【短編集】勘違い、しちゃ駄目ですよ

鈴宮(すずみや)

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3.あなたのおかげで今、わたしは幸せです

5.

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***


「綺麗だよ、フィオナ」


 アシェルは穴が空いてしまいそうなほどフィオナを見つめ、額や頬に口付ける。
 今夜は王室主催の夜会。国王に結婚の挨拶をするため、フィオナとアシェルは城を訪れていた。

 こんなふうに着飾るのは何年ぶりだろう? フィオナはアシェルにお礼を言うと、嬉しそうに目を細めた。


 夜会がはじまると、アシェルと一緒にたくさんの人と挨拶を交わす。公爵である彼の周りには、ひっきりなしに人が集まってきた。

 ハリーとも何度か夜会に出席したが、彼はまだ爵位を継いでいなかったし、社交界での顔も広くなかったので、あまりのギャップに驚いてしまう。


「疲れただろう? 飲み物をもらってくるから、少しだけ待っていて」

「ええ」


 アシェルを見送り、フィオナがひと息ついたときだ。


「フィオナ……?」


 と、誰かに気安く自分の名前を呼ばれた。ドクン、と心臓が嫌な音を立てて鳴り響く。振り返ると、元夫であるハリーがそこにいた。


「ひ、久しぶりだな」

「……そうね」


 気まずそうに微笑むハリー。フィオナはハリーの顔を直視できないまま、震える声で返事をする。「それじゃあ」とその場を去ろうとしたところで、グイッと腕を引っ張られた。


「なっ……」


 その瞬間、フィオナの胸が凍りつく。ストロベリーブロンドの女性――フィオナからすべてを奪った浮気相手が目の前でニコリと微笑んでいた。


「フィオナ様、お久しぶりです。わたくしのこと、覚えてます?」


 女性が無邪気に尋ねる。
 ――忘れられるはずがないのに。
 フィオナは眉間にシワを寄せ、女性から顔を背けた。


「わたくしたち、結婚したんですよ! ほら、見てください、この指輪」


 小さなダイヤモンドが埋め込まれた結婚指輪を見せつけながら、女性が首を傾げる。
 ハリーが「キャサリン、やめろ」と咎めるが、女性――キャサリンは「いいじゃない?」と笑みを浮かべた。


「フィオナ様のおかげで、わたくしは今、こんなに幸せになれたんですもの。感謝しなくちゃ、でしょう?」

「なんですって……? わたしのおかげで幸せになれた?」


 キャサリンの言葉に、フィオナは腸が煮えくり返りそうになる。


「そうですよ? わたくしの幸せはフィオナ様あってのものですから。とーっても感謝してるんです! ね、ハリー様」

「いや……その……」

(よくも……よくも!)


 フィオナの手のひらに爪が食い込む。本当は思い切り、殴り飛ばしてやりたかった。思うままに罵倒をして、辱めてやりたかった。フィオナが苦しんだ分だけ、苦しみを味わわせてやりたかった。――けれどそんなこと、フィオナにはできない。フィオナはギュッと唇を噛んだ。


「え、待って? 悪いのってわたくしなの? ……違うでしょう? ご自分の魅力が足りなくて、乗り換えられちゃっただけでしょう? それなのに、被害者ぶられるなんて心外だわ。大体、さっさとハリーと別れてくれていたらよかったのよ。それなのに、子供まで妊娠するから」


 クスクスとキャサリンが笑う。これ以上は耐えられない――そう思ったときだった。


「フィオナから離れろ」


 アシェルがふたりの間に割って入る。フィオナは目頭が熱くなった。


(アシェル様……)


 痛くて苦しくてたまらなかった心が軽くなる。フィオナはアシェルの腕にギュッと抱きついた。


「あら、どなた? あなたには関係ないでしょう?」

「なっ……! ジョルヴィア公爵!?」


 ハリーはアシェルの顔を確認すると、キャサリンの口を大急ぎで覆う。それから彼は深々と頭を下げ「ご無沙汰しております」と口にした。


「待って、ジョルヴィア公爵って、あの?」


 キャサリンが瞳を輝かせる。ハリーはキャサリンに「そうだ。だから口を慎んでくれ」と伝えたが、彼女はグイッと身を乗り出した。


「さすがはハリー様だわ! そんなすごい人とお知り合いだったなんて。……でも、待って。公爵様はどうして、フィオナ様の名前をお呼びになったの?」

「フィオナは私の妻だからね」


 アシェルが冷たく言い放つ。すると、キャサリンは「なっ!」と声を上げ、大きく目を見開いた。


「う、嘘でしょう? 信じられないわ。そんな……フィオナ様が公爵様の妻?」

「どうして信じられないんだ?」


 アシェルはキャサリンを睨みつけながら、フィオナをそっと抱きしめる。


「だって……」


 キャサリンはハリーとアシェルとを見比べ、グッと歯噛みをした。美しさといい、爵位といい、財力といい――どれをとってみても、アシェルの方が数段勝っている。キャサリンとフィオナなら、どう考えてもキャサリンのほうが上なのに――キャサリンはどす黒い感情を胸に抱えたまま、歪んだ笑みを浮かべた。


「だって、フィオナ様って四年間も子供ができなかった石女なんですよ! やっとできた子供も流産しちゃって、これから先に妊娠することもできないんですって。そんなの、女としての価値がないでしょう? だから、ハリー様もフィオナ様と離婚したんです。あっ……これってもしかして、公爵様にはお伝えしていなかった情報かしら? そんな、酷いわ……なにも知らずにそんな女性と結婚させられただなんて、公爵様が気の毒すぎます」


 純粋無垢な女性を装いながら、キャサリンがフィオナを貶める。
 フィオナの心臓が怒りのあまりドクンドクンと大きく跳ねた。もう我慢の限界だ――と思ったその時、アシェルがフィオナを押し留める。


「女としての価値が――いや、人間としての価値がないのはあなただろう」

「……は?」


 アシェルの言葉に、キャサリンの口の端が引きつる。


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