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【最終章】溺愛攻防、ついに決着

38.クラルテの謀②

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「実際のところ、火災の被害者で事前に保険に加入していた方はどのぐらいいらっしゃるのでしょう?」

「それが、火災にあわれた方ほど、保険に加入をしていらっしゃらないのですよ。勿体ないですよね……ほんの少し保険料を払ってさえいれば、大きな補償が受けられたのに」


 ザマスコッチ子爵は大げさに手を広げ、ため息をついて見せました。


「……白々しい。保険に加入をしていないご家庭を選んで火をつけて回ったくせに」

「…………え?」


 おっと、本音が漏れてしまいました。まあ、敢えて聞かせているんですけどね! このままじゃ話が進みませんし、じわじわと攻めさせていただきましょう。


「なるほど、わかりました……。ハルト様との大切な愛の巣を守るためですものね。子爵のおっしゃるとおり、お金にはかえられないかもしれません」

「そうでしょう? 他のお客様も最初は保険料に驚かれるのですが、最終的にはそう言って納得をしてくださるのですよ」


 わたくしのことを見つめながら、ザマスコッチ子爵は微笑みます。


「ですが、クラルテさんは特別です。先ほど提示したお値段より、安く契約をさせていただきますよ」

「え? 本当ですか?」

「ええ。そろそろ火災も落ち着く頃合いでしょうから」


 ……大分核心に迫ってきています。
 嬉しい、と微笑みつつ、わたくしは静かに目をつぶりました。すると、耳の中でプレヤさんの声が響きます。


『もう少し、詳しい情報がほしいな』


 まあ、そうでしょうね……まばたきを一つ、わたくしはもう一度ザマスコッチ子爵と向き合います。


「けれど、どうして? これでは他の人に申し訳ないような……」

「いいんですよ。保険っていうのは安心をお金で買うものですから。他のお客様から十分にお金をいただいていますし、クラルテさんとはこれからいい関係を築いていきたいので」

「……他のお客様は、例の商会の大火災を機に契約をなさったのですか?」


 不意に伸びてきた手を交わしつつわたくしが尋ねれば、ザマスコッチ子爵は嬉しそうにうなずきました。


「大多数のお客様がそうです。もちろん、既存のお客様もいらっしゃいましたけどね。本当に、あの火事は我が商会に大いなる繁栄をもたらしてくれました。うちの商売敵でしたから」

「知ってます。……だからこそ、あの商会を選んだのでしょう?」

「え…………?」


 正直言って、これ以上この男と二人きりだなんて耐えられません。遠回しに探りを入れるのはやめて、ここからは直球勝負とまいりましょう。


「ぶっちゃけ話をいたしましょう。ここ最近の連続放火、犯人はあなた、ですよね?」

「…………そんな、まさか」


 ザマスコッチ子爵がこたえます。わたくしはふぅと息をつきました。


「変だと思ったのですよ。あなたとはじめてお会いしたタイミングではまだ、商会が放火にあった事実は伏せられていましたから」

「いえいえ、私が聞いたのはあくまで『噂』ですよ。事実とは申し上げていないはずです。それだけで連続放火魔だなんて、クラルテさんは面白いことを言うなぁ」


 お、思ったよりは頭が回るようです。まあ、簡単には認めてくれないですよね! わたくしは首を横に振りました。


「もちろん、それだけだったら、わたくしもあなたを疑いはしませんでした。だけど、ここ最近の火事について改めて調べ直したとき、妙なことに気づいてしまったんです」

「妙なこと?」

「ええ。放火の被害者たちはみんな、あなたに都合のいい人物や地域ばかりだったんですよ。たとえばこの間の商会がそうです。ザマスコッチ商会の商売敵、でしたっけ。あそこがなくなったことで、さぞやお客さんが増えたことでしょう。それからブッティーニ伯爵とジャクティニ男爵のお屋敷……あなたが不倫騒動を起こして揉めたところですね。火事を起こすことで色々と有耶無耶にしたかったのでしょう。それから、ゼンディヤ侯爵令息のお家が被害にあったのは、お仕事関係でトラブルがあったから。たしか税金絡みの不正を突かれたんでしたよね。腹いせの犯行だったのかなぁって」


 わたくしの言葉に、ザマスコッチは神妙な顔つきになります。なんとかして誤魔化したいと考えているのか、はたまたわたくしを始末する算段をつけているのか……正直どちらでも構わないのですが、わたくしは静かに息をつきます。


「平民のお家も貴族とは比べ物にならないぐらいたくさん被害にあってますが、そちらのほうはほとんどがボヤで、大きな被害に発展していません。ただ、共通していることが一つ。いずれも火災保険に加入をしていないご家庭、ってことなんです。これだけ火事が増えれば、誰だって不安になります。補償を求めて保険に加入したくなるのは当然です。すると、保険の契約数は爆発的に増えます。けれど、火事を起こしているのは他でもないあなたですから、保険に入っていないご家庭を狙えば保険金を払う必要はありません。家事を起こせば起こすほど、収入だけが効率よく増える、という算法なんです。つまりは詐欺の一種ですよね」


 そこまで言うと、ザマスコッチ子爵はハハハと笑い声を上げました。彼は瞳をギラつかせつつ、わたくしににじり寄ってきます。


「……なるほど。そこまで調べていたとはね」


 おっ、潔い。もう認めてくれました! 思っていたよりずっと早いです。もっと色々言ってやろうと情報を準備していたんですが、いい感じに手間が省けました。


「ええ。愛するハルト様のためですから。彼を多忙にし、わたくしと過ごす時間を奪った不届き者を許すわけにはいきませんもの。先ほどの内容はちゃんと資料にまとめまして、いつでもしたるべきところに提出可能な状態にしております」

「したるべきところ、ねえ。だけど、クラルテさんが言っていることはあくまで憶測。私がしたという証拠はなにもない」

「……そうですねぇ」

「おまけに、あなたはここで死んでしまうのですから、これでもう、私の謀を知っている人間は誰もいなくなります」


 その瞬間、倉庫の中に複数の火の手が上がりました。そして、わたくしとザマスコッチ子爵の間にはひときわ大きな炎が。出口はザマスコッチ子爵の後方にあります。わたくしの退路を断ったつもりみたいです。まあ、想定の範囲内ではありますけども。


「残念だな……クラルテさんとはいいおつきあいができそうだと思っていたのに。あんなに熱心に手紙をくれて、こんなに期待をさせといて、君は酷い女性だな」


 下ひた笑み。嫌悪感がすごいです。
 この方、本気でわたくしとどうこうなる気だったんですね……心外です。とってもとっても心外です。わたくしはハルト様一筋なのに。誤解されたままなんて絶対に嫌なので、しっかりと真実を申し上げなくてはなりません。


「いえいえ、わたくしはまったく思ってませんでしたよ! そもそも、あなたと手紙のやりとりをしていたのはわたくしじゃありませんし。まあ、送られてきたあなたの手紙を読みながら『気持ち悪い』とは思っておりましたけれども」

「は?」


 ザマスコッチ子爵があんぐりと口を開けます。……とってもいい表情です。わたくしはニコリと微笑みました。


「それから、先ほど『証拠はない』とおっしゃってましたが、わたくし、火災現場であなたの姿を毎度目撃して、記録させていただいてたんですよ。つまり、状況証拠だけはしっかりと準備できていたんです」

「なに?」


 あっ、やっぱり気づいてなかったんですね。自信家っていうのは本当にめでたい生き物です。もう少し警戒心というか、慎重性というものを持って然るべきでしょうに。いえ、こちらとしては短期決戦に持ち込めてありがたい限りでしたが。


「ですから、あとは言い逃れの出来ない状況を作らせていただくだけだったんです。――先程自供もバッチリとれましたし、ついでに現行犯逮捕させていただきたいなぁと思いまして」


 そのときバン! という大きな音とともに倉庫の扉が開きました。振り返るまもなく放たれる強力な水魔法。――水魔法は炎ではなくザマスコッチ子爵に直撃しました。次いでもう一度バン! という大きな音が響きます。ザマスコッチ子爵が倉庫の壁に激突した合図です。


「うぁああ!」


 ああ、痛そう! 悶絶していらっしゃいます。こちらに飛んでくる際、ご自分で作り出した炎をくぐっていらっしゃいますからね。とってもとっても痛そうです。……が、自業自得でしょうか? 被害にあった人たちはもっと辛い思いをしているんですから。


「クラルテ!」


 あっ、ハルト様の声! ……と、振り返ったときにはすでに強く抱きしめられていました。
 温かい。ものすごく安心します。次第に目頭が熱くなってきて、胸がドキドキしてきて。わたくし本当は怖かったんだなぁって。自分の本当の気持ちに気づいてしまいました。


「……無茶ばかりして」


 ハルト様がささやきます。
 彼のおっしゃるとおりです。今回わたくし、結構無茶をしてました。ザマスコッチ子爵と二人きりで会うなんて嫌だったし、怖かったし、ハルト様に嫌われたら嫌だなって、ずっとずっと不安でしたから。


「……幻滅しちゃいました?」

「いや。惚れ直した」


 ああ、ダメです。そんなこと言われたら涙腺が崩壊しちゃうじゃないですか。
 えぐえぐ泣いてるわたくしをハルト様が抱きしめ、優しく甘やかしてくださるのでした。
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