審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第一章 七不思議の欠片

夜の校舎からの退却

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 先ほどまでは、自分が何処にいるのかさえ分からない程の暗さだった。
 しかし今は、沢村や月島の表情が目に入る。それはこいつらも然り。それが何を指し示すのか明白だ。

「っつーことは……」

 月島が声を漏らした途端、鏡の表面で靡いていた揺らめきが凪いだ。それから静かに揺れる。波紋のように広がって、そして鏡が細かくひび割れていく。その中から、一本の指がゆっくりと覗けた。鋭利な爪だ。それが俺達の方へと伸び、お前たちを逃がさないと言わんばかりの仕草を見せつけてくる。

「お前ら、逃げるぞ!」

 俺が一喝すると、俺達の間に走っていた嫌な緊張感が解けた。止まっていた時間が動き出す。――俺達は走り出した。
 沢村の足が縺れてバランスが取れずに転びそうになったが、月島がその腕を掴んで引っ張り上げる。引き摺られていくその背に、俺も手を伸ばして押す。

「早く行け! 追いつかれる!」

 沢村は目を大きく見開いて、ぼんやりとしていた。身体も震え、未だに現実が理解できていないようだ。そんな莫迦を押しやりながら、俺達は走って走って走り抜けた。息が苦しくても構っていられない。あいつらに捕まってはいけない焦燥感に駆られて、必死だった。
 残りの階段を勢いよく駆け下りて、廊下を横切って校庭へと飛び出る。その時、ふと屋上できらり、と光る何かが見えた。首を回し、目を細めて見るが、暗闇で何も見えない。
 気のせいか……?
 俺達は校庭のど真ん中まで全力疾走し、やっと立ち止まった。そして崩れ落ちるようにして転がった。誰もが無言だった。荒い呼吸を必死に押し留めようとする。一息つけば、夜風がひんやりと気持ち良かった。汗が額を伝い、暫くすると肌寒くなってくる。だが息を整えることは出来た。

「こんなに一気に走ったのは久しぶりだ」

 月島が能天気に笑う。ちっとは命の危険を感じろよ。
 俺は立ち上がろうと、膝に手をついた。喉の奥に鋭い痛みが走る。まだ鼓動が激しく波打っていた。これは身体的な問題なのか、それとも恐怖、興奮なのか。視界が回って口元を抑えると、汗の雫が顎を伝って地面へと落ちていった。
 今度は何処からか、強い視線を感じた。俺はゆっくりと顔を持ち上げ、校舎を見上げる。
 それは闇に紛れていた。灯りも全くついていない。あいつらも既に撤退した後だろう。闇が校舎全体を支配しているというのに、僅かに浮かぶ影が見えた。沢村も気付いたようで、瞼を擦り上げて再度確かめている。
 だがあれは気のせいなんかじゃない。三階の窓から影が三体立っている。――あれは怪異だ。

「アレは……私たちが解き放ってしまったの?」

 沢村の言葉に誰も答えない。
 俺が深い息を吐き切り、重たい口を開いた。

「……使者、だな」
「私たちを殺しに来るの……?」
「そういうことだなっ。面白くなってきたぜ!」

 愕然とする沢村とは違い、月島は愉し気に口の端を上げた。まさかお前と気が合うとは思わなかったな。これで俺の計画も前倒しになった。本当に最高な奴らだよ、と俺は心の底から嗤う。
 ――とりあえず帰るか。あとは実験を成功させるだけだ。

「おい、沢村」

 何度呼び掛けても反応しない沢村の頭を、軽く叩いて現実に戻す。呆然と立ち尽くしていた沢村は、身体を跳ねらせて「な、なに!?」と驚きの声を上げた。

「帰るぞ」

 未だに足の覚束ない沢村を抱えた俺達は、そうして夜の校舎から逃げ出したのだった。
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