【完結（続編）ほかに相手がいるのに】

～誘い～

居酒屋

「いらっしゃまいませ。2名様ですね？こちらへどうぞ～」

私と杉崎さんは、以前行ったことのある、互いの自宅近くの居酒屋に入った。

「…ここ、久々に来たね…あれって、いつ…ぐらいだったかな…」

運良く空いていた半個室の席に通され、腰をおろした杉崎さんが私に問いかける。

「…そうですね…いつ頃…でしたかね…」

あの時…　…

そうだ、あの夜に…
明らかに酔っていた杉崎さんは…　確か…

私に、　温泉にでも行きたいねって…　次の休みにデートしよっかと、そう…言ったのだ…。

酔っているとはいえ、そんなことを、ただでさえ魅力的な男性である杉崎さんに言われて、私は内心、動揺した。

でも、杉崎さんには林さんという彼女がいたし…　私には、拓海がいた…

だからこそ、私は理性で…私のちっぽけな理性で、その言葉になんとか異議をとなえたんだった…　。

「…　…　…」　

その時と、今と…もはや、全く状況は違う…。

私は拓海を裏切り…そして、杉崎さんは林さんを裏切っている…。

でも…ここ最近、私の心に変化が生まれてきていた…。

きっと、拓海に…　
あんな風に、無理矢理に抱かれて…
あの夜の、精神的なダメージが大き過ぎて…

前から私の心の中にあった拓海に対して申し訳ないと思う気持ちが…
罪悪感のような感情が、次第に薄れ始めている…。

そもそも、拓海に、女の人の影が見えると…　
そんな風に、疑っていた時期があったくらいだ。

拓海はどこか変わってしまったと、うっすらと感じ始めるほどに…　拓海は…拓海のセックスは…　　

「…水無月さん…？飲み物、なんにする…？俺は生にするけど…」

「あっ…　…すみません、えっと…　」

ハッとする…。

杉崎さんが目の前にいるのに、拓海とのセックスのことを回想していた自分が、途端に恥ずかしくなった。

「…　私は、…　カンパリオレンジ、にします…」

「…顔、真っ赤だよ…？大丈夫…？まさか体調、悪い…？」

「…いえ、　…大丈夫です…　」

「ん…じゃあ、適当に頼むから、食べたいのあったら遠慮なく言ってね。」

「はい…　…　」

あの、真面目だった頃の私が…今の…この状況にいる不真面目で、不誠実な私を見たら、なんと言うだろう…。
どれほどに、驚くだろう…。

自分でも信じられない変化…　
にこりと微笑む杉崎さんの表情があまりに眩しくて、私は、静かにメニューに視線を落とした。