審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第一章 七不思議の欠片

因果応報?

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 心の奥底へと隠していたものを見抜かれた沢村が、悔しそうに顔を歪ませる。少しずつ後ろへと下がっていくが、ついに背が壁にぶつかってしまった。逃げ道はもうない。

「オレさあ。以前に沢村を一目見た時から、気に入っていたんだよ。死にたくて死にたくて、それでも死にきれない。そんな表情をしていたから」
「……表情?」

 沢村が訊き返す。

「そうだぜ。心から死にたいと願ってる表情なのにさ、死にきれないのが面白くてな。そんな自分が弱くて嫌い、か? 今でもそう思ってんだろ」
「……それがあんたと何の関係がある訳?」

 肯定も否定もしない沢村。だがその返答は、月島の言葉が図星だという表れだ。月島もそう悟った筈だ。「にひっ」と気味の悪い笑みを浮かべ、沢村を殺したいという欲が全身から滲み出ている。
 畏怖。沢村の身に纏う感情はその一言に尽きる。月島の殺気が、遠く離れた位置にいる俺にも届く。肌がピリピリとひりつき、俺をも呑み込もうとする闇。――このままでは、あいつは絶対に沢村を殺す。
 沢村の目の前には、ずっと彼女の求めてきた死が在る。歓喜するべきだろうに、彼女は怯えている。ただそれだけで沢村の在り方が中途半端だと分かった。樋脇のように自分の在り方に全振りしている奴は少ないだろうな、と思い浮かべる。

「……まさか灯台下暗しなんて言わないわよね」

 沢村も気付いたのだろう。自身の死にたくない、という感情に。
 月島が沢村の目と鼻の先にいる。背後は壁で退路もない。沢村が逃げようと、左足を一歩踏み出した瞬間。
 ――ドンッ。派手な音と共に月島の右手が、沢村の顔すれすれに置かれていた。
 ……これは俗にいう壁ドンなのでは、って絶対に沢村はそう思ってるだろ。それでも睨み上げて、月島から目を離さない沢村に、

「死にてえならオレが殺してやるよ」

 月島が獰猛に歯を見せつける。捕食者の見開かれた瞳で射抜かれ、沢村は「――ひ」と、小さく悲鳴を上げた。恐怖で意識が遠のきそうになりながらも、抗う彼女に多少の興味が引かれる。

「……結構よ。自分が死にたい時に死ぬから」
「つれないこと言うなよ。死ねないんだろ?」

 月島は「沢村は死ぬ勇気がねえじゃねえかよ」と言い放ち、口の端を上げて嗤ったのだ。沢村の瞳に怒りが灯る。

「うるさいわね」

 普段より低い沢村の声が、辺りを震わせる。

「オレは殺したい。殺したくてたまらないんだ」

 月島がはあっ、と沢村の耳元で熱い息を荒げた。とてつもなく興奮しているようだ。沢村のおかげで月島の内面も分かりそうだな。あいつの反応からして、どうやら人を殺したいだけのようだ。だが殺人の意思をも、抑えようとしているのかもしれない。彼の左手は自身の胸元を掴み、制服に大きく皺が寄っていた。

「これでも抑えてるんだよ。オレは人を殺したいけど、このオレはまだ殺したことがないんだ……初めてはお前が良い」

 具合が悪そうに沢村の肩に凭れ掛かったせいで、沢村の体が見えなくなる。
 あいつ、どさくさに紛れてセクハラとかしてねえだろうな。
 沢村はその腕を振りほどこうと暴れるが、月島は沢村の体を抱きしめて離さない。これがただのバカップルだったら見捨てるんだが、熱烈な殺人プロポーズだったからな。見捨てる訳にはいかない。

「事態が収拾不可能になっちゃうから、やめてったら!」
「莫迦が。離れろ」

 沢村は一体何の心配をしてるんだよ、と思いながら、俺は階段から飛び出して月島に飛び蹴りを食らわした。月島の方が体格は良いが、助走を付けたおかげで大きな体が吹っ飛んだ。視界に写り込んだ沢村が目を丸くさせる。
 緊迫していた空気が霧散して、沢村がその場に尻もちをついた。

「おい、大丈夫か沢村」

 沢村の顔を覗き込めば、「天の助け! マイエンジェル!」と奇妙なことを言い出した。やはり手遅れだったようだな。

「あの莫迦は発情期なのか?」

 俺は今来たばかりだという体で行く。

「……ええ、そうなの。キラー細胞に頭をやられて見境なく発情しているみたい。もし死にたいと思っても、月島に言っちゃ駄目だからね! 私に相談して!」

 突っ込みどころが満載だが、とりあえず最近習ったキラー細胞をそんなジョークに据えるだなんて、センスがないな。

「よく分かんねえけど、月島には言わねえな」

 俺は沢村から離れ、吹っ飛んでそのまま転がっている月島の頭を遠慮なく足蹴にした。月島の涎が廊下へと垂れる。汚いな。
 この猪突猛進ぶりにはひやりとさせられる。

「来てくれて助かったわ。ありがとう」

 沢村が礼を告げる。

「いや、気にすんな。俺は居残りで校舎に残っていたが、お前たちはどうしたんだ?」
「私たちは……」

 言いにくそうに視線を逸らされる。だが、こちらも逃がすつもりは毛頭ない。

「何だよ」
「……っ」

 狼狽えた沢村は暫く悩んだ様子だったが、「黒川くんもあの時、一緒にいたじゃない? ほら、七不思議が現実かどうか確かめに行きたいねって話をしたでしょ」とやっと重たい口を開いた。

「その放課後に月島から七不思議調査に誘われたのよ。だって夜の学校に忍び込んで、心霊スポット巡りみたいなことをするのよ!? すっごく憧れるじゃない!」
「つまりまんまと誘い出されたってことか」
「……そういうことになりますね」

 先ほどまで騒いでいた沢村が、死んだ魚のような目をして、すんなりと大人しくなる。

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