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期待と、裏切り
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ヨナス様には、未だ婚約者が居ない。もう何年も前から、王室は彼のお妃選びを水面下で進めている。それなのに、十八歳になる今でも、彼の婚約者の座は空席のままだ。
完璧と評判の公爵令嬢に、麗しの侯爵令嬢、広大な領土を誇る隣国の姫君だって、候補者は山程存在する。だけど、まるで何かを躊躇う様に、引き延ばすかのように、ヨナス様は婚約に踏み切らない。
(期待……するなっていう方が無理がある)
彼と手を繋いだまま夜会会場を後にし、二人で仲良く馬車に揺られる。
私はずっと、ヨナス様のことが好きだった。カッコよくて、優しくて、誰よりも私を甘やかしてくれて。
もしかしたらヨナス様も私のことを好いてくれているんじゃないか。妃にと望んでくれているんじゃないか。そんな期待を抱き始めて早数年。
彼に見合う女性になるための努力はしてきた。女官として確固たる実績を積んで、いつか誰からも認められるようにって。
だけど、私じゃダメなんだろうなって、心のどこかで冷静に考えてる自分が居る。如何に莫大な財産を持っていようと、父は伯爵。血統の正しさや国家に与える影響力、国民に与える印象なんかは、とてもじゃないけど敵わない。
ヨナス様のことをちゃんと諦められるように――――それが私が婚活を頑張る理由だった。
隣から微かに寝息が聞こえる。無防備な寝顔。疲れているのだろう。だけど、それでも私のために夜会へ足を運んでくれた。
誰よりも近く――――彼の隣に居ることを許されている。寝顔を見せられるぐらいに。こうして手を繋いで、時に抱き締められて。
「私の何がいけないんですか?」
困らせるだけだって分かっている。だけど、本当はずっと、誰かにそう尋ねたくて堪らなかった。
ヨナス様に選んでいただけないことは元より、夜会で誰からも声を掛けられないことだって、悔しくて苦しくて堪らない。
私なりに努力はしている。だけど、全く効果がない。無価値で不要な存在。どんなに自分で否定をしても、事実誰にも選ばれないのだから仕方がない。
「ダメな所なんて一つもない。エラは最高の女性だよ」
気づけば、ヨナス様が微笑んでいた。私の手をギュッと握り、ポンポンと背中を優しく撫でる。
「…………本当ですか?」
「もちろん。俺はエラのことが世界で一番好きだよ」
胸を締め付ける言葉。抱き寄せられ、ヨナス様の香りを強く感じる。爽やかなのに、刺激的。相反する概念なのに、それが何故かしっくりくる。
「エラ」
額に押し当てられた唇。温かくて柔らかい。初めてのことに胸がドキドキと高鳴る。目を瞑れば、今度は唇に口付けが降り注いだ。
(期待……しても良いのかな?)
慈しむように頬を撫でられ、何度も優しくキスされる。
何で私じゃダメなんだろう――――そんな疑問が夜空に溶けて、綺麗に消える。嬉しくて、幸せで、涙が零れた。
***
「え、婚約? ヨナス様が?」
「そう。お相手は公爵令嬢のクラウディア様だって」
ヨナス様の婚約が発表されたのは、そんな夢みたいな夜から、たった数時間後のことだった。愕然としつつ、必死に平静を装っている私に、同僚達が追い打ちを掛ける。
「数か月前には決まっていたんですって。クラウディア様が十六歳になる迄、発表を待っていらっしゃったのね」
「クラウディア様付の侍女に選んでいただきたいわ! 今からお仕えするのが楽しみね」
楽しそうな声音。そうだね、って答えつつ、胸が痛くて張り裂けそうだった。
(はじめから分かっていたことじゃない)
ヨナス様は王太子。国のために、誰よりも素晴らしい女性を妃に迎えなければならない。いくら女官として実績を上げていたとしても、全然足りない。誰からも声を掛けてもらえない、私みたいな人間じゃダメなんだって。
(だけど)
だったら期待なんてさせないで欲しかった。優しくしないで欲しかった。口付けなんてしないで。
好きなんて、言わないで欲しかったのに。
「――――ああ、エラ! こんな所に居たんだ?」
その瞬間、私は大きく息を呑む。
「殿下!」
「ご婚約、おめでとうございます! 殿下!」
侍女達が歓声を上げ、恭しく首を垂れる。ゆっくりと振り返れば、そこにはヨナス様と、彼の側近アメル様が居た。
「ありがとう。発表されたのは今朝なのに、もう皆知っているんだね?」
「当然です。侍女の情報網を舐めていただいては困りますわ! 本当に喜ばしい話だと、エラとも話していたのです」
同意を求め、侍女達がそっと目配せをする。
苦しくて悲しくて言葉が出ない。何度も口を開け閉めして、だけど上手に笑えなくて。大きく深呼吸をしてから「そうですね」って言うのがやっとだった。
「ありがとう、エラ。結婚式の準備とか公務の調整とか、俺付の女官として、エラには色々と手伝ってもらうことがあるんだ。そのつもりで、よろしくね」
目の前に差し出された手のひら。顔を上げれば、ヨナス様は昨日と全く変わらぬ笑みを浮かべていて。
(ヨナス様は酷い)
それでも私は、彼のことが嫌いになれない。離れることも、誰かにこの想いを打ち明けることも、出来やしないのに。
「精一杯務めさせていただきます」
辛うじてそう口にすれば、ヨナス様は至極満足気に微笑んだ。
完璧と評判の公爵令嬢に、麗しの侯爵令嬢、広大な領土を誇る隣国の姫君だって、候補者は山程存在する。だけど、まるで何かを躊躇う様に、引き延ばすかのように、ヨナス様は婚約に踏み切らない。
(期待……するなっていう方が無理がある)
彼と手を繋いだまま夜会会場を後にし、二人で仲良く馬車に揺られる。
私はずっと、ヨナス様のことが好きだった。カッコよくて、優しくて、誰よりも私を甘やかしてくれて。
もしかしたらヨナス様も私のことを好いてくれているんじゃないか。妃にと望んでくれているんじゃないか。そんな期待を抱き始めて早数年。
彼に見合う女性になるための努力はしてきた。女官として確固たる実績を積んで、いつか誰からも認められるようにって。
だけど、私じゃダメなんだろうなって、心のどこかで冷静に考えてる自分が居る。如何に莫大な財産を持っていようと、父は伯爵。血統の正しさや国家に与える影響力、国民に与える印象なんかは、とてもじゃないけど敵わない。
ヨナス様のことをちゃんと諦められるように――――それが私が婚活を頑張る理由だった。
隣から微かに寝息が聞こえる。無防備な寝顔。疲れているのだろう。だけど、それでも私のために夜会へ足を運んでくれた。
誰よりも近く――――彼の隣に居ることを許されている。寝顔を見せられるぐらいに。こうして手を繋いで、時に抱き締められて。
「私の何がいけないんですか?」
困らせるだけだって分かっている。だけど、本当はずっと、誰かにそう尋ねたくて堪らなかった。
ヨナス様に選んでいただけないことは元より、夜会で誰からも声を掛けられないことだって、悔しくて苦しくて堪らない。
私なりに努力はしている。だけど、全く効果がない。無価値で不要な存在。どんなに自分で否定をしても、事実誰にも選ばれないのだから仕方がない。
「ダメな所なんて一つもない。エラは最高の女性だよ」
気づけば、ヨナス様が微笑んでいた。私の手をギュッと握り、ポンポンと背中を優しく撫でる。
「…………本当ですか?」
「もちろん。俺はエラのことが世界で一番好きだよ」
胸を締め付ける言葉。抱き寄せられ、ヨナス様の香りを強く感じる。爽やかなのに、刺激的。相反する概念なのに、それが何故かしっくりくる。
「エラ」
額に押し当てられた唇。温かくて柔らかい。初めてのことに胸がドキドキと高鳴る。目を瞑れば、今度は唇に口付けが降り注いだ。
(期待……しても良いのかな?)
慈しむように頬を撫でられ、何度も優しくキスされる。
何で私じゃダメなんだろう――――そんな疑問が夜空に溶けて、綺麗に消える。嬉しくて、幸せで、涙が零れた。
***
「え、婚約? ヨナス様が?」
「そう。お相手は公爵令嬢のクラウディア様だって」
ヨナス様の婚約が発表されたのは、そんな夢みたいな夜から、たった数時間後のことだった。愕然としつつ、必死に平静を装っている私に、同僚達が追い打ちを掛ける。
「数か月前には決まっていたんですって。クラウディア様が十六歳になる迄、発表を待っていらっしゃったのね」
「クラウディア様付の侍女に選んでいただきたいわ! 今からお仕えするのが楽しみね」
楽しそうな声音。そうだね、って答えつつ、胸が痛くて張り裂けそうだった。
(はじめから分かっていたことじゃない)
ヨナス様は王太子。国のために、誰よりも素晴らしい女性を妃に迎えなければならない。いくら女官として実績を上げていたとしても、全然足りない。誰からも声を掛けてもらえない、私みたいな人間じゃダメなんだって。
(だけど)
だったら期待なんてさせないで欲しかった。優しくしないで欲しかった。口付けなんてしないで。
好きなんて、言わないで欲しかったのに。
「――――ああ、エラ! こんな所に居たんだ?」
その瞬間、私は大きく息を呑む。
「殿下!」
「ご婚約、おめでとうございます! 殿下!」
侍女達が歓声を上げ、恭しく首を垂れる。ゆっくりと振り返れば、そこにはヨナス様と、彼の側近アメル様が居た。
「ありがとう。発表されたのは今朝なのに、もう皆知っているんだね?」
「当然です。侍女の情報網を舐めていただいては困りますわ! 本当に喜ばしい話だと、エラとも話していたのです」
同意を求め、侍女達がそっと目配せをする。
苦しくて悲しくて言葉が出ない。何度も口を開け閉めして、だけど上手に笑えなくて。大きく深呼吸をしてから「そうですね」って言うのがやっとだった。
「ありがとう、エラ。結婚式の準備とか公務の調整とか、俺付の女官として、エラには色々と手伝ってもらうことがあるんだ。そのつもりで、よろしくね」
目の前に差し出された手のひら。顔を上げれば、ヨナス様は昨日と全く変わらぬ笑みを浮かべていて。
(ヨナス様は酷い)
それでも私は、彼のことが嫌いになれない。離れることも、誰かにこの想いを打ち明けることも、出来やしないのに。
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