈はありません」
「そうね。お姉様がご自分の幸せの為に何もなされなかったとは思えないけれど、あなたの言う事は間違っていないと思うわ」
ポルテと手を握り合い、視線を合わせて微笑み合う。
ならば私も、自分の幸せの為に出来る事をするべきなのだ。
お姉様に言われるがまま、此処から逃げるなんてしてはいけない。
「ポルテ、私もう一度リーゲル様と──」
そう言った瞬間だった。
コツコツと控え目に、部屋の扉がノックされたのは。
「はい、どなた?」
もしかしたらお姉様かもしれない。
だとしたら、もう少し公爵邸に留まることを、何としても許してもらおう。いくら政略の為とはいえ、このままリーゲル様のことを諦めるなんてできないもの。
ごくりと唾を飲み込み、ポルテに扉を開けるよう促す。
一瞬躊躇うかのような表情を向けたポルテが、次の刹那、意を決したように扉を開けると──なんとそこにいらっしゃったのは、リーゲル様だった。
「………………!!」
思わず椅子から立ち上がった私を、座るように身振りで示し、リーゲル様はチラリとポルテに目を向ける。
「グラディス……あの、出来れば二人だけで話がしたいのだが。中に入っても……良い、だろうか?」
「あ……は、はい。どうぞ……」
私の返事を聞き、ポルテがサッとリーゲル様と自分の場所を入れ替え、廊下へと出て行く。
「誰も邪魔しないよう、見張っておきますね」
なんて言いながら、可愛らしく片目を瞑って。
本当に、なんて優秀な侍女なのかしら。もし私が離縁されて公爵家を出る事になったとしても、ポルテとは離れたくないわ。
そんな事をつい考えていると、リーゲル様は先程ポルテがしゃがんでいた場所へと片膝を付き、まるで求婚するかのように私へと片手を差し出してきた。
な、なに? 私はこれから何を言われるの?
まさか、離縁される時も求婚する時と同じように言われるのだろうか。私の中では、離縁させられる時はバン! と離縁届を机に叩き付けられ、怒鳴られるイメージなのだけれど。
嫌だ、嫌。リーゲル様と離縁なんてしたくない。たとえ政略結婚であろうとも、お姉様の方が相応しくても、私はリーゲル様のことが──。
「グラディス、すまない」
ズキン。と、リーゲル様からの謝罪が胸に突き刺さる。
やっぱり……なの? やっぱり私は離縁されてしまうの? 抗うことは許されないの?
「私は、その……なんと言ったらいいか、まだ頭の中がきちんと整理できているわけではないのだが──」
「だ、大丈夫です。わざわざ言われなくとも、ちゃんと理解していますので……」
最後通牒とも思える言葉を聞きたくなくて、私はリーゲル様の言葉を遮った。
リーゲル様はきっと、私を出来るだけ傷付けないように、言葉を選んでくれているんだ。
本当に、優しい人。こんな人に、私は相応しくない。
ついさっきまで抱いていた、リーゲル様と離れたくないという気持ちが急速に萎んでいく。
リーゲル様は、私を好きだと仰って下さった。それどころか、愛しているとまでも……。
手が届かないと思っていた初恋の人と結婚し、そこまで言われ、幸せをたくさん貰った。
たった一度だけだったけれど、身体を通じて想いを確かめ合うこともできた。
私のように他の人から劣る、何の取り柄もない人間が、半年と少しとはいえ、大好きな人と夢のような生活をすることができたのだ。これで文句なんて言ったら、罰が当たってしまう。
貴族の結婚は政略が第一。恋愛感情なんて二の次にされてしまうのが当たり前で、それが分かっていながら結婚した筈だった。
こんな風に幸せを感じられること自体、本来ならあり得ない事だったのだ。
だからもう、大丈夫。この半年の思い出だけで、私はこの先も生きていける。
「明日……この邸から出て行きます。今までありがとうございました」
声が震えないよう、身体に力を入れ、言葉を紡ぐ。
激しく痛む胸の痛みに気付かない振りをして、溢れそうになる涙を瞬きで誤魔化して、私は、精一杯の微笑みを浮かべてみせた──。
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