審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第一章 七不思議の欠片

13.沢村の過去

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 幕間。
 私は地元の図書館へと足を運んだが、鏡に纏わる怪談に関する記録は何も見つからなかった。そもそも怪談って検索しても、出てくるのは児童書ばかり。
 せめて鏡だけでも何かしら出てこないか、と一冊ずつ目次を確認してみたけれど、それも徒労に終わった。
 図書館の端末から顔を上げる。集中があっという間に霧散する。――ああ、疲れた。結局何も情報が掴めなくて、唇を噛み締める。
 時計を見ると、針は二十時を指していた。

「もうこんな時間か」

 私は荷物を持って、図書館から出た。空は蒼色を描き、底寒い風が頬に当たる。薄気味悪い体験をしたばかりだと、薄暗い中で歩き回りたくはない。

「早く帰らなきゃ」

 そう思っても、段々と歩くスピードが落ちていく。少し疲れちゃった。
 自宅まではあと十分程で辿り着くけれど、今更ながら自転車で来れば良かったと後悔する。いや、でも自転車を持ってきても、ペダルを漕ぐのに疲れてどうせ歩くことになるかあ。
 自然と視線が足元へ落ちる。
 そう言えば、あの日も今と同じ時間帯だったっけ。
 こうも薄暗いと嫌な記憶が勝手に紐解かれてしまう。意識を塗り替えようとしたが無駄だった。

「……ッ!」

 頭に痛みが走って、私は呻いた。手を側頭部に置くが、痛みは増々広がる。目の奥が白くなり、あの時の記憶が鮮やかに蘇った。

 遡ること三年前。私が中学二年生の時のことだ。
 私には親友と呼べる友人が隣にいた。家が隣同士で、よく一緒に学校に通った。漫画や映画も、好きな男子も同じ。私たちは性格が少し違うだけの似た者同士だった。だからずっと一緒にいた。帰宅してもどちらかの部屋に遊びに行き、学校も何処でも共に行動した。
 だけどあの時は違った。――紅は私のいない間に暴力を振るわれたのだ。
 その日は委員会の居残りがあり、紅は一人で帰宅の途に着いた筈だった。委員会は中々終わらず、私は徐々に暗くなる窓の外を眺めていた。私は平委員だったし、人手も足りていたのに、どうして退屈な委員会に出ているんだろうと思う程だった。
 そして、やっと解放され、いの一番に家に帰った。
 制服から普段着へと早く着替えて、紅の家にお邪魔しようと考えていると、インターホンが突然鳴った。玄関に向かえば、そこには私の父と、視線を右往左往しては身体を震わせている紅の母親が立っていた。
 二人が振り返って、私を見た時、嫌な予感が走った。今でも彼女の『あの子が帰ってきてないの』と私に縋り付く、か細い声が忘れられない。

 結局のところ、私も詳細をきちんと教えて貰っていない。だけど彼女自身や彼女の親、私の父からの断片的な情報で、紅の身に何が起きたのか知った。
 紅は私と一緒に帰る為に近くの公園で待っていたらしい。そこは私たちがいつも帰宅する途中にあった。多分紅は私が委員会を終えて、この公園を通った際に、私を驚かせようとしていたのだと思う。だけど事件は起こってしまった。複数の見知らぬ男が彼女を囲んで、捕まえて、連れ去って――。
 もし私が委員会で居残りをしなければ。もし教室で待っていて、と伝えていれば。私に残されたのは身を焼き尽くす怒りと、灰となって山積みになった後悔だった。
 過ぎ去ったものはもう取り戻せない。人生の針は動き続けることしか出来ない。
 私にも彼女にも植え付けられた傷跡の膿は、彼女の命をも蝕んだ。私は出来る限り彼女の傍にいたが、慰める言葉など出て来やしなかった。こんなに近くにいるのに、彼女から目を逸らすことしか出来ない。だってあいつらが私たちの絆をぶっ壊したから。だって私の言葉で、視線で彼女を穢し、傷付けたくなかったから。
 そして掛ける言葉が見つからないまま、彼女は寒くて暗い空の下で自殺した。

 ――紅。彼女がいなければ、私は生きている意味を見出せない。
 どれだけの月日が経とうが、私の目に映るのは醜い人間どもの皮。何度彼女を追いかけようとしたことか。
 私が騒ぎを起こそうとする度に、父は言った――『たかが友達が死んだ程度で、何故死にたいと思うんだ』と。その時に父は何も理解できないのだと悟った。
 私はこの世を恨んだ。彼女の希望と命を奪いやがったあいつらも、彼らに味方した連中も、彼らを野に放した司法も。
 でも樋脇くんがあいつらをなんとかしてくれたから、煮え滾るこの想いは少しだけ楽になったのだ。

 気付くと、家に辿り着いていた。玄関の前をぼんやりと立ち尽くしていたみたい。灯りはない。まだ父は帰っていないのだろう。最近は仕事で忙しいって言っていたし、こういう時に限って頼りになる人って本当にいない。自分の身は自分で守れってか、と毒づく。
 鞄から鍵を取り出して中に入り、脱いだ靴をお行儀よく踵をくっつけるようにして揃えた。玄関の壁に手を伸ばし、電気を点灯させると、一気に明るくなった。
 家に帰ってきた実感が沸いて、私はほっとした。
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