審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第一章 七不思議の欠片

鏡の怪異

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「てめえ」
「いや、冗談だってば!」
「冗談でも人を階段から落とそうとするな。殺されてえのか」

 俺がいくら睨んでも、月島は動じることなく大笑いしている。怒りのまま、月島の腕を振り払う。その手は簡単に離れた。何処までも人をおちょくりやがって。
 殺気が俺の体から放出しては膨れ上がる。それを受けても尚、飄々としている月島とは違って、沢村は張り詰める空気をどうすることも出来ずによろめいた。

「いいね、黒川も面白い」

 月島の声のトーンが変わった。今度は俺をどう調理しようかと舌なめずりしているようだ。見境のない屑め。
 暫く俺と月島は無言の衝突を繰り広げた。突然、月島が肩を竦める。

「――まあいいぜ。夜道に女一人じゃ心許ねえし、もう帰ろうぜ。深夜まで校舎に残るのは大変だったけどなあ」

 嫌味ったらしく告げる月島に殺意が増す。

「苦労して、折角夜になるまで待ってたのにな。勿体ねえだろ、沢村?」
「へぁ?」

 先ほどから俺と月島の間をおろおろと見ていた沢村が、素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。
 驚きすぎるだろ。

「そうだろ?」
「え、あー……、どうだろ。ごめん。突然のことで、全然頭がついていけないよ」
「そうだな、じゃあ帰ろうぜ。沢村にはオレの頼みを聞いてほしいからな」

 月島が沢村を射抜く。要は沢村を殺したいってことだろ。まっすぐな殺意を明確に向けられ、沢村が顔を引き攣らせる。そして月島が俺の傍を通って階段を降り始めた。あいつに従うのは癪だが、どうやら月の女神は俺に微笑んだようだ。

 近くの窓から差し込まれる月明りによって、踊り場までは足元が見えた。しかし、踊り場から階下は真っ暗で何も見えない。慎重に降りていくしかないようだが、月島は臆することなくそのまま進む。
 流石に沢村は視界が悪い中、階段を下る勇気がなかったようで、息を呑んだ。前からでも、後ろからでも倒れ込んでも良いように、沢村を俺の前に行かせる。月島と俺が良いクッションになるだろ。
 俺たちの足音と息遣いだけが、闇の中で息づいていた。すると沢村が急に立ち止まったので、危うく接触事故を起こし掛けたが、俺はつんのめっては手摺を掴んで事なきことを得た。

「どうかしたのか、沢村」

 後ろから声を掛けたが、沢村は固まったままだ。僅かに震えているのか、空気が揺らぐ。

「……誰かが私たちを見てる」
「は?」
「うげっ」

 沢村が前にいた月島の腕を鷲掴みにしたので、今度は月島がつんのめる。一人で先に進もうとしたからだ、莫迦が。しかし、月島はお得意の体幹で階段から転げ落ちることは無かった。そのまま落下死すれば良かったんだがな。
 緊張の糸を張り巡らせたまま、沢村は勢いよく俺へと振り返った。その瞬間、身の毛もよだつ不快感と激しい焦燥感が俺の背に走り抜けた。
 ――これは何だ? 目の前の沢村からではない。何かが俺たちを脅かそうとしている。そんな危機感があるのだ。
 沢村と俺の視線はかち合うことなく、沢村は俺の後ろを怯えた瞳で見つめている。

「まさか、」
「月島……。鏡の怪談ってナンバー四を達成しないと、現れないのよね?」
「そうだな。オレはそう聞いた」
「……そう」

 月島も何事かと沢村の方へと振り向いてからずっと、俺の背後から視線を逸らさない。それだけで異常な事態が発生しているのだと把握した。
 俺はゆっくりと振り返る。――それは黒かった。
 俺達の視線の先に、踊り場に飾られている大きな鏡がある。月影は踊り場までは届くはずだった。俺達の位置から考えるに、あの鏡には俺が映りこまなければいけない。だが鏡の中に俺の姿はなく、黒一色だったのだ。
 いや、分かってる。そんな悠長なこと考えていられない。鏡の表面は黒く染まっているだけでなく、渦を巻いたかのように蠢いている。時折、ぐつり、と煮詰まるような音も聞こえてきた。

「……暗いしさ、鏡なんて見えねえのが普通じゃねえか?」

 だから黒一辺倒にしか見えないのではないか、とでも言いたいのだろう。確かに月島の考えは理解できる。沢村も頷きかけたし、俺も思考の何処かでそう望んだ気がする。だが有り得ない。
 俺は首を振って否定すると、沢村は怯えた目で俺を睨んだ。どうしてそんな夢も希望も無いことを言うの、と心の声が聞こえてくるようだ。

「もしそう仮定するなら、何故俺達は互いの顔が見えるんだ?」

 現実に帰して悪いが、これは現実である。
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