16 / 111
第一章 七不思議の欠片
因果応報?
しおりを挟む
心の奥底へと隠していたものを見抜かれた沢村が、悔しそうに顔を歪ませる。少しずつ後ろへと下がっていくが、ついに背が壁にぶつかってしまった。逃げ道はもうない。
「オレさあ。以前に沢村を一目見た時から、気に入っていたんだよ。死にたくて死にたくて、それでも死にきれない。そんな表情をしていたから」
「……表情?」
沢村が訊き返す。
「そうだぜ。心から死にたいと願ってる表情なのにさ、死にきれないのが面白くてな。そんな自分が弱くて嫌い、か? 今でもそう思ってんだろ」
「……それがあんたと何の関係がある訳?」
肯定も否定もしない沢村。だがその返答は、月島の言葉が図星だという表れだ。月島もそう悟った筈だ。「にひっ」と気味の悪い笑みを浮かべ、沢村を殺したいという欲が全身から滲み出ている。
畏怖。沢村の身に纏う感情はその一言に尽きる。月島の殺気が、遠く離れた位置にいる俺にも届く。肌がピリピリとひりつき、俺をも呑み込もうとする闇。――このままでは、あいつは絶対に沢村を殺す。
沢村の目の前には、ずっと彼女の求めてきた死が在る。歓喜するべきだろうに、彼女は怯えている。ただそれだけで沢村の在り方が中途半端だと分かった。樋脇のように自分の在り方に全振りしている奴は少ないだろうな、と思い浮かべる。
「……まさか灯台下暗しなんて言わないわよね」
沢村も気付いたのだろう。自身の死にたくない、という感情に。
月島が沢村の目と鼻の先にいる。背後は壁で退路もない。沢村が逃げようと、左足を一歩踏み出した瞬間。
――ドンッ。派手な音と共に月島の右手が、沢村の顔すれすれに置かれていた。
……これは俗にいう壁ドンなのでは、って絶対に沢村はそう思ってるだろ。それでも睨み上げて、月島から目を離さない沢村に、
「死にてえならオレが殺してやるよ」
月島が獰猛に歯を見せつける。捕食者の見開かれた瞳で射抜かれ、沢村は「――ひ」と、小さく悲鳴を上げた。恐怖で意識が遠のきそうになりながらも、抗う彼女に多少の興味が引かれる。
「……結構よ。自分が死にたい時に死ぬから」
「つれないこと言うなよ。死ねないんだろ?」
月島は「沢村は死ぬ勇気がねえじゃねえかよ」と言い放ち、口の端を上げて嗤ったのだ。沢村の瞳に怒りが灯る。
「うるさいわね」
普段より低い沢村の声が、辺りを震わせる。
「オレは殺したい。殺したくてたまらないんだ」
月島がはあっ、と沢村の耳元で熱い息を荒げた。とてつもなく興奮しているようだ。沢村のおかげで月島の内面も分かりそうだな。あいつの反応からして、どうやら人を殺したいだけのようだ。だが殺人の意思をも、抑えようとしているのかもしれない。彼の左手は自身の胸元を掴み、制服に大きく皺が寄っていた。
「これでも抑えてるんだよ。オレは人を殺したいけど、このオレはまだ殺したことがないんだ……初めてはお前が良い」
具合が悪そうに沢村の肩に凭れ掛かったせいで、沢村の体が見えなくなる。
あいつ、どさくさに紛れてセクハラとかしてねえだろうな。
沢村はその腕を振りほどこうと暴れるが、月島は沢村の体を抱きしめて離さない。これがただのバカップルだったら見捨てるんだが、熱烈な殺人プロポーズだったからな。見捨てる訳にはいかない。
「事態が収拾不可能になっちゃうから、やめてったら!」
「莫迦が。離れろ」
沢村は一体何の心配をしてるんだよ、と思いながら、俺は階段から飛び出して月島に飛び蹴りを食らわした。月島の方が体格は良いが、助走を付けたおかげで大きな体が吹っ飛んだ。視界に写り込んだ沢村が目を丸くさせる。
緊迫していた空気が霧散して、沢村がその場に尻もちをついた。
「おい、大丈夫か沢村」
沢村の顔を覗き込めば、「天の助け! マイエンジェル!」と奇妙なことを言い出した。やはり手遅れだったようだな。
「あの莫迦は発情期なのか?」
俺は今来たばかりだという体で行く。
「……ええ、そうなの。キラー細胞に頭をやられて見境なく発情しているみたい。もし死にたいと思っても、月島に言っちゃ駄目だからね! 私に相談して!」
突っ込みどころが満載だが、とりあえず最近習ったキラー細胞をそんなジョークに据えるだなんて、センスがないな。
「よく分かんねえけど、月島には言わねえな」
俺は沢村から離れ、吹っ飛んでそのまま転がっている月島の頭を遠慮なく足蹴にした。月島の涎が廊下へと垂れる。汚いな。
この猪突猛進ぶりにはひやりとさせられる。
「来てくれて助かったわ。ありがとう」
沢村が礼を告げる。
「いや、気にすんな。俺は居残りで校舎に残っていたが、お前たちはどうしたんだ?」
「私たちは……」
言いにくそうに視線を逸らされる。だが、こちらも逃がすつもりは毛頭ない。
「何だよ」
「……っ」
狼狽えた沢村は暫く悩んだ様子だったが、「黒川くんもあの時、一緒にいたじゃない? ほら、七不思議が現実かどうか確かめに行きたいねって話をしたでしょ」とやっと重たい口を開いた。
「その放課後に月島から七不思議調査に誘われたのよ。だって夜の学校に忍び込んで、心霊スポット巡りみたいなことをするのよ!? すっごく憧れるじゃない!」
「つまりまんまと誘い出されたってことか」
「……そういうことになりますね」
先ほどまで騒いでいた沢村が、死んだ魚のような目をして、すんなりと大人しくなる。
「オレさあ。以前に沢村を一目見た時から、気に入っていたんだよ。死にたくて死にたくて、それでも死にきれない。そんな表情をしていたから」
「……表情?」
沢村が訊き返す。
「そうだぜ。心から死にたいと願ってる表情なのにさ、死にきれないのが面白くてな。そんな自分が弱くて嫌い、か? 今でもそう思ってんだろ」
「……それがあんたと何の関係がある訳?」
肯定も否定もしない沢村。だがその返答は、月島の言葉が図星だという表れだ。月島もそう悟った筈だ。「にひっ」と気味の悪い笑みを浮かべ、沢村を殺したいという欲が全身から滲み出ている。
畏怖。沢村の身に纏う感情はその一言に尽きる。月島の殺気が、遠く離れた位置にいる俺にも届く。肌がピリピリとひりつき、俺をも呑み込もうとする闇。――このままでは、あいつは絶対に沢村を殺す。
沢村の目の前には、ずっと彼女の求めてきた死が在る。歓喜するべきだろうに、彼女は怯えている。ただそれだけで沢村の在り方が中途半端だと分かった。樋脇のように自分の在り方に全振りしている奴は少ないだろうな、と思い浮かべる。
「……まさか灯台下暗しなんて言わないわよね」
沢村も気付いたのだろう。自身の死にたくない、という感情に。
月島が沢村の目と鼻の先にいる。背後は壁で退路もない。沢村が逃げようと、左足を一歩踏み出した瞬間。
――ドンッ。派手な音と共に月島の右手が、沢村の顔すれすれに置かれていた。
……これは俗にいう壁ドンなのでは、って絶対に沢村はそう思ってるだろ。それでも睨み上げて、月島から目を離さない沢村に、
「死にてえならオレが殺してやるよ」
月島が獰猛に歯を見せつける。捕食者の見開かれた瞳で射抜かれ、沢村は「――ひ」と、小さく悲鳴を上げた。恐怖で意識が遠のきそうになりながらも、抗う彼女に多少の興味が引かれる。
「……結構よ。自分が死にたい時に死ぬから」
「つれないこと言うなよ。死ねないんだろ?」
月島は「沢村は死ぬ勇気がねえじゃねえかよ」と言い放ち、口の端を上げて嗤ったのだ。沢村の瞳に怒りが灯る。
「うるさいわね」
普段より低い沢村の声が、辺りを震わせる。
「オレは殺したい。殺したくてたまらないんだ」
月島がはあっ、と沢村の耳元で熱い息を荒げた。とてつもなく興奮しているようだ。沢村のおかげで月島の内面も分かりそうだな。あいつの反応からして、どうやら人を殺したいだけのようだ。だが殺人の意思をも、抑えようとしているのかもしれない。彼の左手は自身の胸元を掴み、制服に大きく皺が寄っていた。
「これでも抑えてるんだよ。オレは人を殺したいけど、このオレはまだ殺したことがないんだ……初めてはお前が良い」
具合が悪そうに沢村の肩に凭れ掛かったせいで、沢村の体が見えなくなる。
あいつ、どさくさに紛れてセクハラとかしてねえだろうな。
沢村はその腕を振りほどこうと暴れるが、月島は沢村の体を抱きしめて離さない。これがただのバカップルだったら見捨てるんだが、熱烈な殺人プロポーズだったからな。見捨てる訳にはいかない。
「事態が収拾不可能になっちゃうから、やめてったら!」
「莫迦が。離れろ」
沢村は一体何の心配をしてるんだよ、と思いながら、俺は階段から飛び出して月島に飛び蹴りを食らわした。月島の方が体格は良いが、助走を付けたおかげで大きな体が吹っ飛んだ。視界に写り込んだ沢村が目を丸くさせる。
緊迫していた空気が霧散して、沢村がその場に尻もちをついた。
「おい、大丈夫か沢村」
沢村の顔を覗き込めば、「天の助け! マイエンジェル!」と奇妙なことを言い出した。やはり手遅れだったようだな。
「あの莫迦は発情期なのか?」
俺は今来たばかりだという体で行く。
「……ええ、そうなの。キラー細胞に頭をやられて見境なく発情しているみたい。もし死にたいと思っても、月島に言っちゃ駄目だからね! 私に相談して!」
突っ込みどころが満載だが、とりあえず最近習ったキラー細胞をそんなジョークに据えるだなんて、センスがないな。
「よく分かんねえけど、月島には言わねえな」
俺は沢村から離れ、吹っ飛んでそのまま転がっている月島の頭を遠慮なく足蹴にした。月島の涎が廊下へと垂れる。汚いな。
この猪突猛進ぶりにはひやりとさせられる。
「来てくれて助かったわ。ありがとう」
沢村が礼を告げる。
「いや、気にすんな。俺は居残りで校舎に残っていたが、お前たちはどうしたんだ?」
「私たちは……」
言いにくそうに視線を逸らされる。だが、こちらも逃がすつもりは毛頭ない。
「何だよ」
「……っ」
狼狽えた沢村は暫く悩んだ様子だったが、「黒川くんもあの時、一緒にいたじゃない? ほら、七不思議が現実かどうか確かめに行きたいねって話をしたでしょ」とやっと重たい口を開いた。
「その放課後に月島から七不思議調査に誘われたのよ。だって夜の学校に忍び込んで、心霊スポット巡りみたいなことをするのよ!? すっごく憧れるじゃない!」
「つまりまんまと誘い出されたってことか」
「……そういうことになりますね」
先ほどまで騒いでいた沢村が、死んだ魚のような目をして、すんなりと大人しくなる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる