錬金術科は私ひとり! なのに“世界の理に触れた者”とかあだ名が痛すぎる

くじら

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第6話(前編): 思い出の味は錬金術で作れる?

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 春の光が大理石の廊下を斜めに照らして、学園の空気はどこかのんびりしている。
 入学してまだ数日。私はまだ、昼休みのざわめきや、夕方の鐘の音にさえ“よそ者”の気分を少し引きずっていた。

 アトリエで一通りの作業を終えたあと、私は錬金術課の事務棟――兼、購買部――を訪れていた。

 日用品も魔道具も並ぶ売り場の片隅には、生徒や先生がちょこちょこ集まる「依頼受付カウンター」がある。

 机の上の依頼一覧に目を落としながら、「このあたりで初仕事もらえたらいいな」と思っていた。


 ランク表を見ると、私はまだ“Fランク”。
 このランクは2つの意味がある。
 1つは私の仕事の評価。
 もう1つは、ランクごとで受けれる難易度や報酬の差が出るため、それを目安に仕事を選ぶための指標だ。
 ベルの依頼は公式依頼ではなかったのもあり、まだ“新入り”扱いである。

 (草むしりとか、荷物運びとか……お小遣い稼ぎになるような簡単な依頼ないかな)

 受付カウンターの前で一覧を覗いていると、事務担当の女性――柔らかい茶髪で朗らかな受付嬢が声をかけてくる。


「ちょうどよかった。エルシアさんですね? 新しい依頼が届いていますよ」

「え、私に……?」

「はい。これ、今日の“Fランク”依頼。初めてのお仕事になるかもしれないですね」


 渡された封筒はごく普通のものだったけれど、
開いて中の紙を確認すれば、きれいな文字で1行目の依頼内容――



 “依頼内容:『美味しいご飯が食べたい』”――


「……え?」


 思わず変な声が出てしまう。


「……ご飯……?」

『ごはん! ごはん依頼!』


 肩の上の精霊がピョコピョコはしゃいでいる。


 依頼書の下に、小さな丸い字で
 “依頼主:ユウ・ラングレー(魔術科1年)”
 とある。


 受付嬢がくすりと笑う。


「どうやら魔術科の男の子で、実家の料理が恋しいそうですよ。新しい環境でちょっと元気がないみたいで」

「……まさか、錬金術科に“ご飯”の依頼が来るとは思いませんでした」


 私は依頼書を持ったまま、しばらく頭が真っ白になる。

 

(錬金術でご飯、かぁ……。“何でも屋”ってイメージ、すでについてるのかも)

 不安と、ほんの少しの興味。


『わくわく!』


精霊は受ける気満々だし、これに私もマイナスなイメージがある訳でもない。
それなら大丈夫だろう、きっと。
しかし、実家のご飯の味など作れるものだろうか。


「分かりました、この依頼、私が受けます」

「ありがとうございます。では、依頼主の方にも伝えておきますね。
放課後に錬金術科の教室に来てくださるようお願いしておきます」

「はい、お願いします。」


受付を離れ、廊下を歩く。
 大きなガラス窓の向こうに中庭の新芽。
 春の風がほんの少し埃っぽく、けれど新鮮な香りも混じっていた。

 

 アトリエに戻ると、肩の上の精霊がくるりと回って嬉しそうにする。


『ごはん依頼、楽しみ!ぜったいおいしいやつ!』


 私は少しだけ笑ってしまった。
 どうやら私の精霊は、お年玉のことといい食べるのが好きらしい。
 そんな“初めての公式依頼”が、今日から始まる。




_________________________________




放課後。
 空はすっかり傾き始めていて、アトリエの窓から長い影が伸びている。

 私は久しぶりに、胸がほんの少し高鳴るのを感じていた。
 初めての公式依頼――ちゃんとやり遂げられるだろうか。
 ご飯は人並みには作れるが、それが今回適用されるか詳細を聞くまで分からない。


 しばらくすると、控えめなノック音。
 私は少しだけ背筋を伸ばして「どうぞ」と声をかけた。


 ドアが静かに開き、一人の男の子が顔を覗かせる。茶色の短髪に、制服は少しだけ裾が擦れている。
 手にはノートと数枚の紙。胸元には、魔術科一年生の証である青いバッジ。

 

「……失礼します。魔術科一年の、ユウ・ラングレーです」

 

 どこか緊張した面持ちで、ラングレー君は部屋の中へ。
 思ったより小柄で、目は真っ直ぐにこちらを見ている。


「はじめまして。錬金術科一年のエルシア・グリモーリアです。依頼書、しっかり読ませてもらいました」


 自分でもわかるほど声が固い。けれど、初対面なのだから仕方がない。

 

 ラングレー君は軽く頭を下げてから、手に持ったノートをぎゅっと握り直す。

 

「あの……今日は、僕の依頼を受けてくれて、ありがとうございます」


 言葉に、少しだけ震えが混じっている気がした。


「こちらこそ、はじめての“公式依頼”なので緊張してます。改めて、今日はよろしくお願いします」

 

 精霊が、私の肩の上で小さく手を振った。
 ラングレー君はそれに気づくことはないが、私の返答で小さく微笑んでくれる。

 

「えっと……ご飯のこと、詳しく教えてもらってもいいですか?」 


 私はできるだけやわらかく問いかける。

 ユウ君は、一呼吸置いてから机の前の椅子に腰かけ、
ノートの間から何枚かのレシピカードを取り出す。
手描きのイラストや、走り書きのメモも挟まれている。

 

「……家の畑で採れた野菜のスープと、薪窯で焼くパン。
母や祖母がよく作ってくれて、家族みんなで手伝ったり、精霊が野菜の周りを飛び回ってるって母の言葉とかの思い出もあって。
学園のご飯も美味しいけど、どうしても“あの味”が恋しくなってしまったんです」


 話している間も、ラングレー君の視線はときどき手元のレシピに落ちる。

 
「購買部の材料で近いものは作ってみたんですけど、やっぱり違っていて……」


 言葉の端々に、どこか諦めきれない気持ちがにじむ。

 
「なるほど……すぐに“本物”が作れるかはわからないけど、
一緒にできる限り近いものを再現してみよう。材料やレシピを頼りに、まずは試してみたいです」
 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 ふっと、部屋の空気が少しだけ和らいだ気がした。
 肩の上の精霊も、「おいしいご飯~!」とでも言いたげに机の上で小さくジャンプしている。

 

 こうして私は、依頼主――ユウ・ラングレーとともに、“思い出のご飯”再現へ向けて歩き始めることになった。



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