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【1章】断食魔女、森で隠遁生活を送る

9.悪魔のささやきに負けました(2)

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「勝手に事を進めるから、こういうことになるんですよ」


 言いながら『いい気味だ』と思うあたり、わたしも大分性格が歪んでいる。とはいえ、あれだけ迷惑を掛けられてきたんだもの。少しぐらい――――いや、うんと困れば良いと思う。


「そんなこと言って! 正直に言ってもジャンヌ殿は付いてきてくださらないでしょう?」

「そりゃあそうですよ。だけど、そうと分かっていてマリアに出来ない約束をしたのは貴方でしょう?」


 さすがの神官様も返す言葉が見つからないのだろう。悔し気な表情でぐっと口を噤んだ。


「マリア様、どうか泣かないでください」


 ふと見れば、わたしの隣で泣きじゃくるマリアを、侍女達が必死に慰めていた。彼女達はマリアの背中や頭を撫で、抱き締め、優しく慈悲深い表情を浮かべている。

 マリアもマリアだ。

 わたしなんか居なくても、こうして皆に可愛がってもらえているんじゃない。
 わたしはあの子が泣いたって、慰めてやらないし抱き締めてもやらない。『さっさと泣き止め!』って怒るし、ため息だって漏らす。

 こんな女のことなんて、さっさと忘れてしまえば良いのに――――そう思っている筈なのに、何故だか無性に目頭が熱い。

 面倒だって。良い迷惑だって思っているのに。


「三食昼寝付き、専用の侍女が付きます」


 背後から神官様がボソリと呟く。


「掃除や洗濯、面倒な家事は一切しないで良くなります。お召し物も、今より良いものをご準備します。他にも、ジャンヌ殿のご要望に出来る限りお応えしますよ」


 神に仕えるものが発しているとは思えない悪魔のささやき。『それなら』と言いたくなるような理由を並べ立てられ、心が大きく揺れ動く。


「せめてマリア様が正式に聖女に就任するまでの二か月間、ここで過ごしていただけませんか? どうしてもと仰るなら、マリア様にバレないよう、時々こっそりと家に帰っても良いです。私も最大限にサポートさせていただきますから」

「――――二か月間だけですからね」


 ここまで言われちゃ、さすがのわたしも折れざるを得ない。至れり尽くせりだし、断る理由が無いから受け入れたってだけで、別にマリアのために滞在を決めたわけじゃない。
 わたしは神官様と取引をしただけ。それ以上でも以下でもないんだから。


「良いの?」


 泣きながらも、マリアはわたし達の会話を聞いていたらしい。ゆっくりとこちらを見上げながら、不安そうに首を傾げる。


「良い訳じゃない。けど、楽させてくれるっていうし、仕方ないもん」


 何故だか顔を見られたくなくて、ふいとそっぽを向けば、マリアはわたしにギュッと抱き付く。スカートに涙がじわっと染み込んで、くしゃくしゃって強く握られて。染みになるし皺になるなぁなんて思いながらため息を漏らせば、神官様がニコリと笑う。


「だから、その顔止めてよ」


 この男、何度同じことを言わせる気なんだろう? そんなことを思いつつ、わたしは唇を尖らせる。

 こういう時、手のやり場に困ってしまう。気を付けをしようにも、腰にはマリアの手が回っているから、どうやったって干渉してしまうし。
 仕方なく――――仕方なく頭を撫でてやる。ぶっきら棒で、全然優しくない手付き。さっきの侍女達とは全然違う。
 それでもマリアは、とても嬉しそうに微笑んだ。
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