【完結（続編）ほかに相手がいるのに】

～杉崎～

疲労

「ふう…　…　」

二人と別れ、しばらく歩いた後、思わず、ため息をつく…。
なんだか、異様に疲れてしまった…

彼女の言う通り、あの男とわざわざ会うまでもなく、ゲート前で彼女と別れていた方が良かったのかもしれないと、今更ながらに思う。

だが、あの時はなんとなく…男に会わずに帰る選択肢が自分の中になかった。

そうするとどうしても…逃げたような気になってしまうからだ。

あの場から俺一人、先に離脱することは…
今の現実…現状から…逃げるようで…

つまり、彼女と拓海から、逃げるようで…
いまだ、恋人同士である二人の姿から、目を背けるような気がして…
できるならそんなことは、したくなかったのだ…。

だが、やはり…間違いだった…　　
あんな情景など、見たくはなかった…。

あの男はなんで…あんなにも…　
俺の神経を逆なでするようなことを…
そして恐らく、彼女が嫌だと思っているであろうことを、わざわざしてくるのか…

「はあ…　」

さきほどから、ため息が止まらない。

タクシー乗り場にはさすがに空港とあってか、既に何台も空のタクシーが待機していた。
俺はすぐさま、先頭のタクシーに乗り込む。

「…　…　まで、お願いします。」

「はい、承知いたしました。」

運転手は俺のキャリーケースを丁寧に車の荷台に乗せた後、運転席に乗り込み、すぐに車を発進させる。

「…ご旅行、帰りですか…？いや……お仕事、ですよね…お疲れ様です。」

運転手がミラーで俺の方をちらりと見て、笑顔でそんな言葉を投げかけてくる。
少し白髪交じりの、初老の男性運転手…
人の良さそうな笑顔で…小さな笑い皺が、目じりに刻まれていた。

俺の格好からして、仕事だと判断されたに違いない。
あるいは、ひょっとしたら俺の顔が…仕事で疲れ切ったかのように、憔悴して見えるのかもしれないと、頭の隅で思った。

社交辞令であっても、尋ねられたのだから…何か返さねば…　
俺はそんな風に自分自身を奮い立たせ、なんとか口を開く。

「はい…出張でして…」

一応短い言葉で返すが、それ以上は雑談に応じる気力が残っておらず、俺はそれ以上は何も言わずに、静かに窓の外を眺めた。

「…でしたらお疲れでしょう…少し、道が渋滞しているようですし、眠られてもいいですよ…着いたらお声掛けします」
運転手は静かにそう言って、まっすぐに前を見つめ、それからは無言でハンドルを回し始めた。

静かな車内で…　
さっきの場面が、嫌でも頭の中に蘇ってくる…。

あの男の、あの、あからさまな態度と、発言…

自分が…彼女のことを全てわかっているかのような得意気な口ぶり…

そして、あの表情…

長年、自分は彼女と付き合ってきたのだと、俺に対してアピールしたいのだろうか……

「…　…　…　」

ああ…　気分が、悪い…　
まただ…　
また、胸が…胸の奥が、ざわざわしてくる…

今朝、彼女に…男が家の前まで来ているらしいと聞かされた時と…
その時と同じような、胸の痛み…心のざわつき…

こんなことは、本当に…

　　　俺にとって、初めてのことだった…。