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第二章 わたし、めりーさん
机上の空論
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「そもメリーが人に憑りつくのかって話が、キーだな」
「どういうこと?」
沢村が首を捻る。
「怪異には感情も性格もない、意思だってない。変容はあり得るが、意思がない以上、憑りつくことはしない。だから、フィールドを展開した上で、ターゲットである俺たちを狙い撃ちするんだ。メールの文脈を見るに、メリーという人格がゲームを誘ってきたかのようにも見えるが、これは罠に過ぎない。つまりクラスメイトの内の誰かがメリーだったにしろ、メリーの人格が宿る訳じゃないんだ」
「えっと、じゃあ誰かの様子がおかしいからと言って、メリーじゃないってこと?」
「鏡の怪異と同様に、メリーの本質を考えない限りは分からない。おそらくメリー本来の怪談では、人形として捨てられない限り発生しないが、さらにメリットとデメリットを考慮した上で形成された怪異だ。つまりメリーが何故このような形……わざわざ千堂に携帯を拾わせたのか、俺たちを人狼ゲームへと誘い入れたのか。それを考える必要がある」
しかし、考えたとしても、道筋は見えても事実は掴めないだろうな。
「本質かあ……。でもメリーさんは元々電話の怪談話よね?」
「いや、確かに電話を通じてはいるが、どちらかと言うと人形の怪談話と言えるだろう。ある女の子がメリーと言う名の人形を捨てたことで、一本の電話から始まる話だ。黒電話なのか携帯電話なのか、俺には分からないが、典型的な『わたし、メリーさん。今××にいるの』と電話口で告げてくる。その電話が何度か入り、彼女の答える場所は徐々に女の子の家へと近づいてくる。そして最終的に『わたし、メリーさん。今貴方の家の前にいるの』『わたし、メリーさん。今貴方の後ろにいるの』と続き、女の子が振り向いてジ・エンドだな」
気味悪く感じたのか、沢村が両腕を擦り、窓硝子をちらちらと確認している。呆れかえった視線を向ければ、沢村も窓に映り込む俺の姿でも見てしまったのだろう、即座に「どうぞ話を続けて」と咳払いした。
自然と互いに、まだ手付かずの弁当箱を取り出す。俺はコンビニで買ったお握りだが。月島は昼休みに入った途端に弁当を取り出し、あっという間に食べ終わってしまった。
「俺たちの場合も、電話から始まった。あの定形文句と共にな。だが途中からメールへと切り替わっている」
「確かに一斉送信だったもんね」
「メールの方が怪異にとってもお手軽だったんだな」
「それも多くの命が狙えるからってことよね。これが黒川くんの言う怪異のメリットよね?」
沢村の言葉に、「その通りだ」と頷く。こちらの話に集中したせいで、沢村が卵焼きを食べようと口を開いた瞬間、ぽろりと床に落としてしまった。
「あわわ」
慌てて机の引き出しからポケットティッシュを取り出し、落ちた卵焼きを拾い上げる。その様子を横目に、窓の外を見る。反射して眩しい硝子の中に人影が映る。
「もう一つの謎は、人狼ゲームを模している点だ」
『メリーさんの電話』が何故、人狼ゲームをやりだしたのか。
「でも、それって机上の空論じゃない?」
「そうだな」
「それじゃ、私たちの話し合いも無駄よね。……あーあ、これで振り出しに戻るのかあ。騎士の存在もまだ未確定だし、流石に二連続で偶然守ってくれることもないよね……」
沢村が視線を落とす。その向こうで、樋脇が誰かと校門から出て行く姿が見えた。それから沢村に視線を戻し、「どうだかな」と返す。
「今日は情報収集に努めるべきだな。メリーの怪談話から手掛かりを得るべきだが、沢村。やりたければ、メリーの正体も探して良い」
「え、え、ええ」
沢村が煮え切らない返事をすると、後ろから「ほーん」と声がする。振り返らずとも月島だと分かる。
「師堂との対決はどうなったんだ」
胡乱げに問いかけてみると、
「それがさあ、一階まで行ったは良いけど、立川に何処へ向かえば良いのか聞くのを忘れちまってよ。そのまま戻ってきた」
「立川は大変だったろうな」
「さあな。オレは行ってねえから、知らねえや」
「師堂はどうしたんだ?」
「……あいつは樋脇が引き取ってくれた」
「へえ?」
月島が少し詰まらなそうにしている。この調子だと、聞いても教えてくれないだろうな。
「情報収集はまあ、図書館とか当たってはみるけど……投げやりにメリーの正体を探しても良いだなんて言われても難しいわよ。ええと、何だっけ。私と黒川くん、月島くん、それから千堂くんや立川くんは怪しくないわよね。役職持ちだし、当事者なもんだし。師堂くんは占い結果が白だったし、樋脇くんだって昨日の態度から違うと思うし。あ、そうだ!」
沢村は顔を上げ、勢いよく俺を見る。
「誰が白だったの!? 黒川くんが指名した人を教えてよ」
「師堂だ」
「へえ。え、え? 何で師堂くんを名指ししたの? 普段通りじゃなかった?」
混乱して沢村が頭を抱える。
「早めに白にしておきたかっただけだ」
手数にしたかったんだが、師堂に話しかけても、『俺さ、お前のこと嫌いなんだわ』で会話が終了してしまった。好きか嫌いかなんてどうでも良い。情報を落とせよ。
「なるほど? まあ、立川くんも白だししてたから、確定白……いや、役職が限られている中だと、無駄撃ち白……?」
「沢村」
「ひゃいっ」
黙れの念を込めると、沢村がすぐに口をつぐんだ。
「やっべ! 今日って何日だっけ?」
今度は月島が騒いだ。教室にはカレンダーが無い。普段は黒板に日付を書いておくが、今日の朝当番は働いていないようだ。廊下側の窓付近の壁にも小さな黒板があり、朝当番の名が書かれている。なんとなく興味を惹かれ、視線を滑らせると……俺だな。見なかったことにするか。
「確か六日じゃなかった? 昨日は子供の日だった気がする」
「マジか」
「なになに? 一体何事よ。何があったと言うのよ」
月島が白々しく慌てるので、沢村が引き攣った顔で繰り返し聞く。
「今日、提出のレポートをまだ終わらせてなかったわ」
お前も千堂と同レベルだな。俺も沢村も、月島へと蔑みの目を向けておいた。
「どういうこと?」
沢村が首を捻る。
「怪異には感情も性格もない、意思だってない。変容はあり得るが、意思がない以上、憑りつくことはしない。だから、フィールドを展開した上で、ターゲットである俺たちを狙い撃ちするんだ。メールの文脈を見るに、メリーという人格がゲームを誘ってきたかのようにも見えるが、これは罠に過ぎない。つまりクラスメイトの内の誰かがメリーだったにしろ、メリーの人格が宿る訳じゃないんだ」
「えっと、じゃあ誰かの様子がおかしいからと言って、メリーじゃないってこと?」
「鏡の怪異と同様に、メリーの本質を考えない限りは分からない。おそらくメリー本来の怪談では、人形として捨てられない限り発生しないが、さらにメリットとデメリットを考慮した上で形成された怪異だ。つまりメリーが何故このような形……わざわざ千堂に携帯を拾わせたのか、俺たちを人狼ゲームへと誘い入れたのか。それを考える必要がある」
しかし、考えたとしても、道筋は見えても事実は掴めないだろうな。
「本質かあ……。でもメリーさんは元々電話の怪談話よね?」
「いや、確かに電話を通じてはいるが、どちらかと言うと人形の怪談話と言えるだろう。ある女の子がメリーと言う名の人形を捨てたことで、一本の電話から始まる話だ。黒電話なのか携帯電話なのか、俺には分からないが、典型的な『わたし、メリーさん。今××にいるの』と電話口で告げてくる。その電話が何度か入り、彼女の答える場所は徐々に女の子の家へと近づいてくる。そして最終的に『わたし、メリーさん。今貴方の家の前にいるの』『わたし、メリーさん。今貴方の後ろにいるの』と続き、女の子が振り向いてジ・エンドだな」
気味悪く感じたのか、沢村が両腕を擦り、窓硝子をちらちらと確認している。呆れかえった視線を向ければ、沢村も窓に映り込む俺の姿でも見てしまったのだろう、即座に「どうぞ話を続けて」と咳払いした。
自然と互いに、まだ手付かずの弁当箱を取り出す。俺はコンビニで買ったお握りだが。月島は昼休みに入った途端に弁当を取り出し、あっという間に食べ終わってしまった。
「俺たちの場合も、電話から始まった。あの定形文句と共にな。だが途中からメールへと切り替わっている」
「確かに一斉送信だったもんね」
「メールの方が怪異にとってもお手軽だったんだな」
「それも多くの命が狙えるからってことよね。これが黒川くんの言う怪異のメリットよね?」
沢村の言葉に、「その通りだ」と頷く。こちらの話に集中したせいで、沢村が卵焼きを食べようと口を開いた瞬間、ぽろりと床に落としてしまった。
「あわわ」
慌てて机の引き出しからポケットティッシュを取り出し、落ちた卵焼きを拾い上げる。その様子を横目に、窓の外を見る。反射して眩しい硝子の中に人影が映る。
「もう一つの謎は、人狼ゲームを模している点だ」
『メリーさんの電話』が何故、人狼ゲームをやりだしたのか。
「でも、それって机上の空論じゃない?」
「そうだな」
「それじゃ、私たちの話し合いも無駄よね。……あーあ、これで振り出しに戻るのかあ。騎士の存在もまだ未確定だし、流石に二連続で偶然守ってくれることもないよね……」
沢村が視線を落とす。その向こうで、樋脇が誰かと校門から出て行く姿が見えた。それから沢村に視線を戻し、「どうだかな」と返す。
「今日は情報収集に努めるべきだな。メリーの怪談話から手掛かりを得るべきだが、沢村。やりたければ、メリーの正体も探して良い」
「え、え、ええ」
沢村が煮え切らない返事をすると、後ろから「ほーん」と声がする。振り返らずとも月島だと分かる。
「師堂との対決はどうなったんだ」
胡乱げに問いかけてみると、
「それがさあ、一階まで行ったは良いけど、立川に何処へ向かえば良いのか聞くのを忘れちまってよ。そのまま戻ってきた」
「立川は大変だったろうな」
「さあな。オレは行ってねえから、知らねえや」
「師堂はどうしたんだ?」
「……あいつは樋脇が引き取ってくれた」
「へえ?」
月島が少し詰まらなそうにしている。この調子だと、聞いても教えてくれないだろうな。
「情報収集はまあ、図書館とか当たってはみるけど……投げやりにメリーの正体を探しても良いだなんて言われても難しいわよ。ええと、何だっけ。私と黒川くん、月島くん、それから千堂くんや立川くんは怪しくないわよね。役職持ちだし、当事者なもんだし。師堂くんは占い結果が白だったし、樋脇くんだって昨日の態度から違うと思うし。あ、そうだ!」
沢村は顔を上げ、勢いよく俺を見る。
「誰が白だったの!? 黒川くんが指名した人を教えてよ」
「師堂だ」
「へえ。え、え? 何で師堂くんを名指ししたの? 普段通りじゃなかった?」
混乱して沢村が頭を抱える。
「早めに白にしておきたかっただけだ」
手数にしたかったんだが、師堂に話しかけても、『俺さ、お前のこと嫌いなんだわ』で会話が終了してしまった。好きか嫌いかなんてどうでも良い。情報を落とせよ。
「なるほど? まあ、立川くんも白だししてたから、確定白……いや、役職が限られている中だと、無駄撃ち白……?」
「沢村」
「ひゃいっ」
黙れの念を込めると、沢村がすぐに口をつぐんだ。
「やっべ! 今日って何日だっけ?」
今度は月島が騒いだ。教室にはカレンダーが無い。普段は黒板に日付を書いておくが、今日の朝当番は働いていないようだ。廊下側の窓付近の壁にも小さな黒板があり、朝当番の名が書かれている。なんとなく興味を惹かれ、視線を滑らせると……俺だな。見なかったことにするか。
「確か六日じゃなかった? 昨日は子供の日だった気がする」
「マジか」
「なになに? 一体何事よ。何があったと言うのよ」
月島が白々しく慌てるので、沢村が引き攣った顔で繰り返し聞く。
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