【完結 R18】ほかに相手がいるのに

～杉崎～

動揺

「ごちそう様でした、美味しかったね、水無月さん。」

「…はい…　本当に…」

「まだ、少し早いけど、余裕持ってそろそろ行こうか？」

「はい…」

俺は伝票を持って立ち上がる。
彼女はいつものように、静かに俺についてくる。
店を出た後、すぐさま彼女が財布を出して支払いをしようとするのを、俺はいつものように笑って断る。

「これくらい気にしないで、水無月さん。」

「はい…いつもすみません…ご馳走様でした。」

彼女の変わらない態度に、内心ほっとする。

俺は、馬鹿か…
さっき、俺は…何をしようとしていた…？

メニューに手を伸ばした瞬間、偶然彼女の手に触れてしまった。
俺の手が…彼女の手の上に…　重なる形で…　

俺の手が彼女の手に触れた時…彼女の手が、ビクンと…震えたのがわかった。

俺にも彼女の動揺が伝わり…すぐに、手を離さなければと思った…。

そう…　確かに、そう思ったのだが…　　
俺の手は、そこから…離れようとはしなかった…

それどころか…　俺の手は…
まるで、彼女の小さな白い手を包み込むかのように…そして、逃がさないとでも主張するかのように…上から少し強めに、彼女の手を抑えつけてしまった…。

彼女は俺に手を握られたまま…不安そうに揺れ動く目で、俺を見つめた…

当然、すぐに離さねばと思った…
なのに、俺の手はなかなか…離れようとは、しなかった…

ただ…少しでも長く、彼女に…彼女の身体の一部に、触れていたかったのだ…

白昼堂々…しかも、朝から…彼女を困らせてしまった…　
本当に、馬鹿な男だ。

「…あの、杉崎さん…？どう…されました…？」

会計を済ませた後も…
彼女が…まだ少し不安そうな顔で、俺を見上げる。

もはや、彼女の目を見ることができない…
さっきのことを謝ることすら、できない…　　

白状すれば…
水無月さんと一緒に出張に行くよう正式に主任に指示された時…内心で…密かに、喜んでいる自分がいた…

智花には、伝えられていない…　
水無月さんも、彼氏とは別れていないこの状況で…何を喜んでいるんだ…　

一泊二日の短い出張だが…　
なんとか、理性的にふるまわねば…　

俺はそう…自分自身に言い聞かせながら…

　　彼女に向かってなんとか、笑いかけた。