審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第一章 七不思議の欠片

15.タロットと言う対話

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 円月が覗いている。僕は窓から差し込む清らかな光に目を細め、キッチンへと向かった。
 今日は水晶が使えない。代わりにはならないかもしれないが、何もないよりは良いか。その判断のもと、棚からワイングラスを取り出した。リムとプレートが金色に彩られた縁となっており、黄金の花が装飾されている。形状からして薔薇だろう。ワインを注げば、硝子から反射して薔薇に色が乗る。赤ワインだと赤薔薇、白ワインだと白薔薇。母はその趣深いところが大層気に入っていた。
 そのワイングラスに水を注ぎ、天窓の近くの台に置いた。月明りに照らされて、黄金の薔薇が咲き誇る。
 タロットカードを持ち出して、一度ワイングラスの近くに置く。

「別に迷ってる訳じゃないんだ」

 静かに呟く。

「君の言う通りだとして、僕の信念を貫いても事態は変わらない。でも第三の手があったとしたら?」

 窓が一つも開いていない室内で、そよ風が吹く。
 僕はそれを無視し、タロットカードを横にシャッフルした。未来を見るつもりはなかった。只、自信が欲しかったのだ。僕がその手を取り合っても良いのか、確信が――。
 シャッフルし終え、扇状にタロットカードを開く。直観に従って一枚を取り、それを裏返す。

「――Hermit」

 正位置の隠者。隠者とは俗世間から逃れ、身を隠すように生きている人のことだ。一言で表すとしたら『探求』を指している。
 僕はじっとカードを見つめる。

「……影? いや、核心をつく助言を表してるのか」

 そう零した瞬間、携帯の着信音が鳴った。携帯の画面を見ると、既に二十四時を回っていた。こんな夜更けに誰が何の用だろう、と思う間もなく、渡辺ちゃんの名前が表示されていた。
 無視を決め込むべきか悩むところだったが、沢村さんの身に何かが起こったのかもしれないと思い返し、電話に出る。

「どうかしたの、渡辺ちゃん」
『出るのが遅いわよ』

 開口一番にして、文句が返ってきた。

「……やっぱり切った方が良かったのかなあ」
『何か言ったかしら?』
「いえ、何でもありません」

 僕はベッドに腰掛けて、電話を持っている手とは反対の手で、タロットカードを一枚引いた。ちょっとだけ好奇心が擽られたのだ。渡辺ちゃんには一体何が求められているのか、彼女は何者か。
 人間は毎日が違う生き物である。勿論、その人個人が毎日変わる訳ではない。性格は環境によって変質をもたらすだろうが、その人の本質はおいそれと変わらない。しかし、その日の生き方、選択、気分は無常だ。そして転換期を迎えると、その人の在り方が全く変わってしまうことがある。
 渡辺ちゃんの明日は何者か、それが気になる。
 カードを裏返すと、『Judgement』が現れた。一言で表すと復活だ。

「新生……変革期、ね」

 それは確かに頷ける。そう思っていると、電話口から『ちょっと?』と身の毛もよだつ声が聞こえてきた。

『話、聞いてるのかしら』
「あ――、ごめんね?」

 わざとらしく大きな溜息を吐かれた。これ以上、僕を責めても無駄だと判断したみたいで、渡辺ちゃんが『もう良いわよ』と呆れた口調で言う。

「ええと、それで?」
『家に侵入されたわ』
「それって危ないんじゃないの? 渡辺ちゃんは無事なの? 警察でも呼ぼうか?」

 僕に電話している場合じゃないと思うんだけどな。

『わたくしのことでは無くてよ!』

 渡辺ちゃんが苛立ったように叫んだ。耳が痛い。しかし、すぐに息を潜める辺り、渡辺ちゃんは沢村さんの家の近くにいるのだと予想づける。
 あの渡辺ちゃんでも慌てるような事態が起こり、パニックになったところで僕に電話を掛けてきたって線が濃厚かなあ。

「了解。沢村さんの家なんだね。それで彼女は大丈夫なの?」
『理解が早くて助かるわ。わたくしのお屋敷にでも呼んであげても良くてよ?』
「お断りしておくよ。どうせ客人としてじゃなくて、使用人としてでしょ」
『貴方を使用人にしたら、わたくしが殺されてしまうわよ。貴方なんて守る必要も価値もないのでしょうけれど、一応わたくしたち委員会の対象者なのよ。月島くんとは違って過激なファンなんていなくても、用心に越したことはないわ』
「あはは。月島くんは凄い人気だもんね。」

 噂ではストーカーもいたらしい。あくまで噂の範疇だけれど。

『とにかく彼女は無事よ。……あの月島が助けに入ったみたいね。わたくしでは間に合わなかったわ』

 悄然とした声が聞こえてくる。

「まあ、無事で良かったじゃない。いくら渡辺ちゃんでも沢村さんをずっと見張ってることなんて出来ないでしょ」
『それじゃ駄目なのよ!』

 喉を震わせ、息を詰める音。空気が揺らぎ、微かな雑音が入る。

『それじゃ……っ、彼女を守ることが、出来ないわ』

 渡辺ちゃんは追い込まれていた。そもそも渡辺ちゃんはお嬢様だ。人を守るよりは、守られる人種だ。日本でも五本指に入るほどの富豪だと聞く。ボディーガードの一人、二人は雇われているだろうが、今の渡辺ちゃんは跳ね除けてしまう筈だ。ぞろぞろと沢村さんの周辺にいれば、いくら鈍感でも気付いてしまうだろうし。
 人を守る意味も知らない人間が、特定の人間を守る。なんて歪で滑稽なんだろう。今の渡辺ちゃんには足りないものがある。自分を大切に出来ない者に他人を守ることなんて出来やしないのに。

「そう、でも八つ当たりされても困るからね」

 僕だって自分を幸せに、誰かを幸せにするために動いているんだから、渡辺ちゃんの面倒まで見れない。
 沢村さんには環境が、黒川くんには頭脳が、月島くんには強靭な肉体が、渡辺ちゃんには財力がある。だけど僕には何もない。僕自身に出来ることは何にもないのだ。ただ感情に従って、僕の希望を遵守しようとしているだけに過ぎない。

『……別にしてないわ。わたくしではどう守れば良いのか分からないのよ』
「引継ぎはしてないの?」
『してると思う?』
「してたら、僕に頼ってないってことね……」

 思わず乾いた笑みが零れる。

「僕だって出来ることは少ないんだけどね」
『謙遜でもしてるのかしら。このわたくしが貴方を頼れる男として認めているのよ。誇りに思っても良いわ』
「それはありがとう」
『何か良い案はないのかしら』

 僕と話したことで開き直ったのか、渡辺ちゃんの声に不遜さが戻っている。まあ、渡辺ちゃんがしおらしいと、こっちが調子狂うし。
 渡辺ちゃんには守護者としての力が備わっている筈なのに、沢村さんと同じくして何かが足りていない。沢村さんも未だに鍵の存在に気付いていないし、渡辺ちゃんに至っては自分の中に眠る力を解放する術を持っていない。
 解放するためのアイテムが足りていない、か……。
 これは彼女たちの問題であって、僕にはどうすることも出来ない。

「まあ、今回は沢村さんに任せなよ」
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