YUZU

箕面四季

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【ヤバい女子高生】

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「誰って、あなたこそ……」

 言いかけた女子高生が、急にはっとした表情になって、柚樹のところへずんずん向かってくる。クリっと大きな瞳が、柚樹をまじまじ覗き込んだ。

「え? あ、あの」
 近い。な、な、なんなんだ、この人。

「ゆず、き? あなた、柚樹じゃない?」
「へ? なんでオレの名前」
 最後まで言い終える前に、柚樹は女子高生にがしっと、両肩を掴まれた。

「やっぱり柚樹なの? すごーい! こんなに大きくなっちゃって。どういうこと?」
 興奮する女子高生にぐわんぐわん揺すられ「ちょ、なんすか!」と、驚いた柚樹は後ずさりながら叫んだ。

「誰だよ、あんた。つか、人んちで何してんだよ」
「人んちって……」
 女子高生は目をぱちくりさせて、首を傾げている。

「え、でもここって」
 言いながら、中庭を振り返り、青々と生い茂った柚の木を見つめて、「あれ?」と、また首を傾げている。

「柚樹も柚の木ちゃんも大きい……そういえば」
 今度は自分の首に両手を当てて「あいうえお~。あ~」と発声練習を始める女子高生。

(……ヤバい人だ)

 柚樹は青ざめ、すぐに追い出さなきゃと思った。

 が、一足早く「ちょっと失礼~」と、女子高生が柚樹の横をすり抜けて、ぴょんと縁側を軽やかに乗り越え、大窓からリビングの中へ侵入してしまった。

「え、ちょ、ちょっと!」
 慌てて柚樹も女子高生を追いかける。

 なんなんだよ、この人? なんで勝手に人んちに?

(まさか、強盗?)

 そう思った瞬間、半グレというワードが頭に浮かんで、柚樹はますます青ざめた。
 確か、若者に多い半分ヤクザみたいな不良で、一見普通の外見をしているけれど、実はオレオレ詐欺とか薬の密売とか、かなりヤバイことをやってるって、ネットニュースのコラムで見た気がする。

 でも聡明高校って、県内トップクラスの進学校だよな? いや、逆に賢い高校の方がヤバいのかも。

(やばっ! あそこに10万円入ってるじゃん!)
 テレビ台の引き出しに目をやって、柚樹は焦った。

 困った時はここから出すんだぞと、さっき父さんが封筒に入れて置いていったのだ。
 半グレは真っ先に引き出しを確認するに違いない。

(ど、どうしよう)
 しかし、ラッキーなことに女子高生はテレビ台には目もくれず、洗面所へ直進していく。

(助かった~)
 柚樹はほっと胸をなでおろし、急いで引き出しから封筒を取り出すと、安全な隠し場所を探した。

(そうだ)
 ランドセルを開いて、チャック付きポケットの中に素早く封筒を突っ込み、ふたを閉める。まさかランドセルの中に大金が入っているとは、さすがの半グレも思うまい。

「……」
 何故か、女子高生は洗面所へ行ったきり、戻ってくる気配がなかった。

(洗面所なんかで、何してるんだ?)

 ごくりと生唾を飲んで、柚樹は忍び足で向かう。意を決して、半開きの扉の隙間からそうっと中を覗きこんでみる。

 鏡の前に立つ女子高生が見えた。自分の顔を鏡に近づけたり、遠ざけたり、ブレザーのスカートを引っ張って、くるりと回ったりしている。

(?)

 意味不明の行動に困惑しながら観察していると……

「あらやだ! なんて可愛いのかしら。スタイルもいいし、おまけに聡明高校で賢い……私ったら、完璧!」
 女子高生は、鏡の前でシャキーンとL字ポーズを決めたのだった。

「は?」
 思わず声が漏れる。

(やべっ)と口を塞いだ時には、鏡ごしの女子高生と目が合っていた。

「えへ、浮かれちゃった」
 ぽっと顔を赤らめた女子高生が、自分の頭を拳でこつんと叩いている。

「……」

 とりあえず、半グレ、ではなさそうだ。

 なら、誰なんだ?
 柚樹は思い切って尋ねてみることにした。

「あのう、あなた誰ですか?」
「ああ、そうそう。それそれ。誰っていうか」
 女子高生はちょっと考えてから、ずいっと柚樹の目の前に歩み寄る。

(ち、近い)
 この人のパーソナルスペース、狭すぎだろ。

「私よ、私! 覚えてない?」と、指で自分の顔を指す女子高生。
「いや、し、知らないですけど」
 柚樹はブンブン首を振りながら一定の距離を保とうと後ずさった。

「ほら、見て! この左手の真ん中」
「?」
 柚樹の顔の前にバンと、手のひらを突き付ける女子高生。

「ここ、このちょうど真ん中にほくろがあるの。これ。ほら、ビーム! みたいな! これ、すごい特徴でしょ? 見覚えない?」
「な、ないです」

「ええ~? そうなの? 私を知らないのね。うーん、困ったなぁ」
 なんでこの人が困るんだ? 柚樹は、ますます困惑した。

「でも君、柚樹だよね」
「……はあ」

「で、中庭の柚の木が、もさもさということは……」

(柚の木?)

 なんでさっきからこの人は、柚の木を気にしているんだろう。意味不明なんだけど。

「ところで、パパとママは?」
「……と、父さんは出張に行ってます。母さんは入院してて」

「入院?」
 女子高生の顔色がサッと変わった。そしてまた、がしっと両肩を掴まれる。

「ママ、まだ入院してるの? 生きてるの? 病状は?」
「え……」

(まだって、一昨日入院したばっかだけど)
 真剣な女子高生に気圧されながら、柚樹はしどろもどろに答えた。

「母さんはもう元気で、念のため出産まで入院するって話で」
「出産~~??」
 いきなり耳元で素っ頓狂な声をあげる女子高生。

(うるせぇ)
 柚樹の耳がきぃーんと鳴っている。

「あのひん死の状態から、子供産むまでに回復したの? 九死に一生を得るとはまさにこのことね。やだ、奇跡の復活じゃない!」
「……」
 今度ははしゃいでいる。ホント、なんなんだ、この人。

(つか、九死に一生を得るって、助かる見込みのない状態からかろうじて助かる、みたいな意味じゃなかったっけ。母さんってそんなに重体じゃなかったと思うけど)

 てゆーか、『子供産むまでに回復した』って変だよな。むしろ妊娠してるせいで入院したわけで。
 微妙に会話がかみ合っていないような。

 ぴょんぴょん子供みたいにジャンプして、「すごーい」と興奮しきりな女子高生に柚樹は首を傾げた。

「やっぱりママは強しね」
(ママ?)

「あ」
 もしかして、と柚樹は気が付いた。

「もしかして、ママって、母さんのことじゃなくて、死んだママの、秋山百合子のことですか?」
「そうそう、その秋山百合……」

 頷いた女子高生の笑顔がひきつっていく。

「ごめん、今なんて?」
「秋山百合子のことですか?」

「の、ちょっと前」
 柚樹は今しがたの自分の発言を頭の中で復唱しながら、繰り返す。

「死んだママ?」

 今度は思いっきりわかりやすく、女子高生の顔がサーーーっと、マンガみたいに青ざめていった。

「あの」
「そうか、そうよね。死んじゃったんだ。そっか」

(なんだ? どうしたんだ、この人)

「あの、大丈夫、です……か」
 下を向いた女子高生に柚樹が心配しかけた途端、ぐわんとまた両肩を掴まれた。

「ちょ」
 ぐいっと顔をあげた女子高生が低い声ですごむ。

「ねえ、母さんって、誰?」
「へ?」

「どんな女?」
「はい?」

「誰なのよぉ~」

 何が何やらわからないまま、ぐわんぐわんと柚樹は揺すぶられ続けたのだった。
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