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第5話(前編): 錬金術科、素材採集実習は孤独な山歩きから
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春が深まった、けれど朝はまだ少し冷たい。
錬金術科の朝は、いつも静かだ。
教室で準備を済ませると、ファルマリウス先生が今日の実習内容を淡々と告げる。
「今日は校外で素材採集だ。精霊と共に“素材の声”を聞き、自分の手で本質を確かめてきなさい」
それだけ言うと、先生は分厚い上着を羽織って歩き出す。
私は慌てて後を追い、教室の戸締まりを二度も三度も確認してしまう。
なぜか今日は、胸の奥がざわざわして落ち着かない。
学園の外へ出るのは、入学してから初めてだ。
山道の入り口は朝露でぬかるみ、空気には新芽と湿った苔の匂いが混じっている。
鳥の鳴き声に混じって、精霊が「ひんやりする」と小さくつぶやいた。
山の中腹、細い川が流れるあたりが今日の実習場らしい。
「この場所は今日、魔術科も使っている。……何かあったら、すぐ私を呼びなさい」
先生は立ち止まり、私の方に体ごと向き直る。
「君は君のやり方でいい。精霊や素材と向き合うこと、それを忘れずにいてくれればそれでいいんだ。――周りの声は、気にしなくていい」
その眼差しは厳しさの奥に、はっきりとした“信頼”と“心配”が滲んでいる。
「……はい」
私は小さく返事をして、アーケイン・デバイスをきゅっと握りしめる。
道の両脇には野生の薬草や、小さな石英のかけら、苔むした岩。
昔なら錬金術科の生徒たちが一列になってここを歩いたのだろうか。
今は私ひとり――精霊と、先生と、静かな山の音だけ。
ほどなくして、前方の開けた場所に何人かの生徒の姿が見えた。
遠目にも鮮やかな制服のライン。バッジの色で、魔術科の一年生たちだと分かる。
彼らの手には、銀色の採集用のトングや、魔力で浮かせる小さなポーチ。
その様子はどこか、冒険者パーティーのようにも見える。
私は少し距離を置いて、先生と共に端の岩陰へ歩み寄る。
「ここで指示を出す。何か困ったことがあったらすぐ呼びなさい」
先生はそう言って、周囲を一度ぐるりと見渡す。
精霊は私の肩で、外の空気を深呼吸するように胸をふくらませていた。
魔術科の生徒たちがこちらに気づいたのは、その時だった。
「あれ、もしかして……錬金術科?」
「ひとりしかいないんだ……。噂だけしか聞いてなかったから、こうして見るの初めてだ」
少し離れた場所でも、そういう会話は耳に入ってくる。
でも私は聞こえないふりをして、ノートを取り出し、今日のページに日付を書き込む。
春の日差しが川面に反射してきらきらと揺れている。
その光の中、私はまず“素材に挨拶する”ことから始める。
「おはよう。少しだけ分けてもらえないかな」
薬草の葉にそっと指先を近づけ、心の中で呼びかける。
精霊が、その隣で小さな手を葉っぱに添える。
『こんにちは、って言ってる。それにいいよって』
「ありがとう」
私はほっと息をつき、採集用の小さなナイフで最小限だけ、傷をつけないように切り取る。
魔術科の生徒たちの方からは、にぎやかな声と笑い声。
石をひっくり返し、根ごと引き抜こうとする手つき。
その道具の使い方や素材への接し方が、どこか“力任せ”に感じてしまう。
「魔術なら、素材ごと浮かせて持って帰れて早いのにな」
「錬金術って面倒そう。精霊?とか見えないし」
聞き流しながらも、少しだけ胸がちくりと痛む。
私はまた違う岩のそばにしゃがみ込み、小さな鉱石にそっと手を添える。
「……今日は、ちょっとだけ力を貸してくれますか?」
精霊は「うん」とだけ返事をして、鉱石の上をくるりと回る。
その時、まるで小さな鐘が鳴るような音が聞こえた。
私には確かに“素材の声”が届いた気がした。
こうやって、素材と向き合う。
それが、錬金術師として大切な“最初の作法”だと先生から教わってきた。
気づけば、私は何もしゃべらない時間が増えていた。
静かだけど、退屈じゃない。
むしろ、自然の中で素材や精霊と向き合うことのほうが、ずっと心地よい――そんな気がしていた。
けれど、ふと顔を上げれば、魔術科の生徒たちのグループが遠くから私をじっと見ている。
驚いたような、呆れたような、興味半分、警戒半分。
「ほんとに、あいつ精霊に話しかけてる……?」
「素材の前で黙って突っ立ってても、何も起きないだろ」
そうした視線や言葉も、今ではだいぶ慣れたはずなのに、心のどこかに小さな棘が残る。
私は深呼吸をして、もう一度ノートを開いた。
「……素材に“ありがとう”って書き添えておこうかな」
精霊が肩で小さく笑う。
『それ、きっと伝わるよ』
まだ山の空気は少し冷たい。
でも、心の奥に小さな灯りが灯ったような、そんな実習の始まりだった。
錬金術科の朝は、いつも静かだ。
教室で準備を済ませると、ファルマリウス先生が今日の実習内容を淡々と告げる。
「今日は校外で素材採集だ。精霊と共に“素材の声”を聞き、自分の手で本質を確かめてきなさい」
それだけ言うと、先生は分厚い上着を羽織って歩き出す。
私は慌てて後を追い、教室の戸締まりを二度も三度も確認してしまう。
なぜか今日は、胸の奥がざわざわして落ち着かない。
学園の外へ出るのは、入学してから初めてだ。
山道の入り口は朝露でぬかるみ、空気には新芽と湿った苔の匂いが混じっている。
鳥の鳴き声に混じって、精霊が「ひんやりする」と小さくつぶやいた。
山の中腹、細い川が流れるあたりが今日の実習場らしい。
「この場所は今日、魔術科も使っている。……何かあったら、すぐ私を呼びなさい」
先生は立ち止まり、私の方に体ごと向き直る。
「君は君のやり方でいい。精霊や素材と向き合うこと、それを忘れずにいてくれればそれでいいんだ。――周りの声は、気にしなくていい」
その眼差しは厳しさの奥に、はっきりとした“信頼”と“心配”が滲んでいる。
「……はい」
私は小さく返事をして、アーケイン・デバイスをきゅっと握りしめる。
道の両脇には野生の薬草や、小さな石英のかけら、苔むした岩。
昔なら錬金術科の生徒たちが一列になってここを歩いたのだろうか。
今は私ひとり――精霊と、先生と、静かな山の音だけ。
ほどなくして、前方の開けた場所に何人かの生徒の姿が見えた。
遠目にも鮮やかな制服のライン。バッジの色で、魔術科の一年生たちだと分かる。
彼らの手には、銀色の採集用のトングや、魔力で浮かせる小さなポーチ。
その様子はどこか、冒険者パーティーのようにも見える。
私は少し距離を置いて、先生と共に端の岩陰へ歩み寄る。
「ここで指示を出す。何か困ったことがあったらすぐ呼びなさい」
先生はそう言って、周囲を一度ぐるりと見渡す。
精霊は私の肩で、外の空気を深呼吸するように胸をふくらませていた。
魔術科の生徒たちがこちらに気づいたのは、その時だった。
「あれ、もしかして……錬金術科?」
「ひとりしかいないんだ……。噂だけしか聞いてなかったから、こうして見るの初めてだ」
少し離れた場所でも、そういう会話は耳に入ってくる。
でも私は聞こえないふりをして、ノートを取り出し、今日のページに日付を書き込む。
春の日差しが川面に反射してきらきらと揺れている。
その光の中、私はまず“素材に挨拶する”ことから始める。
「おはよう。少しだけ分けてもらえないかな」
薬草の葉にそっと指先を近づけ、心の中で呼びかける。
精霊が、その隣で小さな手を葉っぱに添える。
『こんにちは、って言ってる。それにいいよって』
「ありがとう」
私はほっと息をつき、採集用の小さなナイフで最小限だけ、傷をつけないように切り取る。
魔術科の生徒たちの方からは、にぎやかな声と笑い声。
石をひっくり返し、根ごと引き抜こうとする手つき。
その道具の使い方や素材への接し方が、どこか“力任せ”に感じてしまう。
「魔術なら、素材ごと浮かせて持って帰れて早いのにな」
「錬金術って面倒そう。精霊?とか見えないし」
聞き流しながらも、少しだけ胸がちくりと痛む。
私はまた違う岩のそばにしゃがみ込み、小さな鉱石にそっと手を添える。
「……今日は、ちょっとだけ力を貸してくれますか?」
精霊は「うん」とだけ返事をして、鉱石の上をくるりと回る。
その時、まるで小さな鐘が鳴るような音が聞こえた。
私には確かに“素材の声”が届いた気がした。
こうやって、素材と向き合う。
それが、錬金術師として大切な“最初の作法”だと先生から教わってきた。
気づけば、私は何もしゃべらない時間が増えていた。
静かだけど、退屈じゃない。
むしろ、自然の中で素材や精霊と向き合うことのほうが、ずっと心地よい――そんな気がしていた。
けれど、ふと顔を上げれば、魔術科の生徒たちのグループが遠くから私をじっと見ている。
驚いたような、呆れたような、興味半分、警戒半分。
「ほんとに、あいつ精霊に話しかけてる……?」
「素材の前で黙って突っ立ってても、何も起きないだろ」
そうした視線や言葉も、今ではだいぶ慣れたはずなのに、心のどこかに小さな棘が残る。
私は深呼吸をして、もう一度ノートを開いた。
「……素材に“ありがとう”って書き添えておこうかな」
精霊が肩で小さく笑う。
『それ、きっと伝わるよ』
まだ山の空気は少し冷たい。
でも、心の奥に小さな灯りが灯ったような、そんな実習の始まりだった。
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