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第5話(後半): 静けさの向こうに、騒ぎの予感
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何度目かの採集を終えてノートにスケッチを書き込んでいると、
川辺の方から魔術科の生徒たちがざわざわと騒ぎ出す声がした。
「おい、やっぱりこれ無理だろ」
「先生、先生! なんか煙出てる!」
見ると、一人の男子生徒が川岸の大きな岩を無理やり動かそうとしていた。
魔力の加減を誤ったのか、岩の下から紫色の煙がふわりと噴き出す。
周囲の空気がどこかぴりつき始める。
「おい、これやばいって!」
「下がれ下がれ!」
魔術科の生徒たちが慌てて後ずさる。
私は、少し離れたところでその様子を見ていた。
精霊も肩の上でそわそわと揺れる。
『……あれ、怒ってる』
「精霊が?」
『岩の下の、“土の精霊”……。びっくりして暴れてるみたい』
私はアーケイン・デバイスをそっと取り出し、先生の方を見た。
先生はすでに気づいて、こちらを一瞬だけ見てから頷いた。
「……行ってきます」
私は深呼吸し、騒ぎの方へ歩み出る。
「ごめんなさい、少しだけ失礼します!」
魔術科の生徒たちの間をすり抜け、紫煙の立ち上る岩の前に立つ。
「ちょ、錬金術科の人!? やめとけって!」
何人かが焦った声で止めるが、私は精霊にそっと声をかける。
「……大丈夫、少しだけ“理”を落ち着かせるから」
デバイスを構え、カードを小さく振ると、錬成陣が岩の上に淡く広がる。
精霊が先に舞い降り、その小さな手で岩の表面を撫でる。
私は静かに、素材――そしてその中に眠る“精霊”に話しかける。
「ごめんね、驚かせてしまって。ここにいるみんなを傷つけたいわけじゃないんだ」
精霊が静かな鈴の音を鳴らし、紫煙が少しずつ細くなる。
私は術式を重ね、混乱した精霊の気を、静かに穏やかになるように導いた。
やがて煙はきれいに消え、岩もすうっと元の静けさを取り戻した。
「お、おい……消えた?」
「なんでだ……」
魔術科の生徒たちがぽかんと口を開けている。
小さなざわめきが起き、何人かが不安げにエルシアのほうを見る。
拍手が起きることもない。
ただ、誰かがぽつりと漏らした。
「……すごい」
「いや、地味だけど、普通じゃ無理だぞ」
でも、その後ろで小さな声も漏れる。
「でも、どうせ精霊頼みで偶然でしょ」
「錬金術って自然任せって感じだし、たまたまでしょ」
――評価と偏見が、春の冷たい風のように交じり合って流れていく。
その時だった。
一人の魔術科の女子生徒が、他の生徒たちから一歩離れて、私の方へ小さく歩み寄った。
おそるおそるというより、むしろ何か確かめたくて近づいてきた――そんな感じだった。
「……あの、すごかったよ。精霊と、あんなふうに……ちゃんと話ができるんだね」
その言葉は控えめだけど、真っ直ぐな声音だった。
私は少し驚いて顔を上げる。
彼女の瞳は、驚きと――自分には届かないものへの小さな憧れとが入り混じって、どこかきらきらしていた。
声をかけたことが恥ずかしかったのか、すぐに彼女は視線をそらし、仲間の方へと駆け戻っていく。
私は胸の奥に、ほんのりとした温かさが残るのを感じていた。
「……ありがとう」
誰に聞かせるでもなく、そっとつぶやく。
精霊が私の肩で得意げに胸を張る。
私は小さく笑った。
すると、ふいに先生が私のすぐそばまで歩み寄ってきて、
静かに、しかししっかりとした声で言った。
「よくやった、エルシア。君のやり方で正解だったよ」
その言葉には、誇らしさと、少しだけ安堵したような温かさが滲んでいる。
私は思わず背筋を伸ばし、先生の顔を見上げた。
先生はそっと頷き、穏やかに微笑んでみせる。
やがて実習の終わりを告げる魔術科の先生の声が響いた。
「そろそろ戻るぞ。忘れ物はないように」
「もうその時間か、私達も帰ろう。」
私はノートに今日のことを丁寧に書き込み、
川のほとりにしゃがんで、そっと素材たちに「ありがとう」ともう一度心で伝えた。
帰り道、魔術科の生徒たちはまだ私のことをちらちら見ていた。
その視線の中には、興味、驚き、そしてまだ消えない偏見も混じっている。
でも――
あの時、勇気を出して声をかけてくれた女の子のまなざしだけは、きっと忘れない。
(いつか、もう一度会えるといいな)
精霊が私の手の上に降りて、小さく拍手をしてくれる。
『えらかったね!』
「……うん、今日はちょっとだけ、誇らしい気分」
小さな希望と、まだ知らない未来への予感を胸に、
錬金術科の“ぼっち実習”は幕を下ろす。
川辺の方から魔術科の生徒たちがざわざわと騒ぎ出す声がした。
「おい、やっぱりこれ無理だろ」
「先生、先生! なんか煙出てる!」
見ると、一人の男子生徒が川岸の大きな岩を無理やり動かそうとしていた。
魔力の加減を誤ったのか、岩の下から紫色の煙がふわりと噴き出す。
周囲の空気がどこかぴりつき始める。
「おい、これやばいって!」
「下がれ下がれ!」
魔術科の生徒たちが慌てて後ずさる。
私は、少し離れたところでその様子を見ていた。
精霊も肩の上でそわそわと揺れる。
『……あれ、怒ってる』
「精霊が?」
『岩の下の、“土の精霊”……。びっくりして暴れてるみたい』
私はアーケイン・デバイスをそっと取り出し、先生の方を見た。
先生はすでに気づいて、こちらを一瞬だけ見てから頷いた。
「……行ってきます」
私は深呼吸し、騒ぎの方へ歩み出る。
「ごめんなさい、少しだけ失礼します!」
魔術科の生徒たちの間をすり抜け、紫煙の立ち上る岩の前に立つ。
「ちょ、錬金術科の人!? やめとけって!」
何人かが焦った声で止めるが、私は精霊にそっと声をかける。
「……大丈夫、少しだけ“理”を落ち着かせるから」
デバイスを構え、カードを小さく振ると、錬成陣が岩の上に淡く広がる。
精霊が先に舞い降り、その小さな手で岩の表面を撫でる。
私は静かに、素材――そしてその中に眠る“精霊”に話しかける。
「ごめんね、驚かせてしまって。ここにいるみんなを傷つけたいわけじゃないんだ」
精霊が静かな鈴の音を鳴らし、紫煙が少しずつ細くなる。
私は術式を重ね、混乱した精霊の気を、静かに穏やかになるように導いた。
やがて煙はきれいに消え、岩もすうっと元の静けさを取り戻した。
「お、おい……消えた?」
「なんでだ……」
魔術科の生徒たちがぽかんと口を開けている。
小さなざわめきが起き、何人かが不安げにエルシアのほうを見る。
拍手が起きることもない。
ただ、誰かがぽつりと漏らした。
「……すごい」
「いや、地味だけど、普通じゃ無理だぞ」
でも、その後ろで小さな声も漏れる。
「でも、どうせ精霊頼みで偶然でしょ」
「錬金術って自然任せって感じだし、たまたまでしょ」
――評価と偏見が、春の冷たい風のように交じり合って流れていく。
その時だった。
一人の魔術科の女子生徒が、他の生徒たちから一歩離れて、私の方へ小さく歩み寄った。
おそるおそるというより、むしろ何か確かめたくて近づいてきた――そんな感じだった。
「……あの、すごかったよ。精霊と、あんなふうに……ちゃんと話ができるんだね」
その言葉は控えめだけど、真っ直ぐな声音だった。
私は少し驚いて顔を上げる。
彼女の瞳は、驚きと――自分には届かないものへの小さな憧れとが入り混じって、どこかきらきらしていた。
声をかけたことが恥ずかしかったのか、すぐに彼女は視線をそらし、仲間の方へと駆け戻っていく。
私は胸の奥に、ほんのりとした温かさが残るのを感じていた。
「……ありがとう」
誰に聞かせるでもなく、そっとつぶやく。
精霊が私の肩で得意げに胸を張る。
私は小さく笑った。
すると、ふいに先生が私のすぐそばまで歩み寄ってきて、
静かに、しかししっかりとした声で言った。
「よくやった、エルシア。君のやり方で正解だったよ」
その言葉には、誇らしさと、少しだけ安堵したような温かさが滲んでいる。
私は思わず背筋を伸ばし、先生の顔を見上げた。
先生はそっと頷き、穏やかに微笑んでみせる。
やがて実習の終わりを告げる魔術科の先生の声が響いた。
「そろそろ戻るぞ。忘れ物はないように」
「もうその時間か、私達も帰ろう。」
私はノートに今日のことを丁寧に書き込み、
川のほとりにしゃがんで、そっと素材たちに「ありがとう」ともう一度心で伝えた。
帰り道、魔術科の生徒たちはまだ私のことをちらちら見ていた。
その視線の中には、興味、驚き、そしてまだ消えない偏見も混じっている。
でも――
あの時、勇気を出して声をかけてくれた女の子のまなざしだけは、きっと忘れない。
(いつか、もう一度会えるといいな)
精霊が私の手の上に降りて、小さく拍手をしてくれる。
『えらかったね!』
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